はじめに
診断がついて、薬を飲みはじめて、量も変えて、種類も変えた。休職もした。それでも、良くなったという実感が持てない。周りからは「ちゃんと休めていないからだ」と言われるけれど、自分では何をどう休めばいいのかが分からない。
そういうときの見直し方の一つに、薬への反応だけを見るのではなく、暮らしのなかで何が負担になっているかをたどり直す、という道すじがあります。下敷きにしたのは、精神科の専門誌が治療の長引くうつ病を特集した号のうち、発達障害が併せてある場合について論じた一編です(以下「論文」と呼びます)。この記事で紹介するのは、そのうち自閉スペクトラム症(ASD)に関する部分と、発達特性のある方に共通する部分です。
論文には、休んでも、薬がある程度効いても、復職を考えるたびに調子がぶり返す方の経過が出てきます。復職への不安を尋ねられても、ご本人には負担の心当たりがありませんでした。負担が見つからないことと、負担が無いことは、同じではない――この記事がお伝えしたいのは、この一点です。
何が負担になっているのか、ご本人にも見えにくい
発達特性のある方のうつ病の治療は、うつ状態をもたらしている外側の負担を探すところから始まります。すぐに見つかることもあれば、そうはいかないことも当然あります。ただ、発達特性に伴ううつ病では、仕事や家庭など、外からの負担が高い割合で絡んでいます。そして、その負担をご本人が自分では捉えられていないことも、珍しくありません。
この見えにくさには、伏線があります。知的な遅れを伴わない発達特性は、学生時代の比較的守られた場では、表に出ないまま過ぎることも少なくありません。働きはじめる、職場が変わる――そうした環境の変わり目ではじめて、特性による困りごとが浮き彫りになります。そうして生じた困りごとは負担を伴い、うつ病などを発症する危険を高めます。
そして、何が負担になっているのか自分でも分からない、という状態そのものは、発達特性のあるなしにかかわらず起こります。ご自身に特性があるかどうかが決まっていなくても、ここから先は同じように読んでいただけます。
落ち込みのほうも、外から見えにくいことがある
負担だけでなく、うつ状態そのものも、外から見えにくいことがあります。ASDのある方は、自分の感情や置かれている状況をつかむこと自体が苦手で、それを人に適切に伝えることも得意ではありません。そのため、気持ちの落ち込みがはっきりと言葉になる形を取らず、やる気の落ち込みや、腹痛・下痢といったお腹の症状を中心にした、はっきりしない体の不調のほうが前に出やすい――論文の筆者は、臨床の経験からそう捉えています。なお、まだ体の検査を受けていない症状は、その症状に合った診療科での確認が先です。
見えにくさは、診る側にも生じます。精神科の医療に関わる人の多くは、日ごろの経験から「うつの人はこういう感じだ」という像を持っています。ASDのある方では、表情の動きや声の調子といった、言葉によらない伝わり方に違いがあるため、その像とずれが生じ、いまどんな気分でいるのかを直感では受け取れなくなります。だからこそ、医療者の側から積極的に疑い、言葉にして直接確かめていかなければ、症状を見落としてしまう危険があります。
取り違えは、逆の向きにも起こります。外に出ていく機会が少ないことや、就職活動のような段取りの要ることに手がつかないことは、ASDではもともと珍しくないふるまいですが、これをうつによる意欲の落ち込みだと読み違えると、抗うつ薬の適切でない使い方につながることもあります。外から見て分かりにくい、というのはどちらの向きにも言えることで、手がかりになるのは、以前と比べて何がどう変わったか、暮らしのどこが立ち行かなくなっているかです。
暮らしを細かくたどると、何が見えてくるのか
負担のありかは、「仕事が忙しい」「人間関係がつらい」という粗さでは見つからないことがあります。だから、それが原因かどうかをいったん脇に置いて、次のようなことを具体的に確かめていくなかで、負担のありかを見当づけていきます。
- 最近になって、身のまわりの環境がどう変わったか
- 作業がどこまで片づいていて、どこで滞っているか
- 職場で、周りの人とどう関わっているか
- 家のなかがどういう状況になっているか
そして、治療が長引いている場合には、まだ見つかっていない負担が無いかを検討していきます。
冒頭で触れた経過を、もう少し詳しく紹介します。すでにASDと診断がついていて、支援の枠のなかで事務の仕事に就いていた方です。職場の同僚が何人か異動したことをきっかけに、まず怒りっぽさが強くなり、職場でも自宅でも大きな声を出すようになりました。続いて疲れやすさ、だるさ、食欲の落ち込みが出て、感覚の過敏さも強まりました。腹痛や目の痛みで体の科を受診しましたが、異常は見つかりませんでした。休職して1か月あまり経っても状態は変わらず、SSRIを少ない量で使ったところ、体の症状と過敏さは和らぎました。ところが、復職を考える段になると症状がぶり返すことを繰り返します。復職への不安を尋ねられても、ご本人は具体的な負担を捉えていませんでした。職場でどう過ごしているかを一つずつ細かく確かめていって、年度が替わったときから後輩を教える役目の一部を任されていたこと、他の人と一緒に進める作業が増えていたことが、ようやく浮かび上がってきました。就労を続けるための支援が関わり、上司と話し合ったうえで、教える役目は担当から外れ、一人で完結しやすい作業を軸にする形へ組み直したところ、安心につながり、復職に至っています。
