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連載「大人の発達障害と暮らし・お金」第1回(全13回)

友人と楽しみにしていたライブの日。当日になって身支度に思いのほか時間がかかり、慌てて家を飛び出したものの、焦って電車を乗り間違え、待ち合わせ場所でも迷ってしまう。結局、先に着いていた友人を長く待たせ、開演にも間に合わなかった。「あんなに楽しみにしていたのに、なんでいつもこうなんだろう」と落ち込む——。

あるいは仕事で、「余裕を持って家を出たつもり」なのに毎朝ぎりぎり。出がけに「そういえばあの書類……」と探し物を始めてしまい、気付くといつもの電車に間に合わない。上司からは「またか」という目で見られる——。

こうした「遅刻」の悩みは、大人の発達障害——注意欠如多動症(ADHD)や自閉スペクトラム症(ASD)の特性がある方の相談で、とてもよく出てくるテーマです。この記事では、なぜ遅刻が繰り返されるのか、昔から知られている工夫と2026年のいまならではのやり方、受診を考える目安について解説します。

なぜ遅刻してしまうのか——時間の逆算と段取りの問題

遅刻は誰にでもあります。ただ、発達障害の特性がある方の遅刻には、「気を付ける」という意思だけでは変えにくい背景があると考えられています。

大事なところに注意を振り分けるのが苦手。 発達障害の困りごとというと「落ち着きがない」「集中できない」が挙げられがちですが、日常生活で問題になるのはむしろ「大事なところにうまく注意を配分できない」ことです。たとえばASDの特性がある方は、楽しみな予定そのものに気持ちが向かいすぎて、当日の持ち物・ルート・出発時刻といった現実的な段取りに頭が回らないことがあります。「楽しみにしていたのに遅刻」ではなく、「楽しみにしていたからこそ遅刻」が起こるのです。

支度の途中で注意がそれる。 ADHDの特性がある方では、身支度の途中で「やっぱりかばんはこっちにしよう」と思い付いたことを始めてしまい、時間が消えていくパターンがよく見られます。思い付きに手が出た瞬間、「いまどちらを優先すべきか」を比較して判断するプロセスが抜け落ちてしまうためです。

所要時間の見積もりが「最速記録」になっている。 「家から駅まで10分くらい」という見積もりは、実は「いちばんスムーズにいったときの時間」に基づいていることが少なくありません。実際の外出には、忘れ物の確認、信号待ち、乗り換えやトイレの待ち時間といった細かいロスが必ず含まれ、1つひとつは些末でも積み重なると5〜10分になります。時間の感覚と現実の時間の流れがずれたまま、出発時刻から逆算して段取りを組むこと自体が苦手——これが遅刻の中心にある問題です。

つまり遅刻は、だらしなさや誠意の問題というより、時間の逆算と注意の配分という情報処理のスタイルの問題です。だからこそ、「次こそ気を付ける」という精神論ではなく、仕組みと道具で補うのが基本方針になります。

昔からの知恵——逆算を自分でやらず、機械に任せる

発達障害の生活術の本で以前から勧められてきた工夫は、「苦手な逆算を自分の頭でやらない」という一点に集約できます。

その1: 移動時間込みで予定を登録する。 「15時にコンサート」とだけカレンダーに書くのではなく、乗換案内アプリでルートを検索し、「13時33分の電車に乗る」という移動そのものを予定として登録します。多くの乗換案内アプリには検索結果をそのままカレンダーに保存する機能があり、遅延の通知まで受け取れます。何時に出ればよいかの逆算を、道具が全部やってくれるわけです。

その2: 出発の20〜30分前にアラートを設定する。 出発時刻ちょうどのアラームでは、鳴った瞬間に慌てるだけです。20〜30分前に「そろそろ出かける準備」のアラートを入れておくと、忘れ物の確認やトイレなど、出発前の最終準備の時間が確保できます。逆にいえば、アラートが鳴るまでに着替えなどの最低限の支度を済ませておけば、それまでの時間は家事など他の用事に安心して使えます。

その3: 「もう少しできるかも」に名前を付けて断ち切る。 出がけに別のことをしたくなったら、「いや、友達と待ち合わせているから」と優先事項を言葉にして意識する——地味ですが、これを繰り返すことで少しずつ時間が守れるようになる、と当事者の知恵として伝えられてきました。あわせて、自分の1日の行動ログを1週間ほど取ってみると、思っている以上に日常の動作に時間がかかっていることが可視化され、見積もりの修正に役立ちます。

