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連載「境界性パーソナリティ障害(BPD)ガイド」第9回(全9回) 第1回から読む →

はじめに

「あなたはわがままだから」「性格の問題でしょう」――境界性パーソナリティ障害(BPD)について調べていると、本人を責めるような言葉に出会うことがあります。気分が大きく揺れる。人との距離感に苦しむ。ときに自分を傷つけてしまう。そのつらさを「性格のせい」と片づけられ、自分でも「私が悪いのかもしれない」と思い込んでしまう方は少なくありません。

でも、ここで知っておいてほしいことがあります。BPDは「性格が悪い」「わがまま」といった人格の問題ではなく、対人関係に過敏になりやすい生まれ持った傾向(素因)を背景に持つ、れっきとした心の状態です。そして、誤解が誤解を呼び、本人も周囲も余計に苦しんでしまうことがとても多い領域でもあります。

この記事では、BPDにまつわる代表的な誤解を一つずつ取り上げ、研究で分かってきたことをもとに整理していきます。あわせて、「パーソナリティ障害」という診断名がなぜ誤解されやすいのか、その歴史的な背景と、周囲やご家族が誤解を手放すことの意味についても触れます。読み終えるころには、少し肩の力が抜けて、「責めなくていいんだ」と感じてもらえたらと思います。なお、診断はあくまで医師が行うものですので、ここでは「考え方の整理」としてお読みください。

誤解1:「性格の問題」ではない

BPDという言葉から、「気分屋」「自分勝手」といった性格の問題を連想する方がいます。けれども、BPDの根っこにあるのは、人との関わりのなかで強い不安や傷つきを感じやすい、生まれ持った敏感さ(素因)です。この敏感さがあるところに、さまざまなストレスや経験が重なることで、気分の不安定さ、衝動的な行動、対人関係の揺れといった症状があらわれてくると考えられています。

ここで、パーソナリティ障害の臨床に長く携わってきた専門家の整理が役に立ちます。パーソナリティ障害とは「性格そのものが悪い」状態ではなく、性格の柔軟性が失われて、本人が苦しみ、社会生活に支障が出ている状態を指す、という考え方です。誰にでも個性や性格の偏りはあります。個性と「障害」のあいだの中間領域は意外と幅広く、偏りがあること自体は病気ではありません。問題になるのは、その偏りが硬くなりすぎて、本人のつらさや生活の行き詰まりにつながっているときです。

つまり治療の目標も、「性格を作り変えること」ではありません。性格はその人らしさの一部であり、治すべきは性格そのものではなく、柔軟性を失って本人を苦しめている「障害の部分」なのです。この区別を知るだけでも、「自分の人格を否定された」という受け取り方から、少し距離を取れるのではないでしょうか。

誤解2:「わがまま」「わざとやっている」のではない

「感情を爆発させて周りを振り回す」「気を引くためにわざとやっている」――BPDの方の行動は、しばしばこう受け取られます。けれども、順序が逆なのです。

「わがままだから感情を爆発させる」のではありません。感情の波が大きく、それを自分でしずめるのが難しいために、結果として周囲を巻き込んでしまうことがある――こちらが実際に近いのです。BPDの方の感情の揺れは、でたらめに起きているのではなく、「見捨てられた」「拒絶された」と受け取った直後に起きていることが多く、本人にとっては差し迫った苦しさへの必死の反応です。「好きでやっている」わけでも、「計算してやっている」わけでもありません。

臨床の専門家は、外から見える問題行動と、内面の劣等感・自責感・空虚感とはコインの表裏の関係にあると説明しています。周囲を困らせているように見える行動の裏側では、本人が誰よりも自分を責め、苦しんでいることが多いのです。実際、BPDの治療では、「その反応は、あなたの置かれた状況のなかでは理解できるものだ」と伝えること(妥当性の確認)が、効果が確かめられた複数の治療法に共通する大切な要素とされています。「わざとだ」という見方とは正反対の関わりが、治療的に働くわけです。

ここを取り違えると、本人は「自分はダメな人間だ」と自己否定を深め、周囲も「どうして分かってくれないのか」と疲れてしまいます。性格の問題として責め合うのではなく、「敏感さという素因を背景に持つ状態」として捉え直すこと。それが回復への最初の一歩になります。

