「産後の健診で書いた質問票の点数が高いと言われた」「新生児訪問で保健師さんに、こころの質問票で引っかかりましたね、と言われて不安になった」――出産後の健診や訪問で渡されるこころの質問票をきっかけに、戸惑いや不安を抱える方は少なくありません。
この質問票は、多くの場合「エジンバラ産後うつ病質問票(EPDS)」と呼ばれるものです。まずお伝えしたいのは、高得点=産後うつ病の診断、ではないということです。EPDSはつらさを抱えている可能性のある方を早めに見つけて支援につなげるための質問票であり、点数だけで病気かどうかが決まるものではありません。
この記事では、EPDSとはどんな質問票なのか、高得点と言われた後にどんな流れになるのか、マタニティブルーズと産後うつの違い、受診をためらう気持ちとの向き合い方、授乳中の治療の相談について、福岡県春日市の精神科・心療内科の医師がお伝えします。
EPDSとは――「診断」ではなく「早く気づくため」の質問票
EPDS(エジンバラ産後うつ病質問票)は、産後のお母さんの気分の状態を確認するために世界中で広く使われている10項目の質問票です。日本でも、産後健診(産婦健診)や新生児訪問・赤ちゃん訪問の際に、市町村や産科医療機関で広く用いられています。
ここで大切なのは、EPDSがスクリーニング(ふるい分け)のための質問票だという点です。スクリーニングとは、「つらさを抱えている可能性のある方を、早い段階で見つける」ための仕組みのことです。一定の点数以上の場合に「一度相談してみませんか」とすすめられますが、それは病気の宣告ではなく、「この点数なら、専門家が一度きちんとお話を聞いたほうがよさそうです」というサインです。
- 高得点でも、産後うつ病とは限りません。 睡眠不足や育児疲れ、一時的な気分の波でも点数が上がることがあります。診断が必要かどうかは、医師が症状の内容・程度・続いている期間を確認して判断します。
- 低得点でも、つらければ相談してかまいません。 「弱音を書いたら悪い母親だと思われるのでは」と、実際より軽めに答えてしまう方もいます。点数は目安であり、あなたのつらさそのものを測り切れるわけではありません。
なぜこうした質問票がわざわざ使われているかというと、産後のこころの不調は「自分から言い出しにくい」からです。「みんな頑張っているのに、つらいなんて言えない」「育児がつらいと言ったら失格だと思われる」――そう感じて一人で抱え込んでしまう方が多いからこそ、全員に同じ質問票を渡して、支援が必要な方を取りこぼさないようにする仕組みが作られています。高得点だったことは、恥ずかしいことでも特別なことでもなく、「支援につながる入口に立った」ということです。
高得点と言われた後の一般的な流れ
EPDSで一定の点数以上だった場合、一般的には次のような流れになります。地域や医療機関によって細かい運用は異なりますが、大まかな道筋を知っておくと安心につながると思います。
1. その場で保健師や助産師が話を聞く
健診や訪問の場で、点数が高かった項目について「最近眠れていますか」「ご自分を責める気持ちがありますか」といった形で、もう少し詳しく話を聞かれることが多いです。ここで無理にすべてを話す必要はありませんが、正直に話していただくほうが、必要な支援につながりやすくなります。
2. 保健師によるフォローアップ
市町村の保健師が、後日の電話や再訪問で様子を確認したり、産後ケア事業(宿泊型・デイサービス型・訪問型の産後ケア)などの利用を案内したりすることがあります。これは「監視」ではなく、育児の負担を減らし、休める時間を作るための支援です。
3. 必要に応じて医療機関の紹介
つらさが強い場合や、気分の落ち込み・不眠・食欲低下などが続いている場合には、精神科・心療内科などの医療機関への相談をすすめられることがあります。出産した産科から紹介される場合もあれば、ご自身で受診先を探す場合もあります。
この流れのどの段階でも、「思ったより元気になった」「支援は今は必要ない」と感じたら、その旨を伝えて大丈夫です。逆に、案内された時点では断ったけれど、後からつらくなってきた場合に相談し直すこともできます。
マタニティブルーズと産後うつ――「いつまで続くか」がひとつの目安
「産後に気分が沈むのは当たり前」と言われることがありますが、これは半分正しく、半分注意が必要です。
産後数日から10日ほどの間に、涙もろくなる、気分が変わりやすくなる、不安になる、といった状態はマタニティブルーズと呼ばれ、多くのお母さんが経験します。これは出産後のホルモンの急激な変化などによる一時的なもので、通常は2週間ほどで自然に落ち着いていきます。
一方、産後うつ病は、気分の落ち込み、興味や喜びの喪失、強い自責感、不眠、食欲の変化などが2週間以上続き、育児や生活に支障が出てくる状態です。マタニティブルーズと違って自然に治るのを待つのではなく、治療や支援が必要になります。
つまり、ひとつの目安は「時期と長さ」です。産後まもない時期の数日単位の涙もろさは経過を見てよいことが多い一方、2週間を超えて続くつらさ、産後しばらくたってから強まってきたつらさは、相談のサインです。EPDSが産後健診や新生児訪問のタイミングで実施されるのは、まさにマタニティブルーズの時期を過ぎても続く不調を拾うためでもあります。
両者の違いや受診の目安については、産後うつとマタニティブルーズの違いの記事で詳しく解説しています。
「母親失格と思われるのでは」――受診をためらう気持ちについて
高得点と言われても、実際に相談や受診に進むことには、大きなためらいを感じる方が多いです。よくお聞きするのは、こんな気持ちです。
- 「赤ちゃんはかわいいはずなのに、つらいと感じる自分は母親失格だと思われそう」