2026年のやり方——スマホに「出発係」をさせる

上の原理は、いまのスマホ環境ならほぼ自動化できます。

  • マップ・乗換案内アプリの「出発時刻の通知」を使う。 GoogleマップやYahoo!乗換案内などは、目的地と到着時刻を入れれば「何時に出発すべきか」を計算し、時間になれば通知してくれます。遅延情報も反映されるため、自分の体感より正確です。
  • カレンダーに「移動」も予定として入れる。 本体の予定だけでなく、移動時間をブロックとして登録しておくと、その時間帯に別の予定を入れてしまう事故も防げます。予定は仕事もプライベートも一か所にまとめるのが原則です。
  • 出発準備を「複数回のアラート」に分ける。 スマホのリマインダーで「30分前: 着替え」「15分前: 持ち物確認」「5分前: 玄関へ」のように段階的に鳴らすと、支度の段取りそのものを通知が代行してくれます。毎週の予定なら繰り返し設定にして、一度作れば手間はかかりません。
  • 持ち物は前夜に玄関へ。 当日の朝に注意がそれるのを防ぐいちばん確実な方法は、朝にやることを減らすことです。かばん・鍵・チケットの類いは前の晩に玄関にまとめ、「朝は着替えて出るだけ」の状態にしておきます。
  • スマート家電・音声アシスタントに時報係をさせる。 スマートスピーカーに「7時40分になったら『あと10分で出発』と言って」と頼んでおけば、画面を見ていなくても時間の経過が耳から入ってきます。

AIに手伝ってもらう

⚠️ メールや書類・レシート・部屋の写真をAIに渡すときは、氏名・会社名・取引先名・金額など、特定につながる部分を「A社」「上司」などに置き換えてから渡してください。

遅刻対策の核心である「逆算と段取り」は、ChatGPTやClaudeなどの対話型AIが得意とする作業です。予定を伝えれば、出発時刻から朝の支度まで逆算したタイムラインを作ってくれます。

大事な予定の前日に、予定の内容を話して当日の段取り表を作ってもらいます。寝る前に音声入力で頼めば1〜2分で済みます。

🎤 音声で渡す
明日の予定を話すので、遅刻しないための当日のタイムラインを作ってください。私は時間の逆算が苦手で、支度の途中で別のことを始めてしまいがちです。条件: (1)到着目標は集合時刻の15分前、(2)起床から出発までを「何時何分に何をする」の形で並べる、(3)持ち物リストを付けて「前日の夜に玄関に置くもの」を分ける、(4)所要時間は私の見積もりより2割長めに取る。これから予定の内容と場所、家からのだいたいの移動時間を話します。

毎朝の遅刻に悩んでいるなら、朝の支度の実態をそのまま伝えて、朝のルーティンの見直しを頼みます。

⌨️ 貼り付けて渡す
毎朝、家を出るのがぎりぎりになって遅刻しがちです。朝のルーティンを一緒に見直してください。条件: (1)朝にやることを減らし、前夜に回せるものは前夜に移す、(2)スマホのリマインダーに登録できる形で「時刻+やること」のリストにする、(3)途中で別のことを始めてしまったとき用の「戻るための合図」を1つ提案する。
【起きる時刻】(ここに書く)
【家を出たい時刻】(ここに書く)
【朝やっていること】(ここに書く。順番と、だいたいの所要時間も)
【よく時間を取られること】(ここに書く。例: スマホ、探し物)

遅刻しそうなとき・してしまったときの連絡文も、AIに下書きさせると心理的なハードルが下がります。連絡をためらって無断遅刻になるのがいちばん信頼を損ないます。

⌨️ 貼り付けて渡す
待ち合わせ(または出勤)に遅れそうです。相手に送る連絡文の下書きを作ってください。条件: (1)最初に到着見込み時刻を伝える、(2)言い訳を長く書かない、(3)相手に判断してほしいこと(先に始めていてほしい、など)があれば一文で添える、(4)チャット用の短い文面にする。
【相手】(ここに書く。例: 上司、友人)
【元の約束の時刻】(ここに書く)
【到着できそうな時刻】(ここに書く)