この経過が示していることは、はっきりしています。負担の中身は、暮らしを細かくたどってはじめて形になることがある。そして、その中身が形になって調整が動くまでは、休養も薬も、復職までは届かなかった、ということです。
見えてきた負担は、一人で抱え込まない形で調整していく
負担が見えてきたら、環境の側を調整していくことになります。ここにも、特性ならではの難しさがあります。発達特性のある方は、人に相談すること自体が苦手です。とくにASDでは、困ったときに誰かを頼るという発想が、そもそも浮かびにくいのです。だからこそ、周りから声をかけて、人に相談してみるという構えのほうを育てていくことが、調整の足場になります。相談することが苦手だということ自体を、そのまま診察で話していただいても構いません。
ご本人の工夫だけでしのぎきることには、限りがあります。うつ状態が長引いている場合はとくに、支援の枠を使わずに働いていても、上司や産業医といった立場の人との相談が要ることが多くなります。そのうえで、特性を職場に伝えているかどうかにかかわらず、仕事の中身や量を、その方の力の発揮しやすさと特性に合わせて調整していくことを目指します。
相談する相手は、職場のなかだけとも限りません。暮らしが孤立しているときの出口として論文が挙げているのが、デイケアやリワークのような、同じ困りごとを抱える人どうしが交わる支援の場です。
負担のもとが、暴力や、相手からの強い支配であるときは、話が別です。手が出ていない形の強い支配も同じです。そこで起きていることは、環境を調整して折り合いをつける対象ではなく、身の安全を確保することが先になります。相談先は安全が脅かされているとき ── 関係改善の話が当てはまらない場面にまとめてあります。そうした関係のなかで出てきた症状についてのご相談は、ご自身の受診として当院で承っています。
薬のこと、適応障害とのあいだのこと
環境の側を調整することと、薬を検討することは、どちらかを選ぶ話ではありません。先の経過でも、薬は効いていましたが、復職につながったのは調整によって安心が得られたことのほうでした。そして、うつ病なのか適応障害なのかという診断名がまだ決まっていなくても、負担のありかを見つけ、できるかぎり環境の側を整え、必要に応じてうつ状態への薬物療法を考えていくという流れは、どちらの診断でも大きくは変わりません。診断名が確定するのを待たずに、負担をたどることは始められます。薬の組み立て直しの考え方は抗うつ薬が効かないとき――増量・切り替え・増強のどれを選ぶかに書いてあります(後半は医療者向けの内容にまで踏み込む連載です)。見分けそのものの話は適応障害とうつ病の違い|診断はどこで分かれるのかにあります。
当院での実際
当院は福岡県春日市の精神科・心療内科です。何が負担になっているのか自分でも分からない、というときも、整理を済ませてから来ていただく必要はなく、そのままお越しいただけます。うまく言葉にならないときや、話しにくい事情があるときは、その事情のほうをご相談ください。初診前のWEB問診も、書きにくければ「気になる感じがある」という程度の簡単な記載でも差し支えなく、詳しくは診察のなかで伺います。
うつや不安で受診された方については、必要に応じて、背景に発達特性がないかという視点を持って診察しています。心理検査は当院では行っていません。検査をご希望の場合は、実施している医療機関をご自身でお探しいただくことになりますが、紹介状(診療情報提供書)は必要に応じて作成します。休養がうまくいっていないときには、「休めていますか」ではなく「休もうとすると何が邪魔をしますか」と、休めない理由のほうを伺っています。
自分や他の人を傷つけそうな考えが出ているとき、食事も水分もほとんど取れていないときは、待たないでください。通院中であれば主治医に連絡し、命に関わる切迫した状況ではためらわず救急(119)を利用してください。
まとめ
負担が見つからないことと、負担が無いことは、同じではありません。負担の中身は「仕事が忙しい」という粗さでは見つからないことがあり、暮らしを細かくたどってはじめて形になることがあります。
何が負担になっているのかが分からないまま、良くならない時間だけが過ぎている――その状態のままで、ご相談いただけます。むしろ、それが分からないということ自体が、確かめにいく出発点になります。
そのほか近いところにあるもの ── 治療抵抗性うつ病とは|効かないときに最初に確認すべきこと/ASDのうつ・不安(二次障害)|つらさの背景に発達特性が隠れていることも
参考にした資料(要約・再構成。原文の転載ではありません):
- 精神科治療学 第37巻8号(2022年)の特集より、発達障害が併せて存在するうつ病の特徴・対処と、適応障害との見分けについて論じた一編(太田晴久、851〜856頁)
よくある質問
うつの治療を続けても良くなりません。発達障害があるということでしょうか。
そう決まるものではありません。治療が長引く理由は一つではなく、先に確かめられることは「治療抵抗性うつ病とは|効かないときに最初に確認すべきこと」にまとめてあります。この記事がお渡ししているのは、薬への反応だけを見るのではなく、暮らしのなかで何が負担になっているかをたどり直す、という見直し方です。
落ち込んでいるという自覚があまりありません。それでもうつなのでしょうか。
ありえます。ASDのある方では、気持ちの落ち込みがはっきり言葉にならず、やる気の落ち込みや体の不調のほうが前に出やすくなることがあります。以前と比べて何がどう変わったかを、診察でお聞かせください。