誤解3:「子ども時代の虐待だけが原因」ではない

「BPDは子ども時代の虐待が原因だ」という説明を聞いたことがあるかもしれません。確かに、つらい養育体験はBPDと関連することがあり、無視できない要素です。けれども、「虐待だけが原因」という単純な理解は、専門家のあいだでは見直されています。

研究を見ていくと、二つの大切な事実が分かります。一つは、つらい体験を経験した人の大多数は、BPDにも他の精神疾患にもならないということ。BPD研究の第一人者であるパリスは、逆境を経験した子どもの多くが健康に育つことを踏まえて、子どもの回復力(レジリエンス)のほうがむしろ優勢だと強調しています。もう一つは、はっきりした虐待歴がない方にもBPDは生じうるということです。実際、BPDの方のなかで、長く影響が残るような重い虐待を経験していた方は一部にとどまる、という研究報告もあります。

いま広く受け入れられているのは、生まれ持った素因(敏感さ)と、さまざまな環境要因とがかけ合わさって生じる、という考え方です。かつては「母親の育て方が原因」とする理論もありましたが、実証的な裏づけがないことが分かり、現在では支持されていません。原因を一つに決めつけてしまうと、的外れな治療につながったり、ご家族が過剰に自分を責めてしまったりすることがあります。「原因は一つではない」と知っておくことは、本人にとってもご家族にとっても、気持ちを軽くしてくれるはずです。

誤解4:「女性だけの病気」ではない

BPDは「女性の病気」というイメージを持たれがちです。実際、クリニックや病院の外来で出会うBPDの患者さんは、女性が多いことが知られています。

ところが、地域社会全体を対象にした調査では、少し違う姿が見えてきます。ある研究では、女性と同じくらい男性にもBPDがいることが示されました。それなのに外来で女性が目立つのは、「男性が少ない」からではなく、「男性が受診につながりにくい」からだと考えられています。

一般に、女性のほうが助けを求めて受診することが多く、男性は同じような苦しさを抱えても、お酒やトラブルといった別の形であらわれたり、医療につながらないまま過ごしたりしやすいと言われます。つまり、男性のBPDは「見えにくい」だけで、いないわけではないのです。「自分は男性だからBPDではないはず」と受診をためらう必要はありません。性別にかかわらず、つらさがあれば相談してよいのです。

誤解5:「治らない」は、長期研究がはっきり否定している

「パーソナリティの障害なのだから、一生治らない」――これは、BPDにまつわる誤解のなかでも、もっとも根深く、もっとも本人を苦しめるものかもしれません。そして、研究によってもっとも明確に否定されている誤解でもあります。

BPDの方を10年、20年という長い期間にわたって追いかけた研究は、海外でいくつも行われています。それらが繰り返し示しているのは、年月とともに、多くの方が症状を和らげ、診断基準を満たさなくなっていくということです。数年のうちに診断に当てはまらなくなる方も少なくなく、長い目で見れば、診断基準を満たしたままの方は少なくなっていくと報告されています。「進行していく病気」ではなく、むしろ「時間とともに軽快に向かいやすい状態」だと考えられるようになってきたのです。もちろん経過は一人ひとり異なり、良くなる速さにも個人差があります。

年齢を重ねるなかで気持ちのコントロールがつきやすくなったり、仕事や学業といった生活の土台が安定するなかで落ち着いていったりする方も多くいます。BPD研究の専門書では、症状が消えることだけでなく、自分の生活をきちんと立て直していくことが回復の中核だと述べられています。回復には時間がかかることもありますし、症状が軽くなったあとも生活面の立て直しには波があります。それでも、「一生このまま」ではないのです。

「どうせ治らない」という思い込みは、本人から治療への希望を奪うだけでなく、周囲の関わり方まで諦めに傾かせてしまいます。この誤解を手放すことは、それ自体が回復への大切な一歩です。

誤解6:「薬で治る」わけでもない

「治らない」とは逆方向の誤解もあります。「薬を飲めば治る」という期待です。

残念ながら、BPDそのものをまるごと治す特効薬は、いまのところありません。お薬は、つらい気分やいらだち、不安といった一部の症状をやわらげる補助として役立つことはありますが、中心になるのはお薬よりも、対話を重ねていく精神療法(カウンセリングなどの心理的な治療)です。むしろ専門書では、BPDがうつ病や双極性障害と間違われて、効果の乏しい薬が何種類も積み重なってしまうことのほうが問題として指摘されています。

