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連載「境界性パーソナリティ障害(BPD)ガイド」第7回(全9回) 第1回から読む →

はじめに

「境界性パーソナリティ障害(BPD)と言われたけれど、いったいどんな治療をするのだろう」「薬を飲めば治るのか、それとも一生つきあっていくしかないのか」――。診断を受けたあと、こうした不安を胸に抱えたまま診察室を出た方は少なくないはずです。

なかには、これまでいくつもの薬を試したのに思うようによくならず、「自分には効く薬がないのだ」と感じてきた方もいるでしょう。逆に、薬が増えるにつれて、かえって体が重く、頭の働きが鈍くなったように感じた方もいるかもしれません。けれども、それはあなたの努力が足りないからでも、あなたの症状が特別に重いからでもありません。

実は、BPDの治療には大切な前提があります。治療の中心は薬ではなく「話す治療」、つまり精神療法だということです。これは一部の専門家の意見ではなく、多くの研究データが支持している考え方です。だとすれば、「薬が効かなかった」という経験は、治療の行き止まりではなく、治療の中心がほかにあることを示すサインだったのかもしれません。

この記事では、BPDの治療がどんな順序で、何を中心に進んでいくのかを、できるだけかみくだいてお伝えします。あわせて、「薬で何ができて、何ができないのか」「専門的な治療を受けられない場合はどうすればいいのか」という疑問にも、安全な範囲で正直にお答えします。

治療の中心は「話す治療」(精神療法)

BPD治療の柱になるのは、薬ではなく精神療法です。精神療法とは、専門家との対話を通じて、自分の感情や対人関係のパターンに気づき、よりよい対処の仕方を身につけていく「お話し療法」のことです。

「話すだけで本当によくなるの?」と感じるかもしれません。けれども、これまでの数多くの研究が、精神療法こそがBPD治療の中心であるという結論を支えています。実際、BPDの症状の多くは、年月とともにやわらいでいくことが知られています。そして、そのよい変化が起こるかどうかを左右する大きな要素が、ご本人が治療に前向きに取り組めているかどうかなのです。

なぜ「話すこと」が効くのでしょうか。BPDの感情や行動の揺れは、でたらめに起きているのではなく、「拒絶された」「見捨てられた」「怒られた」と受け取った直後に起きていることが多い――これが近年のBPD理解の中心です(くわしくはBPDとは?の記事で解説しています)。だからこそ、気持ちが大きく揺れたときに「その直前に人との間で何があったか」を診察の中で一緒に振り返り、行動する前にいったん考える力を少しずつ育てていくこと自体が、治療として働くのです。

ただし、注意点もあります。どんな話し方でも効くわけではない、という点です。BPDには、ある程度きちんと組み立てられた(構造化された)治療が向いていると考えられています。過去のつらい出来事ばかりを深く掘り下げる治療は、かえって苦しさを強めてしまうこともあります。むしろ「今の生活で困っていること」――今週の対人関係のいざこざ、今の職場や家庭での息苦しさ――に焦点を当て、現実の問題にどう対処するかを一緒に考えていく形のほうが、役に立ちやすいとされています。

専門的な治療法にはどんなものがあるか

精神療法と聞くと、特別な専門技法を思い浮かべるかもしれません。実際、BPDに対しては、研究で効果が確かめられた専門的な治療法がいくつかあります。代表的なものは次のとおりです。

  • DBT(弁証法的行動療法):感情を上手に扱い、衝動を抑える技能を、練習を通して身につけていく方法です。
  • MBT(メンタライゼーションに基づく治療):「自分や相手の気持ち・考えに思いをめぐらせる力」を育てていく方法です。
  • TFP(転移焦点化精神療法):治療者との関係の中で生じる感情を手がかりに、自分の心のあり方を見つめていく方法です。
  • スキーマ療法:長年身についた「ものの見方の型」に働きかけていく方法です。

