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連載「妊娠・産後のメンタルヘルスガイド」第4回(全6回) 第1回から読む →

はじめに

「無事に産めるだろうか」「出産の痛みが怖い」「赤ちゃんに何かあったらどうしよう」。妊娠が分かってうれしいはずなのに、夜になると不安で眠れない。お腹が大きくなるほど、出産の場面を想像して胸が苦しくなる。そんなふうに感じている方は少なくありません。

「マタニティブルーとは違う気がする」「こんなに怖がるのはおかしいのかな」と、ご自身を責めてしまう方もいます。けれど、妊娠中に不安が強まることや、出産そのものを怖いと感じることは、決して珍しいことではありません。実際、出産に対する不安は、多くの妊婦さんが何らかの形で経験するものだと報告されています。

この記事では、妊娠期に不安が強まる背景と、薬だけに頼らない支援(認知行動療法や心理教育)、そして産科・助産師・心理職といった相談先へのつながり方をお伝えします。読み終えたときに、「ひとりで抱えなくてもいいんだ」と少しでも感じていただけたらと思います。

妊娠中の不安や「出産が怖い」は、多くの人が経験すること

妊娠期は、体・心・生活環境が短い期間で大きく変わる時期です。ホルモンのバランスが変化し、体調も日々ゆらぎます。仕事や家庭での役割も変わり、これからの育児への期待と心配が入り混じります。こうした大きな変化のなかで不安や落ち込みが強まるのは、心が変化にしっかり反応している、自然なことでもあるのです。

精神科にかかったことのない方でも、妊娠から産後にかけて心の不調が現れることがあります。なかでも、抑うつ気分(気持ちの落ち込み)と不安は、周産期に最も多くみられる心の不調として知られています。「自分だけがこんなに不安なのでは」と感じやすい時期ですが、実際には多くの妊婦さんが同じような揺れを経験しています。

「出産が怖い」という強い恐怖(トコフォビア)

不安のなかでも、出産そのものを強く怖れる状態は「出産恐怖(トコフォビア)」と呼ばれることがあります。出産への不安は低リスクの妊婦さんでも幅広くみられ、その一部の方では、日常生活に影響するほど強い恐怖につながることがあると報告されています。

「怖い」と感じること自体は、問題ではありません。ただ、その恐怖が強すぎて妊婦健診に行くのがつらい、出産のことを考えると眠れない・食欲が落ちる、といった支障が出ているときは、相談する意味のあるサインです。診断は医師が行いますので、まずは気持ちを言葉にしてみるところから始めて大丈夫です。

薬に頼りすぎない支援 ― 認知行動療法という選択肢

妊娠中・授乳中は、おなかの赤ちゃんへの影響を考えて、薬の使い方に慎重さが求められます。そのぶん、薬以外の支援が果たす役割が大きくなります。その代表が「認知行動療法(CBT)」です。

認知行動療法とは、不安なときに頭に浮かぶ考えと、それに伴う体の反応・行動のつながりを一緒に整理し、つらさをやわらげていく心理的なアプローチです。たとえば「出産=必ず最悪のことが起きる」という極端な考えに気づき、より現実に即した見方を一緒に探していきます。

研究では、妊娠期・産後の不安状態に対して認知行動療法の有効性が示されており、産後のうつ状態を対象とした比較試験では、薬物療法と効果に差がなかったという報告もあります。パニックや出産に関わる強い恐怖などに対しても、認知行動療法は有力な選択肢として位置づけられています。「薬は使いたくないけれど、このつらさを何とかしたい」という方にとって、知っておく価値のある選択肢です。

ただし、効果の現れ方には個人差があり、すべての方に同じ結果を約束できるものではありません。どの支援が合うかは、症状の重さや生活状況をふまえて、主治医や心理職と相談しながら選んでいくものです。

通うのが大変でも受けられる「低強度」の支援

「毎週カウンセリングに通うなんて、体もつらいし無理」と感じる方もいるでしょう。実際、妊娠中や産後は長時間の移動や通院そのものが負担になりやすい時期です。

そのため近年は、認知行動療法の考え方を、より負担の少ない形で届ける工夫が広がっています。書籍やオンラインのセルフヘルプ教材、電話やインターネットを使った支援、短時間の面接、集団プログラムなどです。専門書でも、こうした「低強度」の支援が周産期の心理的支援の選択肢として紹介されています。

