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連載「大人のADHDガイド」第4回(全9回) 第1回から読む →

はじめに

「気分の落ち込みが続いてうつと言われたけれど、よく考えると昔から忘れ物やケアレスミスが多かった」「不安で受診したのに、根っこにあるのはずっと続いてきた段取りの苦手さかもしれない」——そんなふうに感じたことはありませんか。

大人のADHD(注意欠如・多動症。不注意や落ち着かなさ、衝動性が特徴の特性)の方が、うつや不安と一緒に悩みを抱えるのは、決して珍しいことではありません。むしろ「うつや不安として現れているけれど、その奥にADHDがあった」というケースは、診療の現場でよく経験されます。あなただけが特別なわけではありません

この記事では、ADHDにうつ・不安がなぜ重なりやすいのかを、「失敗体験の積み重ねによる二次障害」という視点からお伝えします。あわせて、うつとして受診して背景のADHDが見つかるパターンや、両方ある場合の治療の考え方についても、患者さんの目線でやさしく整理していきます。

ADHDには、うつや不安が重なりやすい

ADHDの方には、ほかの精神的な不調が一緒に見られることが少なくありません。その代表が、気分の落ち込み(うつ)と不安です。

大人のADHDを対象にした調査では、不安に関する不調や気分の不調を併せ持つ方の割合が高めに報告されています。専門書でも、ADHDのある方はない方に比べて、うつ病を経験する割合が2倍以上高いという調査結果が紹介されています。また、ADHDの特性が強いほど、こうした重なりが起こりやすい傾向も指摘されています。つまり、うつや不安は「ADHDとは関係のない別の問題」というより、ADHDと近いところでしばしば一緒に現れるもの、と考えておくと理解しやすくなります。

大切なのは、これは「気の持ちよう」や「努力不足」ではない、ということです。うつや不安が重なるのには、次にお話しするような仕組みがあります。自分を責める必要はありません。

失敗や叱責の積み重ねが、二次障害につながる

なぜ、ADHDにうつや不安が重なりやすいのでしょうか。鍵になるのが「二次障害」という考え方です。

ADHDの不注意や落ち着かなさは、本人がわざとやっているわけではありません。それでも、周囲から理解されないまま過ごすと、「また忘れ物をした」「どうして集中できないの」と、子どもの頃から繰り返し注意され、叱られる経験が積み重なっていきます。

こうした失敗や叱責が重なると、「自分はダメな人間だ」という自己評価の低下が起こりやすくなります。そこに学習意欲の低下や対人関係のつまずきが加わると、気分の落ち込みや不安、ときに反抗的な態度といった二次的な問題へとつながっていきます。これが「二次障害」と呼ばれるものです。

専門的には、ADHDに伴う不調を、生まれ持った体質に基づく一次的な併存症と、体質と環境(家庭・学校・職場など)との相互作用から生じる二次的な併存症とに分けて考えることがあります。うつや不安の多くは、後者、つまり環境とのやりとりのなかで形づくられていく面を持っています。ただし「環境のせいだけで起こる」わけではなく、もともとの傾向と環境が組み合わさって生じると理解されています。

言いかえれば、「ADHDという土台があり、そこに重なった生きづらさが、うつや不安という形で表れてくる」という構図です。だからこそ、土台にあるADHDに気づくことが、悪循環を断つ手がかりになります

二次障害の中心には「自尊心の低下」がある

児童精神科の専門書では、ADHDの二次障害を考えるうえで自尊心(自己肯定感)の低下が中心的なテーマとして繰り返し取り上げられています。「また失敗した」「どうせ自分にはできない」という感覚が積み重なると、新しいことに挑戦する意欲が下がり、対人関係でも一歩引いてしまいやすくなります。その結果さらに経験の幅が狭まり、自信を取り戻す機会も減っていく——という悪循環です。

裏を返せば、治療や支援の大切な目標のひとつは、この自尊心を回復していくことにあります。専門書でも、治療のゴールは「ADHDの症状を完全になくすこと」ではなく、特性と折り合いをつけながら「まあまあ・ほどほどの自分」で社会に適応し、自分への信頼を取り戻していくことだと述べられています。うつや不安の治療も、この視点とつながっています。