興味深いことに、これらの治療法どうしを比べた研究では、どれか一つが飛び抜けて優れているという結果にはなっていません。効果を生んでいるのは特定の「ブランド」の技法というより、治療の枠組みが一定していること、つらさを「理解できるもの」として受け止めてもらえること、自分の反応を観察する力が育つこと――こうした共通の要素だと考えられています。

専門治療が受けられなくても、道はある

正直にお伝えすると、DBTなどの専門プログラムを本格的な形で受けられる医療機関は、日本ではまだ限られています。専門的な訓練を受けた治療者が必要で、どこでもすぐに受けられるとは限らないのが現実です。

「では、専門治療を受けられない自分は良くなれないのか」――そう感じた方にこそ、知っておいてほしいことがあります。特別な専門プログラムを受けなくても、多くの方が良くなっていくという事実です。

十分な知識を持った医師が、ていねいで一貫した関わりを続ける一般的な外来診療でも、専門プログラムと比べて改善の程度に大きな差がみられなかった、という比較研究も報告されています。こうした関わり方は「程よい精神科マネジメント(GPM)」と呼ばれ、BPD治療の標準的な手引き書にもまとめられています。

「程よい」というのは、完璧でなくてよい、という意味でもあります。一般の外来でできることは、具体的には次のようなものです。

  • 心理教育:BPDがどんな状態で、どんな経過をたどるのかを、きちんと説明してもらうこと。見通しを知ること自体が支えになります。
  • 引き金の振り返り:気持ちや行動が大きく揺れたとき、その直前の出来事(とくに対人関係のこと)を一緒にたどり、自分の「揺れのパターン」を知っていくこと。
  • 一定した治療の枠組み:決まったペースで通い、決まった枠の中で話す。この「変わらなさ」自体が、揺れやすい心の錨(いかり)になります。
  • 生活の立て直しを大切にすること:診察室の外での生活――学業・仕事・家事・生活リズム――を治療の中心的な目標に据えること。

とくに最後の点は、BPD治療の専門書が繰り返し強調していることです。症状が消えるのを待ってから生活を立て直すのではなく、無理のない小さな課題から生活を立て直していくこと自体が、回復を後押しすると考えられています。自信は、変化の前提ではなく、行動の積み重ねの結果としてついてくるものだからです。

「通い続けること」自体に治療の力がある

もう一つ、見落とされがちな大切なことがあります。同じ治療者のもとに通い続ける、その治療関係そのものが回復に効くという点です。

BPDでは、人との関係が近づいたり離れたりと揺れやすく、「どうせ見捨てられる」という予感が関係を壊してしまうことがあります。治療関係も例外ではありません。医師に対して失望したり、腹が立ったり、「もう行きたくない」と感じたりすることは、めずらしくないのです。

けれども、そこで治療が終わりになるわけではありません。むしろ、腹が立ったこと・失望したことを次の診察で言葉にして、それでも関係が壊れずに続いていく――この体験の積み重ねが、「人との関係は、揺れても修復できる」という新しい実感を育てていきます。専門書では、こうした治療関係を通じた体験の修正が、BPD治療の重要な作用の一つとされています。

また、治療は「一度始めたら途切れさせてはいけないもの」でもありません。症状が落ち着いたらいったん通院の間隔をあけたり区切りをつけたりして、必要になったらまた戻ってくる――そんな柔軟な形が現実的だとする考え方もあります。治療を中断した経験がある方も、「失敗した」と考える必要はありません。扉はまた開けられます。

薬でできること・できないこと

それでは、薬はどこに位置づけられるのでしょうか。結論から言えば、薬はあくまで補助です。

まず知っておいていただきたいのは、BPDそのものに対して正式に承認された薬は、今のところ存在しないということです。「これを飲めば誰にでも劇的に効く」という薬も見つかっていません。薬物療法には、はっきりとした限界があるのです。

そのうえで、薬が助けになりやすい場面と、効果が限られる場面とがあります。

  • 強い怒りや衝動に対しては、薬がいくらか役立つことがあります。
  • 一方で、気分の落ち込み(抑うつ)や自傷に対しては、効果は限られると考えられています。

大切なのは、薬を使うときに「何の症状のために使うのか」「どうなったら効いたと言えるのか」を医師と共有し、ご自身も効果を観察する側に回ることです。どの薬を使うかは、症状の種類や重さ、ご本人の希望をふまえて医師が慎重に判断します。「薬は効くか効かないか、どちらか」という極端な見方ではなく、「控えめに期待しながら、効果を見ていく」という姿勢が役に立ちます。

