はじめに
赤ちゃんが生まれて、本当はうれしいはずなのに、なぜか涙が出る。眠れない、気持ちが沈む、自分だけがうまくできていない気がする——。そんなとき、「こんなことを誰に話せばいいのだろう」「迷惑をかけたくない」と、ひとりで抱え込んでいませんか。産後は体も生活も大きく変わる時期です。外出もままならず、周囲との交流が減るため、「不安」と「孤独」を感じやすくなります。
でも、つらいのはあなただけではありません。同じように産後のつらさを経験し、そこから少しずつ回復してきた人は、たくさんいます。そして近年、そうした「同じ経験をした人」どうしがつながり、支え合う「ピアサポート」という支援のかたちが広がっています。
この記事では、ピアサポートとは何か、なぜ「同じ経験をした人」との場が力を持つのか、オンラインでの交流の広がりと注意点、そして医療機関での治療とどう併用していけばよいのかを、やさしく整理してお伝えします。治療だけがすべてではなく、「つながり」もまた大切な支えになる——そのことを知っていただければと思います。
ピアサポートとは「同じ経験をした人どうしの支え合い」
「ピア(peer)」とは、仲間・同輩・対等者という意味の言葉です。ピアサポートとは、同じ課題や境遇を持つ人どうしが、上下の関係ではなく対等な立場で、互いに支え合い、助け合う関わりのことを指します。
産後うつの文脈でいえば、同じように産後のつらさを抱えた、あるいは抱えていた母親どうしが、自分の体験や気持ちを分かち合う関係です。医師やカウンセラーといった専門家による支援とは少し性質が異なり、「同じ立場だからこそ分かること」「経験した人にしか言えない言葉」が支えになります。
産後の女性が回復していくうえで切実に知りたいのは、「今の自分の状態は、どういう状態なのか」「これからどんな経過をたどって、どう回復していくのか」「具体的にどう動けばよいのか」といったことだといわれます。こうした問いに、自分の体験をもとに寄り添って応えてくれる存在がいることは、大きな安心につながります。
ここで大切なのは、ピアサポートは専門家の治療に「代わる」ものではなく、それとは別に存在する「もうひとつの支え」だということです。両方があることで、産後の母親を支える土台が厚くなっていきます。
なぜ「同じ経験をした人」との場は力を持つのか
人が集まる場には、一対一の相談にはない独特の力があることが、精神科の集団療法の分野で古くから知られています。専門的な言葉を使わずにいえば、次のようなことです。
「自分だけではない」と分かること。 ひとりで悩んでいるとき、私たちは「こんなふうに感じるのは自分だけだ」と思い込みがちです。同じ悩みを抱える人の話を聞いた瞬間、その思い込みがほどけて、肩の荷が少し下りる——これは集団の場が持つ、最も基本的な治療的な力の一つとされています。
回復した人の姿を見られること。 「私もそうだった。でも少しずつ楽になった」と語る先輩の姿は、どんな説明よりも「自分も回復していけるかもしれない」という希望を支えてくれます。少し先を歩く人がモデルになってくれるのです。
自分の経験が誰かの役に立つこと。 場に慣れてくると、今度は自分の体験が、後から来た人の支えになることがあります。「支えられるだけでなく、誰かを支えられた」という経験は、「自分はダメな母親だ」と責めがちな気持ちに対して、自分の価値を取り戻すきっかけになります。
「そこに居場所がある」と感じられること。 集団の支えの土台には、「このグループに属している」という所属の感覚があるといわれます。新型コロナ禍で対面の集まりが制限された時期、精神科の通所の場では、集まれる場所がどれほど貴重だったかに改めて気づいた、人と言葉を交わすことの大切さを実感した、といった声が多く聞かれたと報告されています。会って、話して、同じ時間を過ごすこと自体に、気分転換や生活リズム、心の安定を支える意味があるのです。
同時に、集団の場を運営する専門家たちは、人数や雰囲気の設計をとても大切にしています。対人関係で傷ついた経験のある人にとっては、大人数の場より、数名程度の少人数のほうが安心して参加できることが多いとされます。否定されない・評価されない「心理的に安全な場」であることが、何よりの前提です。参加を考えるときも、「大きな会が合わなかったから自分には無理だ」と思う必要はありません。場の大きさや雰囲気との相性の問題であることが、よくあります。
産後うつの母親にとっての自助グループ・交流会の役割
