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連載「境界性パーソナリティ障害(BPD)ガイド」第2回(全9回) 第1回から読む →

はじめに

さっきまで穏やかに過ごせていたのに、ちょっとした一言で頭が真っ白になるほどの怒りが湧いてくる。数時間後には嵐が去ったように落ち着いて、今度は「どうしてあんなに荒れてしまったのだろう」と自分を責める——。そんな上下を繰り返すうちに、「自分は気分屋なのだ」「情緒不安定でだめな人間だ」という思いが心に根を張ってしまっている方は、少なくありません。

そう感じているのは、あなただけではありません。境界性パーソナリティ障害(BPD)と呼ばれる状態では、こうした激しく速い感情の波がよくみられます。そして何より知っていただきたいのは、その波は性格の弱さやわがままから来るのではなく、感情が動く「仕組み」そのものがそうさせている、という点です。

この記事では、BPDの感情の波がなぜ起きるのか、何が引き金になり、どのくらいの速さで変わるのかをやさしく説明します。よく似て見える双極性障害との違いや、波を少し和らげる工夫にも触れます。読み終えたとき、「自分が悪いわけではなかった」と少し肩の力が抜ければ幸いです。なお、診断や評価は医師が行うものですから、ご自身で結論を出す必要はありません。

感情の波の「引き金」は、多くが人とのやりとりです

BPDの感情の波は、ご本人には何の理由もなく突然襲ってくるように感じられることがあります。けれども、あとからていねいに振り返ってみると、その直前に「きっかけ」となる出来事が見つかることがほとんどだと考えられています。

そして、そのきっかけの多くは人との関わりの中にあります。たとえば次のような場面です。

  • 相手の返信がそっけなく、「拒絶された」「嫌われた」と感じたとき
  • 大切な人が離れていく、距離を置かれると感じたとき
  • 誰かから責められた、否定されたと受け取ったとき

つまり、BPDの気分の変化は、ほとんどの場合、自分の周りで起きた出来事への「反応」として生じるのです。これは「対人関係への過敏さ」と呼ばれます。人とつながっていると感じられる間は穏やかでいられるのに、見捨てられた・脅かされたと感じた瞬間、強い怒りや不安が一気に押し寄せてくる——そうした揺れが起こりやすいのです。

ここで知っておいてほしいのは、これは「些細なことに大げさに反応している」のではない、ということです。同じ出来事でも、人より深く・速く心が動いてしまう傾向があるだけで、そのとき感じている苦しさそのものは本物です。

波の性質は「強く・速く・長引く」

BPDの感情の波は、3つの言葉で特徴づけられます。

  • 強く:同じ出来事でも、感情の振れ幅が人より大きくなりやすい
  • 速く:きっかけから感情の高まりまでが一瞬で、気づいたときにはもう飲み込まれている
  • 長引く:いったん高ぶった感情がなかなか元の水位に戻らず、後を引く

つまり、感情の「点火が早く、火力が強く、消えるのが遅い」状態です。波が去ったあとも、「なぜあんなことを言ってしまったのか」という自己嫌悪や恥ずかしさが残り、それがまた次の落ち込みの燃料になる——この二重のつらさを抱えている方は多くいます。感情そのものの苦しさに加えて、「感情に振り回された自分」を責める苦しさが重なるのです。ご本人の主観的なつらさは、外から見える言動の派手さよりも、ずっと大きいことがほとんどです。

「近づくと苦しい、離れても苦しい」というジレンマ

対人関係の中で感情が揺れやすい背景として、パーソナリティ障害の臨床書では次のようなジレンマが指摘されています。人と親密になりすぎると、自分が呑み込まれてしまうような息苦しさを感じる。かといって距離が開くと、今度は見捨てられたような強い苦痛に襲われる——。

近くても苦しく、遠くても苦しい。この「ちょうどよい距離」の見つけにくさが、相手にしがみつきたい気持ちと突き放したい気持ちのあいだの激しい揺れとなって現れます。そしてこの揺れ自体が、また新しい感情の波の引き金になります。人間関係がこじれやすいのは、あなたが「わがまま」だからではなく、この距離のジレンマの中で必死にバランスを取ろうとしているからだ、と理解することができます。

「数時間で変わる」——時間枠が双極性障害とは違います

感情の波というと、双極性障害を思い浮かべる方もいるかもしれません。気分が上がったり下がったりする点はたしかに似ていますが、両者にははっきりとした違いがあると指摘されています。

その違いは、大きく3つに整理できます。

  • 質の違い:気分の「中身」そのものが異なります。
  • 引き金の違い:BPDは生活上の出来事(とくに人との関わり)に応じて気分が動きます。
  • 時間枠の違い:BPDの気分は数時間という短い単位で変わるのに対し、双極性障害は数週間という長い単位で動くとされています。

とりわけ分かりやすいのが、この「速さ」の違いです。BPDでは、朝は落ち着いていたのに昼には激しく動揺し、夕方にはまた静まる、という一日の中での揺れも珍しくありません。一方、双極性障害の高まりや落ち込みは、もっとゆっくりと、何週間もかけて続きます。