フルサイズの心理療法だけが支援ではありません。「今の自分にできる形」から始められることを、知っておいていただきたいと思います。

対人関係に目を向けるアプローチ(IPT)もある

もうひとつ、周産期のこころの不調に対して知られているのが「対人関係療法(IPT)」という考え方です。これは、大切な人との別れの悲しみ、パートナーとの役割をめぐるすれ違い、「母親になる」という大きな役割の変化、頼れる人間関係の不足といった、対人関係のテーマに焦点を当てて気持ちの回復を支える、期間を区切った心理療法です。

妊娠・出産は、夫婦の関係や自分の役割が大きく変わる出来事です。不安の背景に「関係の変化」があるとき、そこを一緒に整理していくアプローチがあることも、選択肢として知っておくとよいでしょう。

なお、認知行動療法や対人関係療法などの構造化されたプログラムは、実施している医療機関や心理職が担うものです。当院には心理士が在籍しておらず、こうした専門プログラムの提供は行っていませんが、診察のなかで考え方の整理を助ける助言は行っており、専門プログラムをご希望の場合は実施医療機関をご自身でお探しいただくことになりますが、紹介状(診療情報提供書)は必要に応じて作成します。

出産への恐怖には「心理教育」という支え方も

出産が怖いという気持ちに対しては、「心理教育」と呼ばれる支援もあります。これは、出産の経過や、不安なときに心と体に起きていることを、分かりやすい言葉で一緒に学んでいく関わりです。「何が起きるか分からない」という漠然とした怖さは、知ることで輪郭がはっきりし、少し扱いやすくなることがあります。

正しく知ること、そして気持ちを安心して話せる場があること。それ自体が、出産に向き合う力を支えてくれます。

薬を飲みながら妊娠が分かったとき ― 自己判断でやめないでください

不安の背景として、とても多いのが薬のことです。「抗うつ薬や抗不安薬を飲んでいるのに妊娠が分かった。赤ちゃんに影響があるのでは」――そう思った瞬間に、すべての薬を自分の判断でやめてしまう方が少なくありません。実際、妊娠と薬の相談窓口には、妊娠判明後に突然すべての薬を中断し、離脱症状や元の病気のぶり返しを起こしてしまった例が寄せられていると、専門書でも紹介されています。

急にやめること自体が、体と心への大きな負担になります。薬の種類によっては離脱症状が出ることがあり、治療を急に断つことで不安やうつがぶり返すと、妊娠中の生活そのものが揺らいでしまいます。

「薬のリスク」と「治療しないリスク」を同じ土俵で比べる

妊娠中の薬について考えるときに大切なのは、「薬のリスク」だけを見つめるのではなく、「治療をやめた場合のリスク」も同じ土俵に載せて比べることです。お母さんの精神状態が悪化すると、眠れない・食べられない・妊婦健診に行けないといった形で、妊娠の経過そのものに影響が及ぶことがあります。薬をやめることが、必ずしも赤ちゃんを守ることにならない場合があるのです。

もうひとつ知っておいていただきたいのは、薬を一切飲んでいなくても、先天異常や流産は一定の割合で起こるという事実です。これは「ベースラインリスク」と呼ばれ、妊娠にもともと伴っているものです。「薬さえ飲まなければリスクはゼロ」ではありません。だからこそ、「安全か危険か」の二択ではなく、あなたの病状・これまでの経過・薬の種類をふまえて、上乗せされるリスクと治療の利益を個別に検討することが必要になります。

この検討は、ひとりで抱えるものではありません。精神科の主治医と産科の両方に、できるだけ早く相談してください。分娩を予定している施設に服薬の情報を共有しておくことも、生まれてくる赤ちゃんを見守る体制につながります。

妊娠を考えている段階での「薬の棚卸し」

いま妊娠を考えている段階の方であれば、妊娠前に主治医と薬の内容を見直しておくことに大きな意味があります。どの薬が効いてきたか、過去にどんな経過でぶり返したか、薬の種類は減らせるか――こうした「薬の棚卸し」を前もってしておくと、妊娠が分かってから慌てて処方を変える事態を避けやすくなります。

妊娠の希望は、言い出しにくいと感じる方もいるかもしれません。けれど主治医にとっては、治療計画を立てるうえでとても大切な情報です。「いつか妊娠したいと思っている」という段階からで構いませんので、ぜひ診察で伝えてみてください。

