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はじめに——「入院したら、急に別人になってしまった」

手術や肺炎で入院した高齢のお父さま、お母さまに面会に行ったら、様子がまるで違う。日付も場所もあやふやで、点滴を抜こうとし、夜になると「家に帰る」と怒り出す——。「一晩でボケてしまったのでは」「心が壊れてしまったのでは」と、いちばん動揺するのはご家族です。

けれども、その多くは認知症でも「心が弱かったから」でもありません。せん妄(せんもう)と呼ばれる、体の不調やお薬をきっかけに起こる一時的な意識の混乱であることが少なくないのです。せん妄の専門書では、この状態を「強い寝ぼけのようなもの」と説明することがあります。今回は、せん妄とは何か、認知症とどう違うのか、そしてご家族にできることを整理してみます。

せん妄とは——まず「体からのサイン」と考える

せん妄は、脳そのものの病気というより、体の側の異変が脳の働きを一時的に乱している状態と考えられています。専門書では、せん妄の背景を三つの要素に分けて説明します。

  • もともとの土台(準備因子):高齢であること、もともとの認知症や脳卒中の既往など。特に70歳以上ではリスクが高いとされます。
  • 直接の引き金(直接因子):感染症、脱水、電解質の異常、肝臓や腎臓の不調、そして一部のお薬など。
  • 悪化させる環境(誘発因子):慣れない病室、夜間の照明や機械音、眼鏡や補聴器がなく見えない・聞こえない状態、痛みや便秘、点滴やベッド上安静で動けないことなど。

つまり、せん妄が起きたということは「脳が音を上げるほど、体に負担がかかっている」というサインでもあります。臨床の現場では「せん妄を見たら、まず体の原因を探す」が合言葉です。治療の中心はお薬で混乱を抑え込むことではなく、脱水を補い、感染を治療し、原因になりうるお薬を見直すこと。そのうえで、必要に応じて症状を和らげるお薬が慎重に使われます。

認知症との違い——「急に始まり、一日の中で波がある」

「認知症になってしまったのでは」というご心配に対して、見分けの目安としてよく挙げられるのが次の点です。

  • 始まり方:せん妄は数時間〜数日で急に始まります。認知症は数か月〜数年かけてゆっくり進みます。「先週まで普通に電話で話せていたのに」という急な変化は、せん妄を疑うサインです。
  • 一日の中の変動:せん妄は日内変動が特徴で、日中は比較的落ち着いているのに、夕方から夜にかけて悪化しやすいとされます。認知症では、意識そのものは一日を通じて保たれています。
  • 意識と注意:せん妄では意識がぼんやりし、話しかけても注意が続きません。昼夜逆転もよく起こります。
  • 回復のしかた:せん妄は原因が改善すれば回復しうる状態です。認知症の中核的な症状は、残念ながら元に戻ることは一般に期待できません。

だからこそ、「いつから」「どのくらい急に」変わったかを知っているご家族の情報は、医療者にとって貴重な手がかりです。入院前の生活ぶり——買い物や電話、お金の管理がどこまでできていたか——を看護師さんや主治医に伝えることが、診断の助けになります。

なお、せん妄には興奮して点滴を抜くようなタイプだけでなく、静かにぼんやりして元気がなくなるタイプ(低活動型)もあります。「おとなしくなったから大丈夫」とは限らず、うつ状態と間違われることもあるため、様子の変化に気づいたら医療スタッフに伝えてみてください。

ご家族にできること——特別な技術より「なじみと安心」

せん妄の予防と回復には環境の力が大きいとされ、ご家族だからこそできる工夫がたくさんあります。

  • 時計とカレンダーを見えやすい場所に。面会のたびに「今日は7月13日だね」と一緒に確認し、終わった日に×印をつけるのも良い工夫とされています。
  • ふだんの眼鏡・補聴器を持参し、正しく着けてもらう。見えない・聞こえない状態は、それ自体が混乱を強めます。
  • 見慣れた物を置く。家族の写真、使い慣れた時計や枕など、なじみの品は安心感につながるとされています。
  • 穏やかな声かけ。つじつまの合わない話も頭ごなしに否定せず、最後まで聴いてから「ここは病院だよ、そばにいるよ」と安心できる言葉をかける。間違いを正すことより、安心してもらうことが優先です。
  • 日中は明るく、面会や付き添いで刺激を。昼にしっかり目覚めて夜眠るリズムづくりが、回復の土台になります。

