はじめに
「あの人は自信満々に見えるのに、少し意見しただけで烈火のごとく怒る」「家族や部下を思いどおりに動かそうとして、周りがどんどん疲れていく」「悪いのはいつも他人で、本人は決して謝らない」――。
家庭や職場でこうした人との関係に悩み、「これはモラハラなのだろうか」「何かの病気なのだろうか」と検索してこのページにたどり着いた方もいらっしゃるかもしれません。
こうした振る舞いの背景に、「自己愛性パーソナリティ障害」と呼ばれる状態が関わっていることがあります。この記事では、その特徴を「尊大な態度の裏に何があるのか」という視点から解説し、ただの自信家との違い、そばにいる人が疲れてしまう理由、周囲にできることを紹介します。
先にお伝えしたいのは、この記事は誰かを「病気だ」と決めつけたり、悪者にしたりするためのものではないということです。診断は医師が行うものですし、後で述べるように、尊大に見える本人も、内面では深い苦しさを抱えていることが少なくありません。
自己愛性パーソナリティ障害とは
自己愛性パーソナリティ障害は、比較的新しい概念で、境界性パーソナリティ障害と並んで、現代のパーソナリティ障害を代表する状態の一つとされています。
特徴として挙げられるのは、大きく次の3つです。
- 誇大的な自己像:自分は特別な存在で、才能があり、大きな成功にふさわしいという思い込み
- 賞賛されたい強い欲求:周囲から認められ、特別扱いされることを常に求める
- 共感性の乏しさ:他人の気持ちや欲求に気づこうとせず、思いやりを向けにくい
たとえば、限りない成功や権力をめぐる空想に浸る、有名人との親しさをほのめかして自分の偉大さを示そうとする、身近な人を愛情の対象というより「自分の都合に合わせて使う存在」のように扱う、といった形で現れることがあります。
そして、周囲の関心が自分から離れたと感じたときや、批判・拒否を受けたときには、激しい怒りで反応します。これは「自己愛的怒り」と呼ばれるほどの強さで、ときには怒りを通り越して、深い抑うつに沈んでしまうこともあります。
「自信家」との違い――尊大さの裏にある弱さ
ここが、この状態を理解するうえでいちばん大切なポイントです。
自分に自信を持つこと自体は、健康なことです。誰でも、大切な人に認められれば誇らしく、認められなければ傷つきます。健康な自信を持つ人は、批判を受けても自分の価値が根こそぎ崩れることはなく、他人の気持ちにも心を配ることができます。
一方、自己愛性パーソナリティ障害では、堂々とした尊大な態度の裏側に、まったく別の自己像が隠れているとされています。「自分には人間として大事な何かが欠けているのではないか」「本当はダメな人間だと思われているのではないか」という感覚、そして恵まれて見える人への激しい羨望です。
つまり、内面には恥の感覚と、傷つきやすい自尊心が潜んでいて、それが露呈することを恐れるあまり、強気で攻撃的な姿勢をとってしまう――そう理解されています。実際、専門家のあいだでは、自己愛性パーソナリティ障害は「恥の心理」が中心にある状態だと言われるほどです。
興味深いのは、尊大な自己とダメな自己が、本人のなかで同時に自覚されることはない、とされている点です。周囲からは「あんなに傲慢なのに、傷ついているなんて信じられない」と見えますが、本人の心のなかでは、この2つの自己像が切り離されたまま揺れ動いているのです。
また、目立って尊大なタイプだけでなく、一見控えめで、周囲の評価を過剰に気にする「過敏なタイプ」があることも知られています。どちらのタイプでも、内面に共通しているのは、不足感や恥、劣等感への恐れだとされています。
周囲が疲れてしまう理由
家族や職場の同僚など、そばにいる人が消耗してしまうのには、はっきりした理由があります。
「持ち上げ」と「こき下ろし」が極端に揺れる
自己愛性パーソナリティ障害の人がよく用いる心のパターンに、「理想化」と「価値下げ」があります。相手を「最高の人だ」と持ち上げたかと思えば、少しでも期待に沿わないと「二流だ」「使えない」とこき下ろす。この極端な揺れに付き合わされる側は、常に評価のジャッジにさらされているようで、心が休まりません。