AIが作ったタイムラインが現実的かどうかは、実際に一度使ってみて調整してください。うまくいかなかった点をそのままAIに伝えれば、次の版を作ってくれます。

当院での実際/受診の目安

工夫や道具で補えるうちは、それで十分です。ただ、いろいろ試しても遅刻が繰り返される、勤怠の問題で評価が下がり続けている、「またやってしまった」という自己嫌悪や気分の落ち込みが強くなっている——そんなふうに仕事や生活への支障が続くときは、工夫だけで抱え込まず、精神科の受診をご検討ください。遅刻の背景にADHDなどの特性があるのか、睡眠の問題やうつ状態など別の要因が重なっているのかによって、対応の考え方が変わります。

当院の受診について、よくご質問いただく点をご案内します。

  • ご予約はデジスマのWEB予約からお取りいただけます。初診の方には受診前にWEB問診にお答えいただいており、初診の所要時間は30分程度が目安です。
  • 通院の頻度は、基本を2週間に一度としています。困りごとの経過を確認しながら、生活の工夫や治療について一緒に考えていきます。
  • 遅刻や勤怠の問題で仕事を続けるのがつらくなっているときの相談もお受けしています。休職の診断書は1か月毎に作成しており、診察の結果必要と判断すれば初診当日に発行することもあります。

緊急のとき——自分を傷つけてしまいそうなほど追い詰まっているときは、様子を見ずに救急(119)への連絡や、かかりつけの医療機関への相談を行ってください。

まとめ

  • 遅刻はだらしなさではなく、時間の逆算・注意の配分という特性が背景にあることが多い
  • 所要時間の見積もりは「最速記録」になりがち。細かいロスで5〜10分は必ず消える
  • 対策の基本は、移動時間込みのカレンダー登録・出発20〜30分前のアラート・前夜の準備
  • 乗換案内アプリの出発通知や段階的リマインダー、対話型AIを使えば、逆算は道具に任せられる
  • 工夫しても支障が続くときは、一人で抱え込まず受診を

関連記事: 大人の発達障害「生活の困りごと」解決ガイド(総目次)

参考にした書籍(要約・再構成。原文の転載ではありません):

  • 『発達障害の人が上手に暮らすための本』(村上由美、翔泳社)

執筆・監修:精神保健指定医 野口晋宏

よくある質問

何度注意されても遅刻が直りません。性格やだらしなさの問題でしょうか?

遅刻は誰にでもありますが、注意欠如多動症(ADHD)や自閉スペクトラム症(ASD)の特性がある方では、出発時刻から逆算して段取りを組むことや、支度の途中で注意がそれないよう保つことが苦手で、気を付けようという意思だけでは変わりにくいことがあります。性格の問題と捉えて自分を責めるより、アラートやカレンダーなどの仕組みで補うほうが現実的です。

楽しみにしていた予定なのに遅刻してしまいます。なぜでしょうか?

楽しみにしていたからこそ、という場合があります。予定そのものに気持ちが向かいすぎて、当日の持ち物・ルート・出発時刻といった現実的な段取りに注意が回らなくなることがあるためです。また、支度の途中で別のことを思い付いて始めてしまい、結果的に時間が足りなくなるパターンもよく見られます。

時間に余裕を持って行動しているつもりなのに間に合いません。

所要時間の見積もりが「いちばんスムーズにいったときの時間」になっていないか確認してみてください。実際の外出には、忘れ物の確認や乗り換えの待ち時間などの細かいロスが必ず含まれ、積み重なると5〜10分になります。見積もりを自分の感覚に頼らず、乗換案内アプリの検索結果をそのままカレンダーに入れるなど、機械に任せるのがコツです。

遅刻が続いて仕事に支障が出ています。受診したほうがよいのでしょうか?

工夫を試しても遅刻が繰り返され、勤怠の評価が下がる、強い自己嫌悪が続くなど仕事や生活への支障が続くときは、一度精神科の受診をご検討ください。背景にADHDなどの特性があるのか、睡眠の問題やうつ状態など別の要因があるのかによって、対応の考え方が変わります。

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執筆・監修

精神保健指定医 野口晋宏

春日メンタルクリニック院長。精神科・心療内科の診療経験をもとに、受診前の不安や制度の疑問を整理しやすい情報提供を心がけています。

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