相談できる窓口は、思っているより広い

「心の相談=精神科」というイメージがあるかもしれませんが、周産期の不安を相談できる窓口は、実はいくつもあります。いきなり精神科でなくても大丈夫です。

  • 産科の主治医:体の経過とあわせて、不安や眠れなさを相談できます。
  • 助産師外来:助産師が、健診とあわせて妊娠中の悩みや家族のことをゆっくり聞いてくれる場です。多くは予約制・個室で、プライバシーが守られた環境のため、普段気になっていることを話しやすいのが特長です。
  • 心理職(公認心理師・臨床心理士など):認知行動療法や心理教育といった心理的支援を担います。
  • 精神科・心療内科:不安が強く生活に支障が出ているとき、必要に応じて医師が診断や治療を行います。

これらの窓口は、それぞれが孤立しているわけではありません。産科・助産師・心理職・精神科が連携し、必要に応じてつなぎ合いながら支える「多職種連携」が広がっています。最初に相談した場所から、あなたに合った支援先へ橋渡ししてもらえる、と考えてみてください。

「支障が出る前」に相談する意味

不安は、強くなってから対処しようとすると時間がかかることがあります。妊婦健診に行くのがつらい、夜眠れない日が続く、食事がとれない、家事や仕事が手につかない――こうした生活への影響が出はじめたら、早めに相談するサインです。

早い段階で気持ちを言葉にして支えにつながっておけば、状態が重くなる前に手を打てる可能性が高まります。「まだ我慢できるから」と先延ばしにせず、軽いうちに話してよいのだ、と考えていただきたいと思います。

「大丈夫です」と答えてしまうとき

健診や訪問で「困っていることはありませんか」と聞かれると、本当はつらいのに「大丈夫です」と答えてしまう。そんな経験はないでしょうか。

支援の現場では、この「大丈夫です」の背景に、さまざまな事情があることが知られています。自分の困りごとに自分でも気づけていない。何をどう頼めばよいのか分からない。「母親なのに」と否定的に見られたくない。過去に助けを求めて傷ついた経験がある――。どれも、決して珍しいことではありません。

もし心当たりがあれば、うまくまとまった相談でなくてよいので、「実は少し不安で」「眠れない日があって」と、事実をひとつだけ口にしてみてください。支援する側は、その一言を入り口として受け止める準備をしています。安心と信頼のなかでこそ、本当の気持ちは少しずつ言葉になっていくものです。

パートナーや家族に、どう伝え、支えてもらうか

不安を抱えているとき、いちばん近くにいる人に気持ちが伝わらず、孤立してしまうことがあります。「言っても仕方ない」とあきらめてしまう方もいますが、つらさを言葉にして共有することは、状態が重くなる前の大切な一歩になります。

パートナーの側も、妊娠中の心や体に何が起きているのか分からず、どう接してよいか戸惑っていることが少なくありません。だからこそ、次のような伝え方を試してみてください。

  • 「責めたいわけではなく、いま不安で苦しい」と、気持ちそのものを伝える。
  • 「こうしてほしい(話を聞いてほしい・一緒に健診に行ってほしい)」と、具体的に頼む。
  • ひとりで抱えず、助産師外来などに二人で行き、専門職を交えて話す。

助産師外来などでは、母親だけでなくパートナーも含めて、妊娠中から産後にかけての心身の変化や、困ったときの助けの求め方を一緒に考える関わりが行われています。夫婦で理解を深め、支え合う関係をつくるきっかけになります。

パートナー自身のこころの不調にも目を向けて

見落とされがちですが、妊娠・出産の時期にこころの調子を崩すのは、母親だけではありません。父親やパートナーの側にも、妊娠期からの落ち込みや、産後のうつ状態が起こり得ることが知られています。経済的な心配、働き方の変化、夫婦関係のすれ違い、そしてパートナーである妊婦さん自身の不調が、影響し合うことも指摘されています。

「支える側だから弱音を吐けない」と抱え込んでしまうと、家庭全体が苦しくなります。パートナーの側も、眠れない・気分が沈む・以前楽しめたことが楽しめないといった変化が続くなら、相談してよいサインです。妊娠・出産を、家族単位で支えてもらう時期だと考えてみてください。

当院でできること

当院では、妊娠中・妊娠を希望されている方、授乳中の方の不安やこころの不調についてもご相談いただけます。妊娠希望・授乳中の方には、催奇性(薬が赤ちゃんの発育に影響する可能性)を考慮したうえで治療を検討します。過去の病歴をもとに、治療の有益性が上回ると判断される場合には、最小限の薬物療法を検討することもあります。

