福岡県春日市須玖北4丁目34 2階
休診日: 水曜・木曜・日曜・祝日

診察の順番を待ちながら、「今日は何を報告すればいいんだろう」と考えている。薬は飲んでいる。言われたとおり休んでもいる。それでも、先月と比べて良くなったとは言えない。先々月とも変わらない。「変わりないです」と言うために、わざわざ来たのだろうか。先生も、変わらない自分を診るのは、そろそろ嫌になっているのではないか——。

うつの治療が長引くと、こういう待合室の時間を過ごしている方が少なくありません。この記事は、精神科の専門誌『精神科治療学』に載った治療抵抗性うつ病についての論文を下敷きに、その時期の診察で何が起きていて、何を話し合えるのかを書いたものです。結論を先に言えば、治療が長引くことと、治療できないことは同じではありません。そして、改善が見えない時期の診察は、「報告することがない」時間ではありません。

「治療抵抗性」は見放しの言葉ではない

抗うつ薬を十分に使っても改善が乏しいうつ病は、「治療抵抗性うつ病」と呼ばれることがあります。字面だけ見ると、治療が効かない病気、つまり見放しの宣告のように読めてしまいます。実際、この言葉を検索してこのページに来た方の中には、「自分はもう治らない側に分類されたのか」と感じている方がいるかもしれません。

けれども、この言葉が臨床で果たしている役割は逆です。「治療抵抗性かもしれない」という判断は、治療をやめる理由ではなく、診断と治療をもう一度見直す出発点として使われます。そもそも診断は合っているか。薬の種類・量・期間は十分だったか。別の要因が隠れていないか。こうした見直しは、患者をふるい落とすためではなく、その人に適した治療へ切り替えるために行われます。見直しの具体的な中身は治療抵抗性うつ病の基本に書いたので、ここでは繰り返しません。この記事が担当するのは、その先です。つまり——見直しても、突破口がすぐには見つからない時期に、診察で何を話し合えるか。

一つだけ、正直に書いておきたいことがあります。「治療抵抗性は治療不能と同義ではない」は本当ですが、だからといって「必ず治ります」と言い切ることもできません。どちらの言い過ぎもしない、というのがこの記事の立場です。そのうえで、言い切れることは残っています。見直しが続く限り、治療は止まっていない、ということです。

改善が見えない時期、診察室では何が起きているか

治療がうまく進まないとき、影響を受けるのは患者だけではありません。実は治療者の側にも、不安や無力感が生まれます。手を尽くしても変化がないと、治療者も「次に何を試せばいいのか」が見えにくくなり、知らないうちに患者への関心や、新しい治療戦略を考える余力が細っていくことがあります。

これを読んで、「やっぱり先生は自分に興味を失っているんだ」と受け取らないでほしいのです。行き詰まりは、あなたの側の落ち度でも、主治医個人の冷たさでもなく、治療の場に一般に起こりうる力学であり、長引く治療という状況そのものが生む圧力です。そしてこの圧力への対処法もあります。治療が効いていない事実から目をそらさず、診断や治療をもう一度検討し直すこと。それ自体が、患者への関心と理解を回復させます。

つまり、主治医が「もう一度整理させてください」「最初からたどり直してみましょう」と言い出したら、それは行き詰まりの告白ではなく、関わり直しの合図です。

患者の側にも、同じ時期に特有の心の動きがあります。「変わりないです、しか言えないのが申し訳ない」「診察の時間を無駄にしている気がする」。改善を願って通院を続けているのに、その通院自体が肩身の狭いものになっていく。この感覚は、次の話につながります。

症状の増減だけが、診察の話題ではない

治療の結果は、病名と治療法だけで決まりません。生活の状況、その人の特徴、これまでの治療の経験——そうしたものが絡み合って、経過は作られます。だから、うつという病気だけを見るのではなく、病気を抱えて暮らしている一人の生活者としてその人を見ると、話し合えることの範囲は一気に広がります。住まいのこと、食べること、仕事のこと、周りの支え、体の調子。そこに新しい糸口が見つかることがあります。

具体的に言えば、こういう会話です。

「気分は変わりないとのことですが、朝はどうやって起きていますか」 「目覚ましを三つかけて、二度寝しても9時までには起きるようにしています」 「それは、ご自分で決めてやっていることですか」 「はい。崩れると余計しんどいので」