「飲み続ければ治る」と過度に期待するのでも、「薬で治らないなら無理だ」と諦めるのでもなく、精神療法を軸に、必要に応じてお薬を補助的に使う――この組み合わせが現実的です。どの治療を選ぶかは、医師が一人ひとりの状態を見て一緒に決めていきます(治療の中身はBPDの治療は精神療法が中心の記事でくわしく紹介しています)。

誤解7:自傷は「必ず死にたいサイン」とは限らない

自分を傷つける行為(自傷)を見ると、周囲は「死のうとしているのでは」と強く心配します。その心配はとても自然なものですし、危険がある場合には必ず専門家に相談していただきたいことです。

その上で知っておいてほしいのは、自傷は必ずしも「死にたい」という意味だけではない、ということです。多くの場合、自傷は、あふれそうなつらさや、消えてしまいたいほどの苦しさを、その場でなんとかやり過ごすための手段という側面を持っています。怒りや恥ずかしさ、自己嫌悪といった、言葉にしづらい感情への、本人なりの対処になっていることがあるのです。

これは「自傷をしてよい」という意味ではありません。むしろ、その背景にある気持ちを理解できてはじめて、自傷以外の楽になる方法を一緒に探していけるようになります。「死にたいわけではないのに傷つけてしまう、そんな自分はおかしい」と思う必要はありません。そのつらさには理由があり、相談できる場所があります。命の危険が差し迫っていると感じるときは、ためらわず救急(119番)に連絡してください。そこまでではなくても、つらいときは主治医にご相談ください。

診断名の歴史と、スティグマ(偏見)の問題

ここまで見てきた誤解の背景には、診断名そのものが背負ってきた歴史があります。

「境界性」という言葉は、もともと「神経症と精神病の境目にある状態」という古い時代の考え方からつけられた名前で、現在の理解では症状の実態をうまく表していないとされています(くわしくはBPDとはどんな状態かの記事で解説しています)。また「パーソナリティ障害」という訳語は、あたかも「人格そのものに欠陥がある」かのような響きを持ってしまい、診断された方を深く傷つけることがあります。

さらに、かつては医療の世界でも「治療が難しい状態」と受け取られてきた時期があり、そのことが偏見を強めてしまった面があります。けれども、この数十年で理解は大きく変わりました。効果が研究で確かめられた治療法が複数生まれ、長期経過の研究が回復可能性を示し、「難しい患者」というかつてのイメージは、データによって塗り替えられつつあります。名前だけが、古い時代の偏見を引きずっているのです。

診断名は、本人を責めたりレッテルを貼ったりするためにあるのではありません。バラバラに見える症状が一つのまとまりとして理解できること。これからの見通しを立てやすくなること。そして何より、その人に合った治療や支援につなげやすくなること。診断がつかないままだと、効果の限られた治療をくり返してしまうこともあります。診断名は「レッテル」ではなく、「次に進むための地図」のようなものだと考えてみてください。もちろん、診断をつけるかどうか、どう伝えるかは、医師が本人の気持ちに配慮しながら慎重に行います。

周囲・家族が誤解を手放すことは、それ自体が治療的

最後に、ご家族や身近な方に知っておいてほしいことがあります。周囲が誤解を手放すことは、本人の回復を後押しする、それ自体が治療的な意味を持つ関わりだということです。

「わがままだ」「わざとだ」という目で見られ続けると、本人は「やっぱり自分は分かってもらえない」という確信を深め、見捨てられる不安がさらに強まり、症状の揺れが大きくなる――という悪循環に入りやすくなります。逆に、「この反応には理由がある」「本人もつらいのだ」という理解が周囲にあるだけで、この悪循環は緩みやすくなります。前述のとおり、「理解できるものとして受け止める」関わりは、専門的な治療のなかでも中心に置かれている要素です。