この時間枠の違いは、両者を見分けるうえで重要な手がかりになります。ただし、実際には重なって見えることもあり、区別には専門的な判断が必要です。気になる場合は医師にご相談ください。

「抑うつから高揚へ」ではなく「平静から怒りへ」

もうひとつ、双極性障害との分かりやすい違いがあります。それは、気分が「どちらの方向へ動くか」です。

双極性障害(とくにII型)では、落ち込んだ状態(抑うつ)から、気分が高ぶった状態(高揚)へと変化するのが典型的とされています。これに対してBPDでは、穏やかで平静だった気分から、一気に怒りへと変化することのほうが起きやすいと報告されています。

「楽しくてたまらない」というハイな気分が長く続くのではなく、湧き上がってくるのは怒りや悲しみ、不安といった苦しい感情であることが多いのです。たとえ一時的に気分が上向いても、その高まりは長続きせず、悲しみや不安、とりわけ怒りと入り混じっていることが少なくないとされています。

ですから、「テンションが上がるわけでもないのに、なぜか急に怒りや絶望でいっぱいになる」という感覚は、BPDの波としてはむしろ自然なものといえます。あなたの感じ方が「おかしい」わけではないのです。

脳では何が起きている? 扁桃体と前頭前皮質

では、なぜこれほど速く、強く感情が動くのでしょうか。その背景には、脳の働き方の特徴があると考えられています。

ここで登場するのが、2つの脳の部分です。ひとつは扁桃体(へんとうたい)。不安や怒りといった感情を生み出す、いわば「感情のアクセル」です。もうひとつは前頭前皮質(ぜんとうぜんひしつ)で、湧き上がった感情を見つめ直し、行動にブレーキをかける「冷静な制御役」にあたります。

BPDのある方の脳では、扁桃体が刺激にとても敏感で強く反応しやすい一方、それをなだめる前頭前皮質の働きが追いつきにくいと考えられています。アクセルは踏み込まれやすいのに、ブレーキが効きにくい——そうイメージすると分かりやすいかもしれません。

これは、本人の意志や努力の問題ではありません。だからこそ、「気合いが足りない」「我慢が足りない」と自分を責める必要はないのです。そして大切なのは、この働きは固定されたものではない、ということです。練習や治療を通じて、ブレーキ役の前頭前皮質をはたらかせやすくしていけると考えられています。

波を和らげる「まず考えてから行動する」練習

感情の波そのものをゼロにすることは難しくても、波に飲み込まれて衝動的に動いてしまうのを「少し遅らせる」ことは、練習で身につけていけるとされています。その中心になる考え方が、「まず考えてから行動する」というものです。

強い感情が湧いた瞬間に反射的に動くのではなく、あいだに一拍おく。そのための具体的な工夫として、次のようなものが知られています。

  • 心の中で10まで数える:行動に移すまでに、ほんの少し時間を作ります。
  • 気持ちを書き出す:今、自分が何を感じているのかを言葉にして紙に書きます。
  • 信頼できる人に話す:胸の内を声に出して誰かに伝えます。

いずれも、衝動のままに動いてしまうのを遅らせ、「本当にこう動きたいのか」「別の見方はできないか」と立ち止まる余裕を生むための工夫です。なぜこれが波を和らげるのかといえば、一拍おく経験を積み重ねることで、ブレーキ役の前頭前皮質が、アクセルである扁桃体をうまく制御できるようになっていくと考えられているからです。

最初からうまくできなくて当然です。これらは治療の中で、専門家とともに少しずつ練習していくこともできます。

治療で育てていく「感情調整」の力

感情の波への対応は、我慢や根性の問題ではなく、治療の中で少しずつ育てていける「技術」だと考えられています。BPDの治療研究では、いくつかの専門的な精神療法が効果を示していますが、共通して大切にされている要素はシンプルです。

  • 枠組みを一定に保つ:決まったペースで診察を続けること自体が、揺れやすい感情の「土台」になります。
  • つらさを理解できるものとして受け止める:「そう感じるのも無理はない」と、感情の反応をまず理解可能なものとして扱います。感情を否定されない経験の積み重ねが、感情と付き合う余裕を生みます。
  • 自分の反応を観察する力を育てる:「今、自分はどんな出来事のあとに、何を感じているのか」を言葉にして眺める練習です。

とくに役立つのが、落ち着いているときに振り返るという工夫です。波の真っ最中は、冷静に考えること自体が難しいものです。だからこそ、嵐が去って静かなときに、「あのとき何がきっかけだったか」「体はどんなサインを出していたか」を医師や治療者と一緒に整理しておく。すると、次に波が来たとき、「これはいつものパターンだ」と少し早く気づけるようになります。気づくのが早いほど、飲み込まれる前に一拍おける可能性が高まります。