気分は変わっていません。でもこの会話には中身があります。この人は、しんどさの中で生活のリズムを自分で守っている。それは症状の報告ではなく、続けている工夫の報告です。そして工夫は、診察で話し合う値打ちのある話題です。うまくいっている工夫は続ければいいし、無理が出ている工夫は一緒に調整できます。「変わりないです」の一言の下にある暮らしの実態を、診察で広げていくことができます。

これは「生活を整える努力が足りないから治らない」という話では、まったくありません。順序が逆です。すでに続けている努力を診察の場で見つけて、それを土台に次を考える、という話です。改善が数字や気分に現れない時期にも、暮らしの中では小さな判断と工夫が毎日続いています。それを言葉にすることは、治療の空白を埋める雑談ではなく、生活の質そのものを扱う診療の一部です。

当院の再診は5分前後と短いので、「そんな話をする余裕があるのか」と思われるかもしれません。短い時間でも、暮らしの具体を一つ診察の話題にできます。話したいことをスマホのメモやAIで整理して、画面のまま見せていただいてもかまいません。短い診察で何が起きているかは別の記事に書きました。

休養についても一つ。当院では、休めていない方に「休めていますか」とは聞かず、休もうとすると何が邪魔をするのかを伺うようにしています。「休めていません」で終わる問いより、「横になるとやり残した仕事のことが浮かんで起き上がってしまう」という答えのほうが、次に話し合えることを連れてくるからです。これも、症状ではなく暮らしを尋ねる質問の一つの形です。

「一緒に待つ」という治療のかたち

見直しを重ねても、はっきりした改善に届かない時期は、それでも存在します。そのうえで、関わりを切らさないことの先には、こういうものがあります。見直しの中から新しい治療法が見つかるかもしれない。症状は残っても生活の質が上がっていくかもしれない。あるいは、今はまだない将来の治療法を、二人で待つことになるかもしれない。どれも保証ではなく可能性です。そして関係が続いている間は、その可能性を患者と治療者が一緒に探していけます。

「待つ」といっても、放置ではありません。見直しは続きます。診断は問い直され、薬は検討され、暮らしは話題になり続けます。そのうえで、今すぐの突破口がないという現実を、患者と治療者が一緒に持つ。患者は治療を受けるだけの立場ではなく、工夫を報告し、暮らしを語り、次の一手を一緒に探す相手でもあります。現実的な楽観——根拠なく「大丈夫」と言うのではなく、可能性が残っていることを二人で確認し合う関係——は、それ自体が治療の支えになりえます。

だからこの記事は、「つらくても通院を続けてください」という説教では終わりません。報告することがない気がする、申し訳ない、その気持ちはよく分かります。ただ、その診察には話題があり、意味があります。「変わりないです」の日に持っていけるものを、一つだけ挙げるなら、こうです。今週も続けたこと。それだけで、診察は始まります。

なお、消えてしまいたい気持ちが続くときや強まるときは、それ自体を次の診察を待たずに伝えてほしいことです。切迫しているときは救急(119番)へ、そうでなければ当院・主治医に連絡してください。

うつの治療が長引く背景には、一人ひとり違う事情があります。うつは一枚岩ではないこと、発達特性が関わる場合家族に何ができるかは、それぞれ別の記事で書いています。

参考にした資料(要約・再構成。原文の転載ではありません):

  • 白波瀬丈一郎「治療抵抗性うつ病に対する精神療法――精神療法的課題としての治療姿勢」『精神科治療学』37巻8号(星和書店、2022年)

よくある質問

診察で話したいことを、スマホのメモやAIで整理したもので見せてもよいですか。

かまいません。AIなどで整理したメモを画面のまま見せていただけます。当院の再診は5分前後です。

電気けいれん療法(ECT)やrTMSは受けられますか。

当院では行っていません。実施している医療機関はご自身でお探しいただくことになりますが、受診に必要な紹介状(診療情報提供書)は必要に応じて作成します。診察でご相談ください。

家族だけで相談に行けますか。

ご家族のみの相談はお受けしていません。ご本人が受診され、同席に同意されている場合には、ご家族が同席していただけます。

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執筆・監修

精神保健指定医 野口晋宏

春日メンタルクリニック院長。精神科・心療内科の診療経験をもとに、受診前の不安や制度の疑問を整理しやすい情報提供を心がけています。

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