薬は「数を増やすほどよい」わけではない

もう一つ大切なのが、たくさんの薬を併用すること(多剤併用)は避けたほうがよいという点です。

なぜなら、複数の薬を重ねても効果が上がるという証拠は得られておらず、むしろ副作用のリスクだけが高まりやすいからです。興味深いことに、服用する薬の数が少ないほうが、かえって症状がよくなりやすいとも言われています。

ですから、効いているのかどうかはっきりしない薬は、一つずつ、少しずつ減らしていく――これが望ましい方針です。薬を整理することは「治療をあきらめる」ことではなく、より安全で身軽な状態を目指す前向きな一歩です。減薬や薬の変更は、必ず医師と相談しながら、急がず進めていきましょう。自己判断で急にやめることは避けてください。

治療はどんな順序で進むのか

「治療を始めたのに、なかなか変わらない」と感じて不安になる方もいます。けれども、BPDの治療では、変化は段階を追って起こっていくことが知られています。すべてが一度に良くなるわけではないのです。

おおまかには、次のような順序で改善が進んでいくと考えられています。

  1. 気持ちのつらさ(不安や落ち込み)がやわらぐ――比較的早い時期から
  2. 行動(強い怒りや衝動的な行動など)が落ち着いてくる――数か月単位
  3. 対人関係が安定してくる――さらに時間をかけて
  4. 社会的な生活(学校・仕事・家事など)が立て直されていく――年単位のこともある

つまり、まず内側のつらさが軽くなり、次に目に見える行動、それから人との関わり、最後に生活全体へと、変化が外へ広がっていくイメージです。対人関係や生活の立て直しに時間がかかるのは自然なことです。「まだ仕事のことまで手が回らない」と焦る必要はありません。それは治療が遅れているのではなく、順番どおりに進んでいる途中なのです。

そして、長い目で見た見通しは決して暗くありません。患者さんを10年、20年と追いかけた長期研究では、年月とともに多くの方が診断基準を満たさなくなっていくことが繰り返し報告されています。年単位の時間はかかっても、症状は軽快していく人が多い――これがBPDの経過について現在わかっていることです(くわしくは回復の見通しの記事をご覧ください)。

なお、ここで挙げた順序や期間はあくまで一般的な目安であり、進み方には個人差があります。ご自身がどの段階にいるのかは、担当の医師と確認しながら進めていきましょう。

集団療法やスキル訓練も助けになる

治療は、一対一の面談だけではありません。集団療法やDBTのスキル訓練グループも、実施している機関があれば有用な選択肢です。

集団療法には、個人の面談だけでは得にくい良さがあります。同じような悩みを抱える人が他にもいると実感できること、自分とは違う対処の仕方を知れること、そして人との関わり方をその場で実際に練習できることです。BPDでは対人関係のつまずきが起こりやすいからこそ、人と関わる場そのものが学びの機会になります。

また、ご家族が治療の「協力者」として関わることも、回復の助けになります。家族は原因ではなく味方である――これが現在の標準的な考え方です。

当院での実際

当院では、DBTなどの専門的な心理療法プログラムは提供していません。心理士が在籍していないため、心理士によるカウンセリングも行っていません。専門的な心理療法をご希望の場合は、実施している医療機関の受診をご検討ください。どこで受けられるか迷うときは、診察のなかでご相談いただけます。当院では、この記事で述べてきたような、一般の外来でできる関わりを大切にしています。

  • 通院頻度の基本は2週間に一度としています。一定のペースで通うこと自体を治療の枠組みとして大切にしています。
  • 予約はWEB(デジスマ)から取ることができ、初診前にWEB問診があります。初診の所要時間の目安は30分程度(問診含む)です。
  • 初診では、服用中の市販薬・サプリメントも含めてお薬の状況を確認しています。薬が増えすぎていないかの整理も、診察のなかでご相談いただけます。