ピアサポートが形になったものの一つが、「自助グループ」や「交流会」です。同じ経験をした人たちが集まり、体験談を語り合ったり、悩みを共有したりする場です。
産後うつを抱える女性には、「自分の状態を他の人に知られたくない」「周りの目が気になる」という気持ちが生まれやすく、そのために孤立してしまうことが少なくありません。限られた情報や周囲の言葉に振り回され、「そのとおりにできない自分」に不安や絶望を感じてしまうこともあります。
そんなとき、安心して気持ちを話せる場があることには大きな意味があります。自助グループがピアサポートとしてできることは、産後うつについての正しい知識を土台にしながら、「今はこういう状態で、こういう経過をたどって回復していくことが多い」「こんなふうに動いてみるとよい」といったことを、自分たちの体験談として語ることです。
そして何より、その場が参加する人にとって「安全な場」であることが大切だとされています。否定されず、評価されず、ありのままの気持ちを出せる場があること。それが、「揺れ惑い、困難を抱えている自分を見捨てずに寄り添ってくれる」という安心感につながります。
なお、自助グループという支え合いのかたちは、産後うつに限ったものではありません。お酒の問題からの回復など、精神科のさまざまな領域で長い歴史があります。関心のある方は断酒会・AAなどの自助グループとは?も参考にしてください。仕組みは違っても、「同じ経験をした人どうしが対等に支え合う」という核は共通しています。
参加のハードルは低くていい
「行ったら話さなければいけないのでは」「途中でやめたら悪いのでは」と心配になる方もいますが、そんなことはありません。
- 最初は聞くだけの参加で十分です。多くの場では、話したくないことを話さなくてよいことが約束ごとになっています。
- 合う・合わないがあって当然です。場の雰囲気、人数、進め方は会によってさまざまで、一つの場が合わなくても、別の場なら落ち着けることがあります。
- 出入りは自由です。調子のよいときだけ参加する、しばらく休んでまた戻る、という関わり方でかまいません。
「頑張って参加する場所」ではなく、「疲れたときに寄りかかれる場所」くらいの気持ちで捉えるのがちょうどよいと思います。
オンラインのピアサポートの広がり
近年、インターネットを使ったピアサポートが大きく広がりました。とくに新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が広がった時期には、外出を控える生活が続き、人と直接会うことが難しくなりました。家にこもりがちになり、周囲との交流がさらに減るなかで、産後の女性が情報や支えをインターネットに求める機会が増えていったのです。
実際に、産後うつの自助グループの主催者どうしがSNS上に集まって情報交換をする交流会や、メッセージアプリ・Web会議システムを使った勉強会など、オンラインでのピアサポートの取り組みが各地で行われるようになりました。月に一度オンラインで集まり、「正しい情報を学ぶ」ことと「互いに支え合うピアサポート」を組み合わせて行う、といった活動も生まれています。
オンラインのよいところは、家にいながら参加できることです。赤ちゃんから離れられない時期や、遠方に住んでいて会場に通うのが難しい場合でも、つながりを持ちやすくなります。回復した人の経験談や、医療機関にかかることの意味に触れる機会にもなり、孤立を防ぐ直接の支えになり得ます。
一方で、オンラインは対面の完全な置き換えではなく、対面の場への橋渡しとして働くこともあります。まずオンラインで雰囲気に慣れてから、体調と相談しつつ地域の集まりに顔を出してみる、という順番も自然な流れです。また、自宅から参加する場合は、家族がすぐ近くにいて本音を話しにくい、ということも起こります。参加する時間帯や場所を少し工夫できると、話しやすさが変わります。
支える側にも支えが必要
もう一つ知っておきたいのは、自助グループを運営する「リーダー」や、支える側の人たちにも支えが必要だということです。安全な場をつくり、正しい情報を届けようとするなかで、リーダー自身が疲れてしまったり、孤独を感じたりすることは少なくありません。オンラインの交流会や勉強会は、こうした支える人どうしが悩みを共有し、学び合い、支え合う場としても役立っています。「支える人を支える」という視点も、ピアサポートを長く続けていくうえで大切にされています。