あわせて、生活の土台を整えることも波を小さくします。睡眠のリズム、仕事や学業など日中の役割、規則的な生活——遠回りに見えますが、BPDの治療書では、生活そのものを立て直していくことが回復の中核だと繰り返し強調されています。土台が安定するほど、同じ出来事でも波の高さは変わってきます(治療の全体像はBPDの治療は精神療法が中心の記事でくわしく解説しています)。

感情の波は、年齢とともに軽くなっていくことが多い

もうひとつ、ぜひ知っておいていただきたいことがあります。それは、BPDの激しい感情の波は、一生続くものではない場合が多いという点です。

BPDの症状は、思春期から成人して間もない時期にもっとも強く現れやすいことが知られています。そして、患者さんを10年、20年という長い期間追いかけた海外の研究では、年月とともに多くの方が症状面で大きく改善し、診断基準を満たさなくなっていくことが繰り返し報告されています。とくに、感情の激しさや衝動性は、年齢を重ねるにつれて和らぎやすい面だとされています。

もちろん、「放っておけば自然に治る」という意味ではありません。対人関係や生活の立て直しには時間がかかることも指摘されており、治療の支えがあるほうが回復は進めやすくなります。それでも、「今のこの激しさが、この先ずっと続くわけではない」という見通しは、いちばんつらい時期を乗り越えるうえで大きな支えになるはずです(経過について、くわしくはBPDと診断されたら――回復はできる?をご覧ください)。

背景にある「空虚感」や慢性的なつらさ

激しい波の合間に、ふと心の真ん中が「からっぽ」になったように感じる——そんな慢性的な空虚感や、漠然とした晴れない気分が、BPDの背景に流れていることがあります。

波が立っていないときでも、心のどこかに満たされなさや不快感が続いていると、ささいな出来事が引き金になって、いっそう大きく感情が揺さぶられやすくなります。この底に流れるつらさは、目に見えにくいぶん周囲に伝わりにくいのですが、波の激しさと同じくらい苦しいものです。

だからこそ、爆発的な怒りだけでなく、その下に流れている空虚感も、相談の中で大切に扱われてよいものです。「派手なエピソードがないと相談してはいけない」ということは、まったくありません。

受診の目安

以下に当てはまる方は、一度ご相談いただくことをおすすめします。

  • 数時間のうちに気分が大きく変わり、自分でも振り回されてつらいと感じる
  • 人とのやりとり(拒絶・別れ・否定されたと感じる場面)のあとに、強い怒りや絶望に襲われやすい
  • 感情が高ぶると、衝動的な行動を抑えにくく、後で深く後悔することが多い
  • 波がないときも、心が空っぽに感じたり、晴れない不快感が続いたりする
  • 「自分は気分屋でだめだ」と責め続けて、生活や人間関係がつらくなっている

これらは病名を自分で決めるためのものではなく、医師と話し合うきっかけとしてお使いください。診断は医師が行います。

まとめ

BPDの感情の波は、多くの場合、人とのやりとりが引き金となって、数時間という短い単位で動きます。その性質は「強く・速く・長引く」と表せ、双極性障害が数週間単位で抑うつから高揚へ変わるのに対し、BPDは平静から怒りへ動きやすいという違いがあります。背景には、感情のアクセルである扁桃体が敏感で、ブレーキ役の前頭前皮質が追いつきにくいという脳の特徴があると考えられており、決してあなたの努力不足ではありません。「まず考えてから行動する」練習や、落ち着いているときの振り返りを重ねることで、波に飲み込まれにくくしていくことは十分に可能です。そして、この激しさは年齢とともに和らいでいくことが多いと長期の研究からも知られています。ひとりで自分を責め続けず、つらさを感じたら医師と一緒に整理していきましょう。


参考にした書籍(要約・再構成。原文の転載ではありません):

  • 境界性パーソナリティ障害の治療(ジョエル・パリス)
  • 境界性パーソナリティ障害治療ハンドブック
  • パーソナリティ障害の診断と治療(ナンシー・マックウィリアムズ)

よくある質問

BPDの感情の波は、どうしてこんなに激しいのですか?

脳の感情をつかさどる部分(扁桃体)が刺激に敏感に反応しやすく、それをなだめる部分(前頭前皮質)の働きが追いつきにくいと考えられています。性格の弱さや努力不足ではありません。診断や評価は医師が行います。

BPDの気分の波と、双極性障害の気分の波はどう違うのですか?

大きな違いは速さと中身です。BPDの波は多くの場合、人とのやりとりがきっかけで数時間のうちに変わり、穏やかさから怒りへ動きやすいとされます。双極性障害は数週間単位で、抑うつから高揚へという変化が中心です。見分けは医師が行います。

感情の波を自分で和らげる方法はありますか?

強い気持ちが湧いたときに、すぐ動かず「まず考えてから」行動する練習が役立つとされています。心の中で10数える、気持ちを書き出す、信頼できる人に話す、といった一拍おく工夫です。治療の中で身につけていくこともできます。

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執筆・監修

精神保健指定医 野口晋宏

春日メンタルクリニック院長。精神科・心療内科の診療経験をもとに、受診前の不安や制度の疑問を整理しやすい情報提供を心がけています。

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