なお、ご家族のみの相談はお受けしていません。ご本人の受診に同意のうえでの同席は可能です。ご本人が受診できない状況でお困りのときは、公的な相談窓口、または受診を検討している医療機関にお問い合わせください。

受診の目安

以下のようなことに心当たりがあれば、一度ご相談ください。

  • BPDと言われたが、どんな治療を受ければよいのか分からず不安がある
  • 専門的な治療を受けられる機関が近くになく、どうすればよいか迷っている
  • いくつも薬を試したが効果を感じられず、薬の量が増えていることが気になる
  • 強い怒りや衝動、自分を傷つけたくなる気持ちなどで、自分でもつらいと感じることがある
  • 気分や対人関係の波に長く振り回されてきた
  • 治療を受けているが、進み方や薬の整理について改めて相談したい

なお、BPDかどうかの診断は医師が行います。気になる症状がある場合は、自己判断せずにご相談いただくことをおすすめします。つらさが強く、身の安全が心配なときは、ためらわずに救急(119)または主治医にご相談ください。

まとめ

BPDの治療は、薬ではなく精神療法(お話し療法)が中心であり、多くのデータがこの考え方を支えています。DBTやMBTといった専門的な治療法を受けられる機関は限られていますが、心理教育・引き金の振り返り・一定した治療の枠組み・生活の立て直しを備えた一般の外来診療でも、多くの方が良くなっていくことが示されています。

同じ治療者のもとに通い続け、揺れても修復できる関係を積み重ねること自体に、治療の力があります。薬はあくまで症状ごとの補助で、たくさん重ねるよりも必要な分にしぼるほうが望ましいと考えられています。そして治療の変化は、つらさ・行動・対人関係・生活という順に段階を追って進み、年単位でみれば軽快していく人が多いことが長期研究からわかっています。

時間はかかっても、回復に向かう道はちゃんとあります。あせらず、ご自身のペースで一歩ずつ進んでいきましょう。


参考にした書籍(要約・再構成。原文の転載ではありません):

  • 境界性パーソナリティ障害の治療(ジョエル・パリス)
  • 境界性パーソナリティ障害治療ハンドブック(ジョン・G・ガンダーソン)
  • 新訂増補 パーソナリティ障害の精神分析的アプローチ(松木邦裕・福井敏 編)

よくある質問

BPDは薬で治るのでしょうか。

残念ながら、BPDそのものを劇的に治す薬は今のところ知られていません。日本でも海外でも、BPDに対して正式に承認された薬はなく、薬はあくまで補助的な役割です。治療の中心は精神療法(お話し療法)で、多くの研究がこの結論を支えています。診断や治療方針は医師が判断しますので、まずはご相談ください。

薬はまったく意味がないのですか。

そうではありません。強い怒りや衝動が出ているときに、薬がいくらか助けになることはあります。一方で、気分の落ち込みや自傷に対しては効果が限られると考えられています。効いていない薬を漫然と続けるより、効果を見ながら整理していくことが大切です。

たくさん薬を飲んだほうが効くのではないですか。

多くの薬を併用しても効果が上がるという証拠はなく、むしろ副作用が増えやすくなります。薬の数が少ないほうがよくなりやすいとも言われており、効果のはっきりしない薬は少しずつ減らしていくのが望ましいとされています。減薬は必ず医師と相談しながら進めましょう。

治療を始めると、どのくらいで変化が出ますか。

変化は段階的に起こることが多く、まず気持ちのつらさがやわらぎ、続いて行動、対人関係、生活の立て直しという順に進んでいくのが一般的です。あせらず取り組むことが回復につながります。個人差がありますので、ご自身のペースを医師と確認しながら進めましょう。

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執筆・監修

精神保健指定医 野口晋宏

春日メンタルクリニック院長。精神科・心療内科の診療経験をもとに、受診前の不安や制度の疑問を整理しやすい情報提供を心がけています。

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