ピアサポートで孤立感や育児の負担が軽くなることも
ピアサポートのいちばんの力は、「自分だけではない」と実感できることにあるのかもしれません。
同じ経験をした人が、自分の言葉で「私もそうだった」「こうやって少しずつ楽になっていった」と語ってくれる。その姿に触れることは安心感をもたらし、「自分も回復していけるかもしれない」という気持ちを支えてくれます。回復してきた人の話を聞くことが、つらい時期を乗り越える力になることもあるのです。
孤立しがちな産後の時期に、気持ちを分かち合える仲間がいること。それだけで、ひとりで抱えていた不安や育児の重さが、少し軽く感じられることがあります。すべての悩みがすぐに解決するわけではありませんが、「ひとりで背負わなくていい」と思えることが、次の一歩につながっていきます。
オンラインの情報を使うときの注意点
オンラインのピアサポートは心強い一方で、気をつけたい点もあります。
情報の正確さ。 インターネット上には、たくさんの情報があふれていますが、そのすべてが正しいとは限りません。産後うつの女性どうしの情報交換は小さな閉じたグループの中で行われることも多く、そこでやり取りされる情報が必ずしも正確とは限らないのです。いったん広まった不確かな情報は訂正が難しく、トラブルのもとになることもあります。
体験談との距離感。 誰かの一つの体験談を「自分も必ず同じようになる」と受け取りすぎないことも大切です。回復のしかたや経過は人によって違います。ある人に合った方法が、別の人にそのまま当てはまるとは限りません。とくに薬についての体験談は個人差が大きい話題です。薬のことは体験談ではなく主治医と相談してください(妊娠中・授乳中の抗うつ薬の考え方も参考になります)。
プライバシーと「残ること」。 オンラインで発信した内容は、消したつもりでも残り続けることがあります。自分や赤ちゃんが特定される情報、あとで読まれて困る内容は書き込まない、というルールを自分の中に持っておくと安心です。
使いすぎ。 つらいときほど画面に向かう時間は増えやすいものです。夜中のスマートフォンが睡眠をさらに削ってしまうこともあります。利用時間が長くなりすぎていないかを時々振り返り、現実の生活の時間も大切にすることが、心の安定につながります。迷ったときや判断に困ったときは、自己判断せず、医療機関に確認するようにしましょう。
ピアサポートの場はどこで見つかるか
「参加してみたいけれど、どう探せばいいのか分からない」という方は多いと思います。特定の団体やサービスをここで挙げることはしませんが、探し方の入り口はあります。
- 自治体の母子保健の窓口に尋ねる。保健師さんが地域の親子の集まりや相談の場を把握していることが多く、産後の心身の相談自体もここでできます。
- 産後ケア事業を利用するなかで聞いてみる。産後ケアは、休息や育児の相談とともに、不安を言葉にできる場や地域のつながりへの橋渡しの役割も担っています。
- 産科・小児科のスタッフや、かかりつけ医に聞いてみる。健診や受診のついでに「同じ立場の人と話せる場はありますか」と尋ねるだけでも、手がかりが得られることがあります。
当院には心理士が在籍しておらず、集団プログラムやピアサポートの場を院内で提供してはいませんが、診察のなかで「今のあなたに、どんな支えの組み合わせがよさそうか」を一緒に考えることはできます。探し方に迷うときも、遠慮なくご相談ください。
ピアサポートと医療機関での治療をどう併用するか
ここまで読んで、「ピアサポートがあれば、病院には行かなくてもよいのでは」と感じた方もいるかもしれません。けれど、この2つはどちらか一方を選ぶものではなく、組み合わせていくものです。役割が違うからです。
- 医療(診察・治療)が担うこと:今の状態が産後うつなのか、別の状態なのかの診断。治療方針の判断。薬が必要かどうか、休養をどう確保するかの検討。経過の見守り。
- ピアサポートが担うこと:体験の分かち合い。孤立感の緩和。「回復していく道筋」を先輩の姿から実感すること。日々の気持ちの置き場所。
ピアサポートは、孤立感をやわらげ、安心して気持ちを話せる場として、大きな支えになります。一方で、それ自体が医療の治療に代わるものではありません。気分の落ち込みや眠れない状態が続くとき、つらさが強くて日常生活に支障が出ているときは、医療機関での相談や治療が必要になります。
