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連載「境界性パーソナリティ障害(BPD)ガイド」第6回(全9回) 第1回から読む →

いま、命の危険が差し迫っていると感じる方へ ためらわずに 119番(救急) に電話してください。 「今すぐ消えたい」「つらくて誰かに聞いてほしい」ときは、一人で抱え込まず、当院の主治医や医療機関にご相談ください。 当院に通院中の方は、あらかじめ決めておいた連絡先を頼っていただいて構いません。

はじめに

体に残った傷あとを見て、また自分を責めてしまう。ふとした瞬間に「いなくなってしまいたい」という気持ちがよぎる。そんな自分を、家族にも誰にも言えずに抱えている——。あるいは、大切な人がそうした行動をとっていて、どう声をかけたらいいのか分からず、毎日が綱渡りのようだと感じているご家族もいらっしゃるかもしれません。

そう感じているのは、あなただけではありません。境界性パーソナリティ障害(BPD)と呼ばれる状態では、自傷(自分を傷つける行為)や、慢性的に続く「死にたい気持ち」がよくみられます。これはとても苦しい症状ですが、決して「弱さ」や「気を引くための演技」ではありません。その多くは、耐えがたいつらさをなんとかしのごうとする、本人なりの必死の対処なのです。

この記事では、自傷や「死にたい気持ち」がなぜ起きるのか、本人とご家族はどう向き合うとよいのかを、できるだけやさしく整理します。叱ることや「約束させること」がなぜ逆効果なのか、衝動の波をやり過ごす工夫、入院をめぐる考え方、つらいときに頼れる先の決め方についても触れます。読み終えたとき、「責めなくてよかったんだ」と少し肩の力が抜ければ幸いです。なお、診断や状態の評価は医師が行います。

自傷や「死にたい気持ち」は、つらさをしのぐための行動です

まず知っておいていただきたいのは、自傷の多くは「自殺しようとする行為」とは別のものだ、ということです。自分の体を傷つける行動は、命を絶つためではなく、つらい感情を一時的にやわらげるために行われることがほとんどだと考えられています。

そのしくみは、こう説明されています。強い不快な気持ちでいっぱいになったとき、心の痛みを身体の痛みに「置きかえる」ことで、ほんの短いあいだだけ、つらい感情から気がそれる——。実際、多くの方が「そのあとは少し落ち着く」と話されます。つまり自傷は、その人にとって何らかの「役割(機能)」を持っているのです。自傷の専門書では、これを「生きるための自傷」と呼ぶことがあります。つらさに押しつぶされないよう、なんとか今日を生き延びるための、追い詰められた末の対処だという意味です。

「かまってほしいだけ」「アピールだ」という見方は、研究の上でも誤解だとされています。自傷を扱った信頼できる調査では、自傷の大部分は誰にも見せず、ひとりきりの状況で行われていることが分かっています。誰かに見せるための行動なら、こうはなりません。周囲が気づいているのは、実際に起きていることのごく一部にすぎないとも言われます。

慢性的に続く「死にたい気持ち」にも、似た面があります。「死にたい」という言葉は、多くの場合「死にたいくらいつらい」「このつらさが和らぐなら、本当は生きたい」という意味を含んでいるとされます。逃げ場のない孤独や絶望のなかで、それだけ大きなつらさを抱えているというサインなのです。ですから、その気持ちを頭ごなしに否定したり、いきなり取り上げようとしたりすると、かえって「わかってもらえない」と孤立を深めてしまいがちです。大切なのは、その裏にあるつらさに一緒に目を向けていくことです。

それでも放っておいてよいわけではありません

「死ぬためではないなら、心配しなくていいのでは」と思われるかもしれません。しかし、そうではありません。

自傷によるつらさの緩和には、薬の効き目が薄れていくのと似た「慣れ」が生じることが知られています。同じことをしても前ほど楽にならなくなり、行動が少しずつエスカレートしていく。そして「もうこれでは楽にならない」という段階まで追い詰められたときが、いちばん危険だと専門書は指摘しています。実際、自傷の経験がある若い方は、長い目でみると命にかかわる危険が大きく高まることが、複数の研究で示されています。