そして何より、「本人がわざとやっているのではない」「心が弱いせいではない」と知っておくこと。せん妄の間の言動をご本人はほとんど覚えていないことも多く、責めないであげてください。ご家族の側も、変わり果てた姿にショックを受け、「治療に耐えられなかったのでは」と自分を責めてしまうことがありますが、せん妄は誰にでも起こりうる体の反応です。

回復後の見通しについても触れておきます。体の原因の治療が進み、夜眠れて昼起きているリズムが戻ってくると、せん妄の症状は次第に薄れていくことが多いとされます。ただし高齢の方では、退院後もしばらくぼんやりした状態やもの忘れが続くことがあり、焦らず生活のリズムを整えながら経過を見ていく姿勢が大切です。

相談の目安——入院中は病棟へ、退院後は外来へ

入院中の混乱については、まず入院先の看護師さん・主治医に伝えるのがいちばんの近道です。夜間の様子の急変や、けがにつながりそうな行動があれば、遠慮なくナースコールや病棟スタッフに知らせてください。万一、退院後のご自宅で意識がもうろうとする、呼びかけへの反応が明らかにおかしいなど緊急性が疑われるときは、119番や入院していた病院への連絡をためらわないでください。

一方、退院して体調が戻ったあとも、もの忘れや混乱、昼夜逆転、元気のなさが続く場合は、せん妄の名残なのか、背景に認知症が隠れていたのかを評価する意味があります。当院は外来の精神科・心療内科です。退院後のもの忘れやご様子の変化については、ご本人が受診される形でのご相談になります(ご本人が受診され、同席に同意されている場合には、ご家族が同席していただけます)。付き添うご家族ご自身の疲れや不眠については、ご家族ご自身の受診としてご相談いただけます。

まとめ

  • せん妄は「急に始まり、夜に悪化し、一日の中で波がある」一時的な意識の混乱で、多くは回復しうる状態です。
  • 原因は体の側にあることが多く、「まず体の病気のサイン」として原因の治療が最優先されます。
  • ゆっくり進み意識が保たれる認知症とは別物ですが、見分けには「いつから変わったか」というご家族の情報が役立ちます。
  • 時計・カレンダー、眼鏡・補聴器、見慣れた物、穏やかな声かけ——ご家族の「なじみと安心」が回復を支えます。
  • 入院中のことは入院先の医療スタッフへ。退院後に続く混乱やもの忘れの心配は、外来でご相談ください。

参考にした書籍(要約・再構成。原文の転載ではありません):

  • 『せん妄診療 はじめの一歩』
  • 『せん妄診療実践マニュアル』

執筆・監修:精神保健指定医 野口晋宏

よくある質問

せん妄は治りますか?

せん妄は、体の病気やお薬など「きっかけ」が改善すれば回復しうる状態とされています。一般に、原因への治療が進み、睡眠のリズムが整うにつれて落ち着いていくことが多いといわれます。回復のペースには個人差があり、高齢の方では時間がかかることもあるため、経過は入院先の主治医にご確認ください。

せん妄と認知症はどう見分けるのですか?

大きな目安は「発症の速さ」と「一日の中の変動」です。せん妄は数時間〜数日で急に始まり、夕方から夜に悪化しやすいのに対し、認知症は数か月〜数年かけてゆっくり進み、意識ははっきりしています。「いつから、どのくらい急に変わったか」を知っている家族の情報が、医療者にとって重要な手がかりになります。最終的な判断は医師が行います。

つじつまの合わないことを言うとき、間違いを正したほうがいいですか?

真っ向から否定して正そうとすると、ご本人を傷つけたり混乱を強めたりすることがあるとされています。話を最後まで聴き、否定も強い肯定もせず、「ここは病院で、私がそばにいるから大丈夫」といった安心につながる声かけが勧められています。

退院後も混乱やもの忘れが続く場合はどうすればいいですか?

退院してしばらく経っても、もの忘れや混乱、昼夜逆転、元気のなさが続く場合は、せん妄の残りの症状なのか、背景に認知症などがあるのかを評価する必要があります。まずは入院していた病院やかかりつけ医にご相談ください。当院のような外来の精神科・心療内科でも、退院後のもの忘れや混乱のご心配についてご相談いただけます。

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執筆・監修

精神保健指定医 野口晋宏

春日メンタルクリニック院長。精神科・心療内科の診療経験をもとに、受診前の不安や制度の疑問を整理しやすい情報提供を心がけています。

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