- 「精神科にかかったら、育児ができない母親だと判断されるのではないか」
- 「みんな乗り越えていることなのに、自分だけ弱音を吐くのは甘えではないか」
まずお伝えしたいのは、産後のこころの不調は「気持ちの持ちよう」や「母親としての資質」の問題ではない、ということです。出産後は、ホルモンバランスの急激な変化、慢性的な睡眠不足、生活の激変、授乳や夜間対応による休息の欠如という、心身にとって非常に大きな負荷が一度にかかります。この状況で不調をきたすのは、誰にでも起こりうる自然なことです。
そして、受診は「母親として問題がある」という判定の場ではありません。医師が確認したいのは、あなたがどれくらいつらいか、眠れているか、食べられているか、そのつらさに治療やサポートで軽くできる部分があるか――ということです。むしろ、つらさを抱えたまま無理を続けるより、早めに相談して休息と治療の手立てを整えるほうが、結果として赤ちゃんとの生活を守ることにつながります。
「つらいと言ってもいい」「助けを求めるのは弱さではない」――EPDSという仕組み自体が、そのメッセージを形にしたものだと考えていただければと思います。
授乳中でも治療の相談はできます
受診をためらうもうひとつの理由として、「授乳中だから薬は飲めない。だったら受診しても意味がないのでは」という心配をよくお聞きします。
これについては、次のことを知っておいてください。
- 治療=薬とは限りません。 症状の程度によっては、休息の確保、環境調整、家族の協力体制づくり、カウンセリング的な関わりが中心になることもあります。
- 授乳中でも、薬物療法の選択肢はあります。 薬が必要と判断される場合も、授乳との両立を考慮しながら薬を検討していくのが一般的です。「授乳をやめなければ治療できない」と最初から決まっているわけではありません。
- 授乳を続けたいという希望は、治療方針を考えるうえでの大切な情報です。 遠慮せず、診察で率直にお伝えください。
授乳と薬の考え方については、妊娠中・授乳中の抗うつ薬の記事で詳しく解説しています。
当院での実際
当院(福岡県春日市の精神科・心療内科)では、産後うつをはじめとする周産期のこころの不調のご相談をお受けしています。
初診は問診を含めて30分程度を目安にお時間を取り、症状の経過やご事情を丁寧にお伺いします。受診前にはWEB問診にお答えいただくので、「診察室でうまく話せるか不安」という方も、事前に状況を整理したうえで受診いただけます。予約はWEB予約からお取りいただけます。
なお、ご家族だけでの相談はお受けしておらず、ご本人の受診が基本です。ご本人が受診に同意されたうえでのご家族の同席は可能ですので、「一人で行くのは不安」という方は、パートナーやご家族と一緒にお越しください。
通院を始めた場合は、2週間に一度の通院を基本に、症状や生活の状況を確認しながら治療を進めていきます。授乳や育児との両立に関わるご事情は、診察のなかで遠慮なくご相談ください。
まとめ――高得点は「入口」であって「診断」ではない
EPDS(エジンバラ産後うつ病質問票)は、産後のつらさを早めに見つけて支援につなげるためのスクリーニングであり、高得点=産後うつ病の診断ではありません。一定の点数以上だった場合は、保健師のフォローや医療機関の紹介など、支援につながる流れが用意されています。逆に、点数が低くてもつらさが続いているなら、相談してよい十分な理由になります。
産後数日の涙もろさ(マタニティブルーズ)は自然に落ち着くことが多い一方、2週間を超えて続く落ち込みや不眠は相談のサインです。「母親失格と思われる」という心配は無用ですし、授乳中でも治療の相談はできます。
つらさが強いときは、一人で抱え込まず主治医にご相談ください。命に関わる緊急の場合は、ためらわず救急(119)を利用してください。
当院は福岡県春日市の精神科・心療内科です。「質問票で引っかかったけれど、どこに相談すればいいかわからない」という方の受診もお受けしています。受診をご希望の方は、WEB予約からご都合のよい日時をお選びください。
よくある質問
EPDSで高得点だったら、産後うつと診断されたということですか?
いいえ。EPDS(エジンバラ産後うつ病質問票)はスクリーニング、つまり「つらさを抱えている可能性のある方を早めに見つけるための質問票」であり、診断のための検査ではありません。高得点は「一度きちんと話を聞いたほうがよさそうです」というサインであって、産後うつ病の確定を意味するものではありません。実際に診断が必要かどうかは、医師が症状の内容や経過を丁寧に確認したうえで判断します。
EPDSの点数は低かったのですが、つらいです。相談してはいけませんか?
相談していただいて構いません。質問票はあくまで目安であり、その日の体調や「弱音を書きにくい」という気持ちによって、実際のつらさより低い点数になることもあります。点数にかかわらず、気分の落ち込みや涙もろさ、眠れない、赤ちゃんをかわいいと思えないなどのつらさが続いているなら、それ自体が相談してよい十分な理由です。
赤ちゃんを連れて精神科を受診してもいいのでしょうか?
受診の際にご事情をお伝えください。産後は預け先の確保が難しいことも多く、そうした事情も含めて無理のない受診の形をご相談いただけます。当院の初診は問診を含めて30分程度を目安にしており、受診前にWEB問診でご状況をお伺いしますので、当日は要点を絞ってお話しいただけます。
授乳中ですが、薬を使う治療はできますか?
授乳中でも治療の相談はできます。薬を使うかどうかはまず症状の程度によりますし、薬を使う場合も、授乳との両立を考慮しながら選択肢を検討するのが一般的です。「授乳中だから治療できない」とあきらめる必要はありません。授乳を続けたいというご希望も含めて、診察のなかで一緒に方針を考えていきます。