福岡県春日市須玖北4丁目34 2階
休診日: 水曜・木曜・日曜・祝日

はじめに

同じ質問を、今日だけで何十回も聞かれる。目を離したすきに外へ出ようとする。「財布を盗っただろう」と、毎日あなたが責められる。夜中に起こされて、朝までまとまって眠れた日を思い出せない――。

認知症の家族を介護していると、こうした場面が毎日のように繰り返されます。そして多くの介護者が、「イライラして声を荒らげてしまった」「そんな自分が情けない」という罪悪感との間を往復しています。

この記事は、認知症のご本人の治療についての解説ではありません。読んでほしいのは、介護をしているあなた自身です。なぜ認知症の介護はこれほど消耗するのか、イライラや罪悪感はどこから来るのか、そして、あなた自身の心が限界に近づいているサインをどう見分けるか。福岡県春日市の精神科・心療内科の視点からお伝えします。

なぜ認知症の介護はこれほど消耗するのか

介護一般の大変さに加えて、認知症の介護には特有の消耗があります。

「通じた」という手応えが得られにくい

説明しても数分後には忘れられている。約束は残らない。介護の努力が本人の記憶に積み上がらないため、「報われた」という感覚が得られにくく、徒労感がたまりやすい構造があります。

行動・心理症状(BPSD)に直面し続ける

認知症では、記憶の症状だけでなく、不安、興奮、妄想、幻視、大声、外に出て行こうとする行動など、周辺の症状(BPSDと呼ばれます)が現れることがあります。介護者を最も疲れさせるのは、実は物忘れそのものより、こうした行動・心理症状だと言われています。特に、疑いや怒りが介護者本人に向かうとき――「盗った」「意地悪をされた」と、一番世話をしている人が責められるとき――の心の消耗は、経験した人にしか分からない深さがあります。

夜が休息にならない

夜間の徘徊、昼夜逆転、夜中の大声などがあると、介護者の睡眠は毎晩分断されます。睡眠が削られ続けると、日中のイライラや落ち込みは確実に強まります。介護者の心の不調は、多くの場合、睡眠の崩れから始まります。

関係の喪失を毎日体験する

かつて頼っていた親、支え合ってきた配偶者が、少しずつ変わっていく。それを一番近くで見続けることは、それ自体が長い喪失の体験です。

イライラと罪悪感の正体――あなたの人格の問題ではありません

「優しくしたいのに、できない」。認知症介護の相談で、最も多く聞かれる言葉のひとつです。

まず知っておいてほしいのは、同じ訴えの繰り返しに長時間さらされれば、誰でもイライラするということです。イライラは、あなたの愛情が足りない証拠でも、人格の欠陥でもありません。睡眠不足と緊張が続く状況に置かれた人間の、自然な反応です。

そして罪悪感には、少し注意が必要です。「きつく言ってしまった」→「自分はひどい家族だ」→「償うためにもっと頑張らないと」→ さらに疲れて、またイライラする――この循環に入ると、罪悪感が介護の手を抜けなくさせ、疲労を加速させていきます。

罪悪感が強い人ほど、まじめに介護に向き合ってきた人です。だからこそ、「イライラした自分を責める」のではなく、「イライラが出るほど消耗している」という事実のほうに目を向けてください。対処すべきは、あなたの性格ではなく、消耗のほうです。

症状の見方を変えると、少しだけ心が守られる

認知症の行動・心理症状は、本人が「わざと」やっているものではありません。このことを頭で理解しておくと、感情がぶつかる回数を少しだけ減らせることがあります。

同じ質問の繰り返しは、あなたを困らせるためではなく、聞いたことが記憶に残らないため、本人にとっては毎回「初めての質問」です。加えて、先の見通しが持てない不安から、確認せずにいられないという面もあると考えられています。

もの盗られ妄想は、しまった場所の記憶が失われる一方で、「大事なものがない」という事実だけが残るために、本人なりに状況を説明しようとして「誰かが盗った」という理解にたどり着いてしまうもの、と考えられています。ここで事実を挙げて論破しようとすると、本人には「信じてもらえなかった」という体験だけが残り、不安と怒りがかえって強まることがあります。訂正するより、いったん困りごととして受け止めて一緒に探すほうが、結果的に穏やかに収まりやすいとされています。

急な興奮や混乱の背景には、痛み、便秘、感染、脱水、薬の変更、暑さ寒さ、騒音など、体や環境の要因が隠れていることがあります。「性格がきつくなった」のではなく、本人も言葉にできない不調のサインかもしれない――そう考えると、対応の糸口が見つかることがあります。なお、数時間〜数日で急に始まり一日の中で大きく変動する混乱は、認知症の進行ではなく「せん妄」という別の状態の場合があります。詳しくはせん妄と認知症の違いの記事をご覧ください。また、そもそも年相応の物忘れとの違いが気になる段階の方は、物忘れと認知症の違いの記事が参考になります。

ただし、はっきりお伝えしたいことがあります。見方を変えれば介護がつらくなくなる、という話ではありません。症状の理解は感情の衝突を減らす助けにはなりますが、消耗そのものをなくすことはできません。理解と工夫でしのぐことと、あなた自身の休息・治療は、別の問題です。

あなた自身の限界サイン――ここからは「疲れ」ではありません

次のような変化が出てきたら、それは「介護疲れ」の範囲を超えて、あなた自身に治療が必要な不調が始まっているサインかもしれません。

  • 疲れているのに寝つけない。夜中に目が覚めて、介護のことを考え続ける
  • 食欲がない。食事の味がしない。体重が減ってきた
  • 理由がはっきりしないのに涙が出る
  • 以前は気晴らしになっていたことに、気持ちが動かなくなった
  • 介護のない時間があっても、疲れが回復しなくなった
  • イライラが一日中続き、本人以外の家族にも当たってしまう
  • 「消えてしまいたい」「本人と一緒に楽になりたい」という考えが浮かぶ