相手を「自分を支える道具」のように扱ってしまう
もう一つの特徴は、身近な人を、独立した一人の人間としてではなく、自分の自尊心を支えるための存在として扱ってしまうことです。あなたを深く必要としているように見えるのに、あなた自身の気持ちや事情には関心が向かない――「必要とされているのに、大切にはされていない」という混乱したメッセージを受け取り続けることが、周囲の疲れの核心にあります。
謝らない・感謝しない
謝罪は自分の欠点を認めることに、感謝は自分が誰かを必要としていたと認めることにつながります。傷つきやすい自尊心を守るため、本人はこれらを避けがちです。その結果、周囲は「どれだけ尽くしても報われない」という徒労感を積み重ねることになります。
周囲の人のほうが先に不調になる
こうした関係が長く続くと、本人よりも先に、そばにいる家族や部下のほうが、うつ状態や不眠などの不調をきたすことがあります。実際、支配的な人物のもとで、家族や同じ部署のメンバーが次々と精神的な不調に陥っていた、という臨床報告もあります。
もしあなた自身が眠れない、気分が沈む、食欲がないといった状態になっているなら、それは「あなたが弱いから」ではなく、消耗する関係のなかに長くいたことによる、心のサインかもしれません。
決めつける前に知っておきたいこと
ここまで読んで「あの人はまさにこれだ」と感じた方も多いと思います。ただ、いくつか注意していただきたいことがあります。
誰にでも自己愛的な反応はあります。 自尊心が強く傷つく状況――転職、降格、病気、環境の激変など――では、どんな人でも一時的に尊大に振る舞ったり、人を見下すような態度をとったりすることがあります。一時的な反応と、若いころから長年続く固定したパターンとは、区別して考える必要があります。
似て見える別の状態もあります。 抑うつ的な状態や、強迫的な完璧主義、その他のパーソナリティの偏りが、表面上は自己愛的に見えることもあります。専門家でも慎重な見極めが必要とされる領域であり、身近な人が「診断」することはできません。
本人も苦しんでいることが多い。 尊大な態度の裏で、本人は空虚感や「ばれたらおしまいだ」という恐れを抱え続けています。中高年にさしかかり、体力や社会的立場に陰りが見えたとき、抑うつや不安、体の不調として一気に表面化することもあります。「困った人」に見える人が、実は「苦しんでいる人」でもある――この視点は、対応を考えるうえでも役に立ちます。
治療はできるのか
自己愛性パーソナリティ障害の治療は、率直に言って簡単ではありません。本人が「自分に問題がある」と認めること自体が、恥の感覚を強く刺激するからです。治療には時間がかかり、専門家のあいだでも「忍耐が必要」と繰り返し言われてきました。
それでも、治療の道はあります。治療の方向性として重視されているのは、否認されている「自信のない弱々しい自己」に、本人が少しずつ向き合えるよう支えていくことです。時間をかけた対話のなかで、尊大な自分とダメな自分が折り合いをつけ、身の丈に合った「あるがままの自分」を受け入れられるようになると、人格は安定に向かうとされています。上手に人に頼れるようになり、平凡であってもよいと思えるようになることが、回復の一つの姿です。
また現実には、「性格を治したい」という形ではなく、うつ状態・不眠・強い不安といった併存する不調をきっかけに受診し、そこから治療が始まるケースが少なくありません。入り口はどこからでもかまわないのです。
なお、激しい落ち込みとともに死にたい気持ちが差し迫っている場合は、この記事を読み進めるよりも先に、救急(119)に連絡するか、通院中であれば主治医に相談してください。
家族・職場の人にできること
- 正面から論破しようとしない。 尊大な発言を理詰めで打ち負かそうとすると、恥の感覚を刺激して怒りを激化させやすく、関係がこじれます。距離を取りながら、事実と要件を淡々と伝えるほうが安全です。
- 自分を責めない。 「自分の接し方が悪いのでは」と抱え込む方が多いのですが、上で見たように、この関係の消耗には構造的な理由があります。
- 自分の生活と心を守る。 物理的・心理的に距離を取れる時間を確保し、信頼できる人に状況を話せる場を持ってください。