つまり、「死ぬ気はないのだから放っておけばよい」も、「危ないから力ずくでやめさせればよい」も、どちらも正しくありません。行為そのものを力ずくでやめさせることを目標にすると、本人は唯一の対処手段を奪われ、かえって追い詰められてしまうことがあります。目指すのは「行為を今すぐゼロにすること」ではなく、本人がつらさへの別の対処を身につけ、自分の生活のコントロールを取り戻していくことです。だからこそ、責めずに治療につながり、つながり続けることに大きな意味があります。

叱る・「二度としない」と約束させるのは、逆効果です

ご家族が自傷に気づいたとき、驚きや心配のあまり、強く叱ったり、「もう二度としないと約束して」と迫ったりしてしまうことは、とても自然な反応です。けれども、こうした対応は逆効果になりやすいことが知られています。

理由は二つあります。一つは、叱責や約束の強要が「この人には本当のことを言えない」という学習につながることです。自傷は隠れて行われるようになり、周囲はますます気づけなくなります。もう一つは、衝動はそもそも約束でおさえられるものではないため、約束はたいてい破られ、そのたびに本人の「やっぱり自分はだめだ」という自己嫌悪が深まってしまうことです。自己嫌悪は自傷の引き金そのものですから、悪循環になります。

自傷を扱う専門書では、家族の対応の原則として、おおよそ次のようなことが挙げられています。

  • 自分を責めすぎない・一喜一憂しすぎない――育て方のせいだと自分を追い詰めない
  • 怒りにまかせて説教しない――叱っても行為は減らず、隠れるようになるだけ
  • 挑発しない――「死ぬ気もないくせに」といった言葉は絶対に避ける
  • 見て見ぬふりをしない――気づいているのに触れないことも、本人には「見放された」と映る

そして、本人が自傷のことを打ち明けてくれたときは、「よく話してくれたね」とねぎらうことが勧められています。基準はシンプルで、「悪いニュースも安心して話せる関係」を保てているかどうかです。この関係さえ保てていれば、回復への道は必ず残ります。

背景にある気持ちを理解することが、やめる助けになります

「どうすればやめさせられるか」と考えると、つい注意したり禁止したりしたくなります。けれども、自傷の背景にある気持ちを理解することのほうが、本人が「やめよう」と決心する助けになると考えられています。

自傷の引き金になる気持ちは、人によってさまざまです。たとえば、次のようなものが知られています。

  • 恥の気持ち――「こんな自分はだめだ」と感じる強い恥ずかしさ
  • 自己嫌悪――「自分は悪い人間だ」という思い
  • 見捨てられる恐怖――拒絶される、見放されるのではという不安

BPDでは特に、感情の揺れが「対人関係の出来事」をきっかけに起きやすいことが知られています。返信が来ない、予定を変更された、素っ気なくされた——そうした出来事を「見捨てられた」と受け取った直後に、強い衝動が湧くことが少なくありません。どの気持ちが背景にあるかによって、支えになる関わり方も変わってきます。恥の気持ちが引き金なら、その原因をていねいにほどいていく。自己嫌悪が背景にあるなら、本人が自分の怒りや本音を認めて受け入れられるよう手伝う。見捨てられる恐怖から来ているなら、その恐れをきちんと受けとめてもらえる体験が、不安をやわらげていく——。こうした理解が積み重なることで、本人は少しずつ別の方法を選べるようになっていきます。

ご家族にできることも、ここにあります。傷を見つけて慌てて責めるのではなく、「そうするほどつらかったんだね」と、その下にある気持ちにそっと目を向けること。すぐにうまくはいかなくても、その姿勢そのものが本人にとって大きな支えになります。

衝動は「波」——やり過ごす工夫と「置き換え」の練習

自傷や強い衝動は、ゼロにしようとするより、まず「少し遅らせる」「別の行動に置き換える」ことを目標にするのが現実的だとされています。強い衝動は、ずっと同じ強さで続くわけではなく、波のように高まり、やがて引いていく性質があるからです。波の頂上を、行動に移さずにやり過ごせれば、それは立派な成功です。

