はじめに
治療は続いている。通院も欠かしていない。それなのに、良くなったという手ごたえが、もう長いこと無い。そばで暮らしているこちらは、今日はどう声をかけるのが正解なのかを毎朝考え、間違えたのではないかと夜に思い返す。誰かに話そうにも、何から切り出せばいいのか分からない。そして、この状態がいつまで続くのかは、誰にも聞けていない。
この記事でお伝えしたいことは、つきつめれば二つです。つらいと思うことと、大事に思うことは、同時にある。 そして、そばで暮らしてきた方は、正解を教わらないままでも、その日その日の距離をすでに探ってこられた――同居しているご家族への聞き取りを重ねた論文が描いているのは、その姿です。
下敷きにしたのは、精神科の専門誌が治療の長引くうつ病を主題にした特集号のうち、そばで暮らすご家族への支援について看護の立場から書かれた一編です(以下「論文」と呼びます。書誌は記事の末尾にあります)。
ご本人に、自分や他の人を傷つけそうな考えが出ているとき、食事も水分もほとんど取れていないときは、記事を読むより先に、通院中であれば主治医に連絡し、命に関わる切迫した状況ではためらわず救急(119)を利用してください。ご家族ご自身も同じです。また、暴力や、相手からの強い支配のある関係のなかにいるときは、この記事の話を当てはめず、身の安全の確保を先にしてください(相談先は安全が脅かされているときにまとめてあります)。
つらさと愛情は、同時にある
治療を続けても、良くならない時期が長引き、慢性の経過に入っていく方は少なくありません。そして、繰り返し症状が出る方の多くはご家族と同じ家で暮らしており、日々そのつど対応を迫られるご家族は、不安と悩みをかかえ、ときには消耗しきったまま毎日を送っている――論文は、国内外のこれまでの研究と、日ごろご家族から寄せられる相談の実感を重ねて、そう書いています。この記事が見ていくのは、この、そばで暮らしている人の側です。
論文の筆者らが、同居しているご家族11名から聞き取りを行い、語られた内容を整理したところ、ご家族の心もちは三つのまとまりに分かれました。『家族としてのつらさ』『家族としての愛情』『うつ病に対する前向きな受け入れ』です。
つらさの側に並ぶのは、この先どうなるのかという不安、日々の対応そのもののつらさ、医療者への不信や不満、誰にも相談できないまま一人で抱えていることなど。愛情の側にあるのは、ご本人のつらさが分かることや、ご本人のこの先に望みを持っていること。そして三つめとして、医療者を信じて期待し、うつ病と付き合っていこうとする、前向きな受け入れの姿も語られました。
ご家族は、つらさを数多く抱えながら、それでも病気とどうにかやっていこうとしており、つらいという気持ちと、目の前の現実を引き受けようとする気持ちとの間で、行ったり来たりしている。そして、その揺れの土台には、ご本人に向けた愛情がある――聞き取りからは、そう読み取られています。つらいと思っていることと、大事に思っていることは、どちらかを選ばなければならないものではありません。両方あるまま揺れている状態が、そのまま記述されています。
別の聞き取りでは、同居のご家族3名が、一緒に暮らすうえでの困りごとを語っています。眠れない、死にたいといった訴えに応じるうちに、ご家族自身の日常の動きが狭められていったこと。うつ病という診断をのみこめないまま、受け止めきれずにいたこと。どう支えればよいのか、見当がつかなかったこと。ここでも、うつ病だとは思いたくない気持ちと、治療には進んで加わろうという構えが、同じ人のなかで同時に語られています。
その揺れは、抽象的な話ではありません。同居しているご家族14名への聞き取りで語られた発言をつなぐと、たとえばこんな一日になります。朝の様子から、今日は調子の良くない日だと分かる。これまでの経験に照らして、そういう日はそっとしておく。夕方に愚痴が出てきたら、否定せずにじっくり聞く。そして、自分がもたなくなりそうなときは、その前に、あえて少し距離を取る。大事だから朝の様子を気にかけ、疲れているから距離を取る。その両方が、同じ一日のなかにあります。
ご家族は、すでにその日の距離を探してきた
論文がもう一つはっきり書いているのは、ご家族が、正解を教わらないままでも、すでに自分なりの対応を身につけてきたことです。同じ聞き取りからは、様子を気にかけながら見ていること、気持ちをためこまずに言葉や態度に出すこと、病気に一緒に向き合うこと、病人扱いで身構えず、家族の一人として一緒に過ごすことなどが挙がりました。正解を確かめるすべの無いなかでの、その日その日の判断の積み重ねです。
ご家族は、自分自身の心の健康を保つ工夫もしていました。感情を押し殺さずに言葉や態度に出すこと。自分の気持ちを聞いてくれる相手との行き来を持つこと。家族向けの教育の場や家族会に出て、思いを話すこと。落ち込みや後ろ向きな気持ちに苦しんでいるばかりではなく、ご家族自身が持っている力が発揮されているのではないか、と論文は見ています。
こうした結果を受けて論文は、ご家族は行きつ戻りつしながらちょうどよい距離を探り、ときにはそばに寄り、その日の具合に合わせて動いてきた、とまとめています。ご家族は積み重ねてきた経験から、対応のしかたを自ら学んできており、医療者の側がご家族から学ぶことは多い、とも書いています。
支える側自身も、支援される側である