- 自分自身の不調は、それ自体を治療の対象に。 不眠や抑うつが続いているなら、ご本人の問題とは切り離して、あなた自身が受診することを考えてください。
ご本人が受診を嫌がる場合の考え方や声のかけ方については、家族が受診をためらっているときにできることも参考になさってください。
当院での実際
当院では、ご家族のみの相談はお受けしていません。ご本人が受診に同意されたうえで、ご家族が診察に同席していただくことは可能です。ご本人がどうしても受診できない場合は、お住まいの地域の公的な相談先、または受診を予定している医療機関へ問い合わせる形をご案内しています。
一方、身近な人との関係で消耗し、不眠・抑うつなどの不調が出ているご家族・職場の方ご自身の受診は、通常の診療としてお受けしています。予約はWEB(デジスマ)からお取りいただけます。初診の前にWEB問診があり、初診の所要時間は問診を含めて30分程度が目安です。通院は2週間に一度を基本に、経過を見ながら進めていきます。
初めての受診で何を聞かれるか不安な方は、初診で医師は何を聞くのかをご覧ください。
まとめ
自己愛性パーソナリティ障害は、誇大的な自己像・賞賛への強い欲求・共感性の乏しさを特徴とする状態ですが、その中心には、恥の感覚と傷つきやすい自尊心という「内面の弱さ」が隠れています。ただの自信家との違いは、批判へのもろさと、生活や人間関係に長く続く支障です。
そばにいる人が疲れてしまうのは、極端な持ち上げとこき下ろし、道具のように扱われる感覚、報われない徒労感という、はっきりした構造があるからです。あなたが弱いからではありません。
同じ「パーソナリティ障害」の仲間でも、見捨てられ不安を中心とする境界性パーソナリティ障害(BPD)とは、中心にある心の動きが異なります。決めつけずに理解を深めながら、まずはあなた自身の心と生活を守ることから始めてください。つらさが続いているなら、ひとりで抱え込まず、どうぞご相談ください。
参考にした書籍(要約・再構成。原文の転載ではありません):
- パーソナリティ障害とは何か(牛島定信)
- パーソナリティ障害の診断と治療(ナンシー・マックウィリアムズ)
よくある質問
自己愛性パーソナリティ障害と、ただの「自信家」はどう違うのですか。
健康な自信は、批判を受けても大きくは揺らがず、他人の気持ちにも配慮できます。自己愛性パーソナリティ障害では、尊大に見える態度の裏に「自分はダメな人間だと思われているのではないか」という強い不安や恥の感覚が隠れており、わずかな批判にも激しい怒りや落ち込みで反応します。周囲との関係や本人の生活に長く支障が出ているかどうかが大きな違いです。
尊大な態度をとる人は、みんな自己愛性パーソナリティ障害なのでしょうか。
いいえ。誰でも自尊心が傷つく状況では、一時的に尊大に振る舞ったり人を見下すような態度をとったりすることがあります。環境の変化やストレスへの一時的な反応と、長年続く固定したパターンとは区別が必要です。診断は医師が、経過や生活への影響を含めて総合的に判断します。
本人に「病院に行ってほしい」と伝えても怒られそうで言えません。家族だけで相談できますか。
当院ではご家族のみの相談はお受けしていません。ご本人が受診に同意されたうえでの同席は可能です。ご本人がどうしても受診できない場合は、お住まいの地域の公的な相談先や、受診を予定している医療機関に問い合わせる形をご検討ください。
自己愛性パーソナリティ障害は治療できるのですか。
簡単ではありませんが、治療の対象になる状態です。時間はかかるものの、専門家との継続的な対話のなかで、傷つきやすい自尊心との付き合い方が少しずつ変わっていくことが知られています。また、うつ状態や不眠など、併せて生じている不調から治療を始められる場合も多くあります。
そばにいる自分のほうが眠れなくなり、気分も沈んでいます。自分が受診してもよいのでしょうか。
はい。身近な人との関係で消耗し、不眠や抑うつなどの不調が出ている場合、それはご自身の治療やケアが必要なサインです。ご本人の受診とは別に、あなた自身の不調としてご相談いただけます。