治療のなかでは、たとえば次のような取り組みが行われます。

  • 記録して引き金に気づく――いつ・どんな出来事のあとに衝動が湧いたかを書き留めていくと、自分の「引き金」のパターンが見えてきます。逆に、衝動が湧きにくい時間帯や活動(自分の「安全地帯」)も見つかります
  • 気持ちを言葉にする――「いま自分は何を感じているのか」を、声に出す、紙に書き出す。心の痛みを言葉にできると、体で処理する必要が少しずつ減っていきます
  • 感覚や運動で気をそらす――冷たいものを握る、少し体を動かすなど、体を痛めない方法で衝動の波をしのぐ工夫。即効性はありますが一時しのぎの面もあり、あくまで「つなぎ」と考えます
  • 呼吸などで気持ちを鎮める練習――ゆっくり呼吸しながら感情を少し離れて眺める練習。すぐには身につきませんが、落ち着いているときに練習を重ねると、効果が長続きするとされます
  • 人に話す――そして専門書が「何よりも効果的」と挙げているのが、信頼できる人に話すことです。つらいときに助けを求めること自体が、回復への一番の近道です

こうした工夫は、うまくいく日といかない日があって当然です。治療の場では、「できなかったこと」を責めるのではなく、正直に話せたこと・試そうとしたことを支えながら、専門家と一緒に少しずつ身につけていきます。また、頼る相手を一人に集中させず、家族・友人・医療などの「細いつながり」を複数持つほうが、本人にも支える側にも無理がないとされています。

入院は、必ずしも解決ではありません

ご家族にとって、「死にたい」と言われたら、まず入院させて安全な場所に、と考えるのは自然なことです。けれどもBPDの慢性的な「死にたい気持ち」については、入院が必ずしも解決にはならず、かえって状態を悪くしてしまう場合があると指摘されています。

理由はいくつかあります。長く入院していると、それまで築いてきた生活や人とのつながり、自分で対処する力が失われやすくなること。また、まわりが過剰に反応すると、本人がいっそう不安定になり、退院しづらくなってしまうことがあること。BPDでは、「つらさを訴えればまわりが大きく動いてくれる」というパターンが強まると、回復をかえって妨げてしまうことがあるのです。

もちろん、これはすべての入院を否定するものではありません。命にかかわりかねない深刻な行為があったときや、一時的に強い混乱がみられるときなどには、治療の計画を立て直すために短期間の入院が役立つこともあります。どんなときに入院が必要かの判断は、医師が一人ひとりの状況を見て行います。ご家族だけで抱え込んで判断する必要はありません。迷うときこそ、早めに医療機関に相談してください。

つらいときの「頼れる先」を、あらかじめ決めておく

危機は、突然やってきます。だからこそ、つらくなる前の落ち着いているときに、「いざというとき、誰に・どこに頼るか」をあらかじめ決めておくことが、大きな支えになります。

たとえば、次のようなことを、ご本人・ご家族・支援者で話し合っておくとよいでしょう。

  • 連絡できる人――つらくなったら、まず誰に連絡するか(家族、友人、支援者など)
  • 相談できる窓口――通っている医療機関の連絡先、主治医と決めておいた夜間や休日の対応、いざというときの119番(救急)
  • 気持ちを落ち着ける方法――その人なりに少し楽になれる行動(散歩、音楽、温かい飲み物など)
  • 危険なものを遠ざける工夫――衝動が強いとき、手の届くところに危険なものを置かない

ご家族にとっても、「自分たちだけで抱えなくていい」と知っておくことは大切です。BPDの治療では、ご家族が支え手として治療に関わることが、本人にとっても家族自身にとっても助けになると考えられています。BPD治療の手引き書でも、家族には「冷静な環境を保つこと」「危機に注意しつつも、家族自身が平静を保つこと」「対応の方針を家族のあいだで一貫させること」が勧められています。一人の家族がたった一人で見守り続けるのは、とても大きな負担です。家族自身も深く傷つき、支えを必要としていることが多いのです。支援の輪に加わることで、孤立せずにすみます。

そして、こうした「頼れる先のリスト」を、本人と治療者が一緒に作っていけるのも、通院の大切な役割のひとつです。危ないことが起きてしまったあとには、直前に何があり、どんな気持ちだったのかを治療者と一緒にたどり直し、次に同じ波が来たときの計画を本人専用に作り替えていく——そうした地道な積み重ねが、治療の中身になります。

回復はできます——うまくいかない日があっても

最後に、いちばんお伝えしたいことです。自傷や「死にたい気持ち」は、適切な治療と支えのなかで、時間はかかっても減らしていけることが分かっています。BPDそのものについても、年月とともに症状が和らぎ、診断基準を満たさなくなる方が多いことが、長期の追跡研究で繰り返し報告されています(くわしくはBPDと診断されたら――回復はできる?の記事をご覧ください)。