むしろ、自助グループのような場では、回復した人たちが「医療機関に通うことの大切さ」を語る機会も多く、それがきっかけで受診につながることもあります。同じ経験をした人から「私も病院に行ってよくなった」と聞くことが、受診への一歩を後押ししてくれるのです。ピアサポートと医療は、互いに補い合う関係といえます。
産後うつかどうかの診断や、どんな治療が合うかの判断は、医師が行います。産後うつとマタニティブルーズの見分け方はこちらの記事で詳しく説明しています。ピアサポートで気持ちを支えてもらいながら、必要なときには専門の治療も受ける——その両方があることで、より安心して回復の道を歩んでいくことができます。
受診の目安
以下に当てはまるときは、ピアサポートと併せて、医療機関への相談をおすすめします。
- 気分の落ち込みや涙が出る状態が、ほぼ毎日、2週間以上続いている
- 眠れない、または眠っても疲れがとれない日が続いている
- 赤ちゃんの世話や家事など、日常生活に支障が出ている
- 「自分はダメな母親だ」と強く責めてしまい、気持ちが切り替えられない
- ピアサポートを利用してもつらさが続く、または強くなっていると感じる
なお、自分や赤ちゃんを傷つけたくなるような考えが浮かぶときは、ためらわず、すぐに主治医や当院にご相談ください。命に関わる緊急の危険があると感じるときは、救急(119)に連絡してください。
まとめ
産後の時期は、心も体も大きく揺れ、孤独を感じやすいものです。そんなとき、同じ経験をした仲間と支え合うピアサポートは、「自分だけではない」と実感させてくれる心強い支えになります。集団の場には、回復した人の姿から希望をもらえる、自分の経験が誰かの役に立つ、居場所があると感じられる、といった独特の力があります。無理に話さなくてよく、合う・合わないがあって当然で、出入りも自由です。
一方で、インターネットの情報には正しくないものも含まれるため、体験談との距離感やプライバシー、使いすぎに気をつけながら利用することが大切です。そして、ピアサポートは医療の治療に代わるものではなく、診断・治療は医療が、体験の分かち合いはピアが担う——役割の違う2つを組み合わせていくものです。
つらさを抱えているなら、ひとりで背負い込まないでください。つながることも、相談することも、どちらもあなたを支える力になります。回復への道は、ひとりで歩くものではありません。
参考にした書籍(要約・再構成。原文の転載ではありません):
- 周産期メンタルヘルスにおける心理社会的支援(精神科治療学 第35巻10号)
- 特集 再起動!集団療法(精神科治療学 第36巻11号)
よくある質問
ピアサポートとは何ですか?
「ピア(peer)」は仲間・同輩・対等者という意味で、ピアサポートとは同じ課題や境遇を持つ人どうしが互いに支え合い、助け合う関係のことです。産後うつでは、同じ時期を経験した母親どうしが体験や気持ちを分かち合う支え合いを指します。専門家による治療とは別の、もうひとつの支えと考えてください。
ピアサポートだけで産後うつは治りますか?
ピアサポートは孤立感をやわらげ、安心して気持ちを話せる場として大きな助けになりますが、それ自体が医療の治療に代わるものではありません。気分の落ち込みや眠れない状態が続くとき、つらさが強いときは、医療機関での相談や治療と併せて利用するのが安心です。診断や治療方針は医師が行います。
オンラインのピアサポートを使うときに気をつけることは?
インターネット上には正しい情報ばかりがあるとは限らず、不確かな情報がトラブルのもとになることもあります。一つの体験談を「自分も必ずそうなる」と受け取りすぎないこと、発信した内容が残り続けることを意識すること、利用時間が長くなりすぎないこと、迷ったときは医療機関に確認することが大切です。
人と話すのが苦手でも参加できますか?
無理に話さなくても、まずは他の人の話を聞くだけの参加から始めて大丈夫です。多くの場は「安全な場」であることを大切にしており、自分のペースで関わることができます。合う・合わないがあって当然ですし、出入りも自由です。オンラインなら家から参加でき、心理的なハードルも下がりやすいでしょう。
ピアサポートの場はどうやって探せばよいですか?
お住まいの自治体の母子保健の窓口や、産後ケア事業の利用相談のなかで、地域の交流の場について尋ねてみるのが一つの入り口です。産科・小児科のスタッフや、通院中の方は主治医に聞いてみる方法もあります。特定の団体を当院から紹介するものではありませんが、探し方に迷うときは診察のなかでご相談ください。