特に最後のサインが現れているときは、できるだけ早く受診してください。すでに通院中の方は、次の予約を待たずに主治医に相談してください。命に関わる差し迫った状況では、ためらわず救急(119)を利用してください。

こうしたサインの見分け方や、ケアマネジャー・地域包括支援センターへの相談、レスパイト(介護者が休むためのサービス利用)など介護の負担そのものを減らす仕組みについては、介護する人のうつの記事で詳しく解説しています。あわせてお読みください。

また、介護されているご本人ではなく、高齢のご家族自身の元気のなさ・落ち込みが気になる場合は、高齢者のうつ病の記事も参考になります。

当院での実際

当院は福岡県春日市の精神科・心療内科です。認知症介護に関わるご相談について、当院でできること・できないことを正直にお伝えします。

  • 認知症のご本人の診療は、当院では積極的にはお受けしていません。もの忘れや行動・心理症状そのものの診断・治療は、かかりつけ医やもの忘れの専門外来にご相談ください。一方、老年期のうつ病は当院で診ています。
  • 介護をしているあなた自身の不眠・落ち込み・不安は、当院で相談できる不調です。ご本人の診療とは別に、あなた自身の診察としてお越しください。
  • ご家族のみでのご相談(ご本人を診察せずに対応方法を助言することなど)はお受けしていません。ご本人が受診に同意されたうえでの同席は可能です。ご本人が受診できない場合は、地域包括支援センターなどの公的相談先や、受診を予定している医療機関へお問い合わせください。
  • 予約はWEB予約で承っています。初診の所要時間の目安は問診を含めて30分程度、通院は基本的に2週間に一度のペースです。介護のスケジュールと両立しやすい通い方も、診察のなかでご相談ください。

まとめ――介護を続けるために、あなたの心を後回しにしない

認知症の介護で生じるイライラは、あなたの人格の問題ではなく、消耗のサインです。罪悪感で自分を責めてさらに頑張るのではなく、「それだけ削られている」という事実に目を向けてください。

症状の背景を知ることは、感情の衝突を減らす助けになります。それでも、眠れない・食べられない・涙が出る・消えてしまいたい――そうしたサインが出てきたら、それは介護の工夫で乗り切る段階ではなく、あなた自身の治療が必要な段階です。

介護される方のケアの体制は、ケアマネジャーや地域包括支援センターと。あなた自身の心の不調は、精神科・心療内科と。この2つは並行して進められます。「まだ受診するほどではないかもしれない」と迷う段階のご相談で構いません。あなたが回復することが、介護を続けるための土台になります。


参考にした書籍(要約・再構成。原文の転載ではありません):

  • 認知症トータルケア(日本医師会生涯教育シリーズ)
  • 日常診療に必要な 認知症症候学(池田学 編著)

よくある質問

介護中、本人にきつく当たってしまい、あとで自己嫌悪に陥ります。私は介護に向いていないのでしょうか?

向き不向きの問題ではありません。同じ訴えが何度も繰り返される状況に長時間さらされれば、誰でもイライラは生じます。イライラすること自体はごく自然な反応で、あなたの人格や愛情の問題ではありません。ただし、イライラが一日中続く、涙が止まらない、眠れないといった状態が重なってきたら、それは疲労があなた自身の心の不調に進みかけているサインかもしれません。そうなる前に、介護サービスの調整とご自身の休息を検討してください。

「財布を盗っただろう」と毎日責められます。事実ではないと説明しても聞いてくれません。どうすればよいですか?

もの盗られ妄想は、記憶の障害を背景に、本人なりに状況を説明しようとする中で生じると考えられています。事実を挙げて論破しようとすると、本人には「信じてもらえなかった」という体験だけが残り、不安や怒りがかえって強まることがあります。真正面から訂正するより、いったん本人の困りごととして受け止め、一緒に探すなどの対応が現実的とされています。とはいえ、毎日責められ続ければ介護する側は深く消耗します。対応の工夫と同じくらい、あなた自身が距離を取れる時間の確保が大切です。

介護している私自身が眠れなくなってきました。本人の主治医とは別に、私が精神科を受診してもよいのでしょうか?

もちろんです。介護する方ご自身の不眠や気分の落ち込みは、それ自体が治療の対象になる不調です。ご本人の診療とは別に、あなた自身の診察としてご相談いただけます。当院でも、介護を担っておられる方ご自身のこころの不調のご相談をお受けしています。

認知症の本人の物忘れや妄想について、家族の私だけで相談に行くことはできますか?

当院では、ご本人を抜きにしたご家族のみの相談はお受けしていません(診察はご本人に対して行うものであるためです)。ご本人が受診に同意されたうえでの同席は可能です。ご本人の認知症そのものの診療については、当院は積極的にはお受けしておらず、かかりつけ医やもの忘れの専門外来が相談先になります。ご本人が受診できない場合は、地域包括支援センターなどの公的相談先や、受診を予定している医療機関に直接お問い合わせください。

急に混乱がひどくなり、夜中に人が見えると言い出しました。認知症が一気に進んだのでしょうか?

数時間から数日の単位で急に始まり、一日の中でも状態が大きく揺れる混乱や幻視は、認知症の進行ではなく「せん妄」と呼ばれる別の状態のことがあります。感染症や脱水、薬の変更などが引き金になっている場合があり、身体の評価が必要です。急な変化のときは、まずご本人のかかりつけ医に相談してください。

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執筆・監修

精神保健指定医 野口晋宏

春日メンタルクリニック院長。精神科・心療内科の診療経験をもとに、受診前の不安や制度の疑問を整理しやすい情報提供を心がけています。

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