ただし、回復はまっすぐには進みません。しばらく落ち着いていたのに、またしてしまった——そういう日は、まずあります。専門書では、再発を「させない」ことよりも、再発しても動揺しすぎず、治療や支援とのつながりを絶たないことが大切だとされています。またしてしまった日に本人がすべきなのは、自分を責めることではなく、傷の手当てをして、ゆっくり休み、次の診察で正直に話すことです。ご家族がすべきなのも、失望を伝えることではなく、つながりを保ち続けることです。

回復は、良くなったり戻ったりを繰り返しながら、少しずつ進んでいきます。振り返ったときに「そういえば最近、あの頃よりは楽になっている」と気づく——そんな形で訪れることが多いものです。

受診の目安

以下に当てはまる方は、一度ご相談いただくことをおすすめします。

  • 自分を傷つける行為を繰り返していて、自分ではやめにくいと感じる
  • 「いなくなりたい」「消えたい」という気持ちが、長く続いている、または繰り返し湧く
  • つらさをやわらげる方法が、自傷や衝動的な行動しか思いつかない
  • 家族として、本人の自傷や「死にたい」という言葉にどう関わればよいか分からず、疲れ果てている
  • 危機のときの相談先や対処法を、一緒に整理してくれる人が必要だと感じる

これらは病名を自分で決めるためのものではなく、医師と話し合うきっかけとしてお使いください。診断は医師が行います。

なお、当院ではご家族のみの相談はお受けしていません。ご本人が受診に同意されたうえでの診察への同席は可能です。ご本人が受診できない場合は、お住まいの自治体の公的相談先、またはすでに通院中・受診予定の医療機関へお問い合わせください。当院の診療対象は18歳以上です。

今まさに危険が差し迫っているときは、受診を待たず、この記事の冒頭にある緊急の連絡先を使ってください。

まとめ

BPDでみられる自傷や「死にたい気持ち」は、弱さや演技ではなく、耐えがたいつらさをしのごうとする「生きるための対処」であることがほとんどです。だからこそ、叱ったり「二度としない」と約束させたりするより、その背景にある気持ちを理解し、悪いニュースも安心して話せる関係を保つことが、回復の助けになります。衝動は波のように来て、やがて引いていきます。引き金に気づき、気持ちを言葉にし、害の少ない行動に置き換え、そして何より人に話すことで、衝動と行動のあいだに「すきま」を作っていく練習は、治療のなかで少しずつ積み重ねられます。入院は必ずしも解決ではなく、つらいときに頼れる先をあらかじめ決めておくことのほうが、しばしば大きな支えになります。回復は、うまくいかない日を挟みながらも進んでいきます。一人で、あるいは家族だけで抱え込まず、医師と一緒に整理していきましょう。


参考にした書籍(要約・再構成。原文の転載ではありません):

  • 自分を傷つけてしまう人のためのレスキューガイド(松本俊彦 監修)
  • もしも「死にたい」といわれたら(松本俊彦)
  • 境界性パーソナリティ障害治療ハンドブック(ジョン・G・ガンダーソン)

よくある質問

自傷は「かまってほしいだけ」なのでしょうか?

そうではないと考えられています。自傷の多くは、つらい感情を一時的にやわらげるための行動で、本人にとっては何らかの役割を持っています。やめさせようと責めるより、その背景にある気持ちを理解することが回復への近道とされます。診断や評価は医師が行います。

「死にたい」と言われたら、すぐ入院させた方がよいのですか?

入院が必ずしも解決とは限りません。BPDでは、慢性的な「死にたい気持ち」に対して入院がかえって状態を悪くする場合があると指摘されています。ただし、命にかかわる行為があったときなどは別で、判断は医師が行います。迷うときは早めにご相談ください。

今すぐ危ないと感じたら、どこに連絡すればよいですか?

命の危険が差し迫っているときは、ためらわず119番(救急)に連絡してください。命にかかわるほどではなくても、つらくて誰かに聞いてほしいときは、当院の主治医や医療機関にご相談ください。当院を受診中の方は、あらかじめ決めておいた連絡先を頼っていただいて構いません。

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執筆・監修

精神保健指定医 野口晋宏

春日メンタルクリニック院長。精神科・心療内科の診療経験をもとに、受診前の不安や制度の疑問を整理しやすい情報提供を心がけています。

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