また、ご家族が「自分の育て方のせいだ」と自分を責め続けることも、回復の助けにはなりません。現在の標準的な考え方では、家族は「原因」ではなく、回復を支える「協力者」と位置づけられています。家族が病気について正しく知り、自分を責めることをやめ、安定した態度で関わり続けられること。それが本人にとって、何よりの土台になります。

パーソナリティ障害の難しさの一つは、症状が本人の「いつもの自分」と地続きであるために、本人も家族も「これは相談してよい困りごとなのだ」と気づきにくい点にあると、専門家は指摘しています。「性格だから仕方ない」と長年抱え込んできた生きづらさが、実は理解と支援の対象だった――そう気づくことが、受診や相談の入り口になります。なお、当院ではご家族のみの相談はお受けしていませんが、ご本人の受診に同意のうえでの同席は可能です。ご本人が受診できない状況でお困りのときは、公的な相談窓口、または受診を検討している医療機関にお問い合わせください。

受診の目安

以下のようなことに当てはまる場合は、一度ご相談ください。

  • 気分の波が激しく、自分ではしずめにくいと感じる
  • 人との距離感に苦しみ、対人関係で消耗しやすい
  • 自分を傷つけてしまうこと、消えてしまいたい気持ちがある
  • 「自分は性格が悪い」「どうせ治らない」と強く思い込んでしまう
  • 周囲との関係に疲れ、本人も家族もつらさを抱えている
  • 男性で、これまで「自分は関係ない」と相談をためらってきた

これらは「当てはまったらBPDだ」という意味ではありません。診断は医師が行います。気になることがあれば、早めに相談していただくことが、楽になる近道です。

まとめ

BPDは「性格が悪い」「わがまま」といった人格の問題ではなく、敏感さという素因を背景に持つ心の状態です。治療の対象は性格そのものではなく、柔軟性を失って本人を苦しめている「障害の部分」です。問題に見える行動の裏には本人のつらさがあり、「わざと」ではありません。原因は虐待だけではなく、男性にも同じくらい見られ、長期の研究では多くの方が年月とともに軽快していくことが示されています。お薬は補助で、中心になるのは対話を重ねる精神療法です。

診断名が背負ってきた古いイメージは、研究の進歩によって塗り替えられつつあります。そして、周囲やご家族が誤解を手放すことは、それ自体が本人の回復を支える力になります。誤解を一つずつほどいていくと、見える景色が変わってきます。自分を責めすぎず、回復の道があることを覚えておいてください。当院でも、あなたのペースに合わせてご相談をお受けしています。


参考にした書籍(要約・再構成。原文の転載ではありません):

  • ジョエル・パリス『境界性パーソナリティ障害の治療』
  • 牛島定信『パーソナリティ障害とはなにか』

よくある質問

BPDは性格が悪いということですか?

いいえ。BPDは性格の良し悪しの問題ではなく、対人関係に過敏になりやすい生まれ持った傾向(素因)を背景に、さまざまなストレスが重なって生じると考えられている状態です。本人の努力不足や人格の問題ではありません。

BPDは子どものころの虐待が原因なのですか?

虐待だけが原因とは言えません。つらい体験を経験した人の多くはBPDになりませんし、そうした体験がはっきりしない人もいます。生まれ持った素因とさまざまな環境要因が関わると考えられています。

BPDは治らない病気なのですか?

「一生治らない」というのは誤解です。長期間の経過を追った研究では、多くの方が時間とともに改善していくことが示されています。診断や治療方針は医師が一人ひとり判断します。

男性でもBPDになりますか?

なります。地域全体を対象にした調査では、女性と同じくらい男性にもいることが示されています。男性は受診につながりにくいだけで、いないわけではありません。性別にかかわらず相談してかまいません。

自傷があると、必ず入院が必要ですか?

必ずしもそうではありません。自傷の背景や危険の程度はさまざまで、対応も一人ひとり異なります。まずは安心して話せる場で相談することが大切です。命の危険が差し迫っていると感じるときは、ためらわず救急(119番)に連絡してください。そこまでではなくても、つらいときは主治医や当院にご相談ください。

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執筆・監修

精神保健指定医 野口晋宏

春日メンタルクリニック院長。精神科・心療内科の診療経験をもとに、受診前の不安や制度の疑問を整理しやすい情報提供を心がけています。

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