医療者からご家族への助言として論文が挙げていることのうち、この記事の芯につながるのは、ご家族自身についての項目です。不安や苦しさを一人で抱え込まず、相談すること。感情を外に出すこと。そして、休むこと。支援する側は、それが大事だとご家族に伝え、相談の行き先を紹介する役割を担う、とされています。支える側の疲れは、我慢が足りないことの表れではなく、支援の主題そのものとして扱われています。
話せる場として、論文の後半には、病院の中で行われる家族教室や、保健所などが地域で行う家族教室といった、ご家族向けの心理教育の場が紹介されています。共通しているのは、情報を聞くだけの場にしないことです。家族教室では情報提供のあとにご家族どうしの話し合いの時間が置かれ、入院中の面会の機会を使った個別の説明でも、まずご家族の労をねぎらうところから入るのが大事だとされています。当院では、家族教室・家族会のような、ご家族が集まる場は行っていません。
論文の結びに出てくる、ご家族を治療の「協働者」として支える、という言葉も、主語は支援する専門職の側です。ご家族に治療の責任を引き受けてくださいという求めではなく、ご家族が積み重ねてきた経験から医療者の側が学び、そのご家族を支えていく、という文脈のなかにある言葉です。
当院でのご相談について
ご本人のことについては、当院では、ご家族のみの相談はお受けしていません。ご家族が心配されている当のご本人が受診され、同席に同意されている場合には、ご家族が同席していただけます。それがかなわないときは、お住まいの地域の公的な相談先が受け皿になります(行き先は下のFAQにまとめてあります)。すでに別の医療機関に通院されている場合は、治療中の様子で気になる変化も含めて、その主治医にご相談ください。
ご家族ご自身の不調は、それとは別です。眠れない、食べられない、気持ちが晴れないといった状態が続いているときは、そのままにせず、ご家族ご自身の受診として、当院でご相談いただけます。支えている側だから相談を控えなければならない、ということはありません。
まとめ
治療が続いているのに、良くなったという手ごたえの無いまま時間が過ぎていく。その時期をそばで過ごしてきた方に、この記事から持ち帰っていただきたいのは三つです。
つらいと思うことと、大事に思うことは、同時にあり得ます。どちらかが本心で、どちらかが偽りだ、ということではありません。ご家族は、正解を知らされないままでも、その日その日の距離を、すでに探ってこられました。いまも探している最中だ、というだけのことです。そして、支える側であるご自身の疲れも、相談してよいものです。
- 受診を考える段階での気づきや日ごろの接し方は家族がうつ病かもしれないとき 受診前に気づきたいサインと接し方にあります。
- ご本人がまだ受診に至っていないときの動き方は本人が受診を嫌がるとき、家族はどう動く?にあります。
- 治療が長引いていること自体をどう見直すかは治療抵抗性うつ病とは|効かないときに最初に確認すべきことにあります。
- 暴力や強い支配のある関係のなかにいるときは安全が脅かされているとき ── 関係改善の話が当てはまらない場面をご覧ください。
参考にした資料(要約・再構成。原文の転載ではありません):
- 精神科治療学 第37巻8号(2022年)の特集より、治療抵抗性うつ病の方のご家族への支援について看護の立場から論じた一編(長谷川雅美・木村洋子、897〜901頁)。対象は、うつ病や大うつ病性障害、双極性障害と診断された方のうち、抑うつの症状が繰り返し出ているか、続いたままになっていて、治療が続いている方と、その方と一緒に暮らしているご家族。
よくある質問
治療を続けているのに良くならないのは、家族である私の接し方が悪いからでしょうか。
そうは考えません。下敷きにした論文にも、この記事にも、良くならないことをご家族の関わり方の責任とする記述はありません。
家族だけで相談に行くことはできますか。
当院では、ご家族のみの相談はお受けしていません。ご家族が心配されている当のご本人が受診され、同席に同意されている場合には、ご家族が同席していただけます。ご本人がどうしても受診できない状況の場合や、同席の同意が得られない場合は、お住まいの地域の保健所、市区町村の精神保健相談、精神保健福祉センターなどの公的相談先をご案内しています。なお、ご家族ご自身の不調は、ご自身の受診として当院でご相談いただけます。
論文に出てくる家族教室や家族会は、どこで行われているものですか。
当院では、家族教室・家族会のような、ご家族が集まる場は行っていません。どこで、どんな形で行われているかは地域によって違います。お住まいの地域にあるかどうかは、保健所や市区町村の精神保健相談、精神保健福祉センターにお問い合わせください。
支える側である自分のほうが疲れ切っています。
ご家族が疲れ切ることは、力不足でも冷たさでもありません。眠れない、食べられないといった状態が続くときは、ご家族ご自身の受診として、当院でご相談いただけます。
暴力や強い支配のある関係のなかにいます。この記事は当てはまりますか。
当てはめないでください。手が出ていなくても、相手を思いどおりに動かすために力が使われている関係も同じです。身の安全を確保することが先です。相談先は「安全が脅かされているとき ── 関係改善の話が当てはまらない場面」にまとめてあります。