当院には心理士が在籍しておらず、心理士によるカウンセリングや、認知行動療法などの構造化された心理療法プログラムは提供していません。診察のなかで、考え方を整理する助言は行っています。専門的なプログラムをご希望の場合は、ご自身で実施している医療機関をお探しいただくことになりますが、紹介状(診療情報提供書)は必要に応じて作成します。

なお、ご家族のみでのご相談はお受けしていません。ご本人が受診に同意されたうえでの同席は可能です。また、当院の診療対象は18歳以上の方です。

受診の目安

以下に当てはまる場合は、産科・助産師外来・心理職・精神科のいずれかに相談することをおすすめします。

  • 不安や「出産が怖い」という気持ちで、夜眠れない日が続いている
  • 食欲が落ちる、家事や仕事が手につかないなど、生活に支障が出ている
  • 不安が強くて、妊婦健診に行くのがつらい
  • 気持ちの落ち込みが続き、楽しめていたことが楽しめない
  • パートナーや家族に気持ちを伝えられず、孤立していると感じる
  • 服薬中に妊娠が分かり、薬をやめるべきか迷っている(自己判断で中止する前に相談を)

これらはあくまで目安です。当てはまらなくても、「つらい」と感じたら相談して構いません。診断や治療方針は医師が判断します。

まとめ

妊娠中に不安が強まることや、「出産が怖い」と感じることは、多くの妊婦さんが経験する自然な揺れです。そして、その不安には、認知行動療法や心理教育といった、薬に頼りすぎない支援の選択肢があります。通院が難しくても受けられる負担の少ない形の支援も広がっています。

薬を飲みながら妊娠が分かったときは、自己判断でやめず、まず主治医と産科に相談してください。「薬のリスク」と「治療しないリスク」を同じ土俵で比べ、あなたに合った道を一緒に探すことができます。

相談できる窓口は、産科・助産師外来・心理職・精神科と幅広く、それぞれが連携しながらあなたを支えます。生活に支障が出る前の早い段階で、気持ちを言葉にしてつながっておくことが、安心して出産を迎える助けになります。

ひとりで抱え込まず、パートナーや家族、そして専門職とつながりながら、あなたのペースで出産に向き合っていきましょう。不安を感じている今この瞬間も、支えを求めてよいときです。


参考にした書籍(要約・再構成。原文の転載ではありません):

  • 周産期メンタルヘルスにおける心理社会的支援(精神科治療学 第35巻10号)
  • 向精神薬と妊娠・授乳(南山堂)

よくある質問

妊娠中に不安が強いのは、私が弱いからでしょうか?

いいえ。妊娠期は体やホルモン、生活環境が大きく変わる時期で、多くの妊婦さんが不安を経験します。性格の弱さではなく、心がしっかり反応しているサインと考えてよい状態です。

「出産が怖い」という気持ちにも対応してもらえますか?

はい、ご相談いただけます。出産への強い恐怖に対しては、出産や心の動きについて学ぶ心理教育や、認知行動療法といった支援が知られています。ただし当院には心理士が在籍しておらず、構造化された心理療法プログラムは提供していません。診察のなかで気持ちを整理する助言は行っており、専門的なプログラムをご希望の場合は実施医療機関をご自身でお探しいただくことになりますが、紹介状(診療情報提供書)は必要に応じて作成します。

不安が強いとき、まずどこに相談すればよいですか?

通っている産科や助産師外来でまず相談できます。心の負担が大きいときは、心理職や精神科・心療内科につないでもらうこともできます。診断は医師が行いますので、まずは話してみてください。

薬を使わずに不安に対処する方法はありますか?

認知行動療法や心理教育など、薬に頼りすぎない支援があります。妊娠期・産後の不安状態に対しては認知行動療法の有効性が示されており、選択肢のひとつとして知られています。どの方法が合うかは状態によって異なるため、主治医や心理職に相談してみてください。なお当院には心理士が在籍しておらず、構造化された心理療法プログラムは提供していませんが、診察のなかで考え方の整理を助ける助言は行っています。

薬を飲んでいる途中で妊娠が分かったら、すぐにやめるべきですか?

自己判断で急にやめることはおすすめできません。急な中断は離脱症状や病状のぶり返しにつながることがあります。まずは薬を続けたまま、できるだけ早く精神科の主治医と産科の両方に相談してください。薬のリスクと治療をやめるリスクを、あなたの状況に合わせて一緒に検討していきます。

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執筆・監修

精神保健指定医 野口晋宏

春日メンタルクリニック院長。精神科・心療内科の診療経験をもとに、受診前の不安や制度の疑問を整理しやすい情報提供を心がけています。

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