なぜ「大人になってから」目立つのか

「子どもの頃はなんとかなっていたのに、社会人になってから急につらくなった」という方も多くいます。専門書では、大人になってから困りごとが目立つADHDについて、子ども時代から持っていた特性が、就職などの環境の変化で表面化したという説明が最も合理的だとされています。

学生時代は時間割や親のサポートといった枠組みに守られていても、社会に出ると、複数の仕事の同時進行、締め切りの自己管理、あいまいな指示への対応など、ADHDの特性が苦手とする場面が一気に増えます。ここで失敗体験が急増し、うつや不安が引き起こされやすくなるのです。「大人になってから急におかしくなった」のではなく、環境とのミスマッチが表面化したと理解すると、自分を責めずにすみます。

「うつで受診したら、背景にADHDが」というパターン

大人になって初めて受診するとき、多くの方が相談するのは、ADHDそのものではなく、つらい気分や不安です。診察する側も、目の前のうつや不安に目が向きやすくなります。

ここで見落とされやすいのが、子どもの頃から続いてきたADHDの特性です。なぜ見落とされるのかといえば、本人にとって不注意や段取りの苦手さは「子どもの頃から当たり前にあったもの」で、自分の性格の一部のように感じられているからです。そのため、自分から症状として訴えにくいのです。実際に「今回のうつとは関係ないと思っていた」「ミスが多いのは自分の性格だと思っていた」と、後から語られることもあります。

だからこそ、うつや不安で治療を受けている方の背景に、ADHDが隠れていることがあります。これは決して珍しいことではなく、診察を続けるなかで少しずつ見えてくることもあります。

「鑑別か、併存か」という難しさ

ここで診療上、悩ましいのが「鑑別か、併存か」という問題です。

たとえば集中力の低下や落ち着かなさは、うつや不安そのものでも起こります。これらの症状がうつ・不安によるものなのか、それともADHDという別の特性によるものなのかを見分けるのが「鑑別」です。一方で、うつ・不安とADHDが「両方とも」あるのが「併存」です。

この二つは、症状が似て見えることもあり、はっきり線を引くのが難しい場面があります。ひとつの目安は「いつからあるか」です。ADHDの不注意や落ち着かなさは子どもの頃から続いているのに対し、うつや不安による集中力低下は、調子を崩した時期から始まっていることが多いのです。だからこそ、その場の様子(横断的な評価)だけでなく、子どもの頃からの育ちや経過(縦断的な評価)を丁寧にたどることが大切になります。患者さんとしては、「いつ頃から、どんな困りごとがあったか」を思い出せる範囲で伝えていただけると、医師の見立ての助けになります。診断そのものは、こうした情報を総合して医師が行います。

なお、発達障害の診断は「ある・ない」の二択で白黒つけられるものではなく、特性の強さの程度として捉えるもの、という考え方が専門家のあいだで共有されています。チェックリストや心理検査の点数だけで診断が決まるわけではなく、それらはあくまで診察の参考材料です。点数に一喜一憂せず、困りごとが続いているかどうかを軸に考えていただければと思います。

気分の「波」があるとき ― 見逃したくないもうひとつの可能性

もうひとつ、診察で丁寧に確認したいのが、気分の波の性質です。落ち込みの時期だけでなく、「普段より明らかに元気すぎた時期」「眠らなくても平気で動き回れた時期」が過去になかったかどうかです。

そうした時期があった場合、うつ病とは治療の組み立てが異なる気分の病気(双極症)が背景にある可能性を考える必要があります。ADHDの落ち着かなさ・話の止まらなさと、気分が高ぶった状態は表面的に似て見えることがあり、ここでも「一時的な波なのか、子どもの頃からずっと続く特性なのか」という時間軸の視点が見分けの手がかりになります。思い当たることがあれば、聞かれる前でも遠慮なく医師に伝えてください。治療方針に直結する大切な情報です。

うつが軽くなっても残る困りごとから気づく

ADHDに気づくもう一つのきっかけが、「うつ症状が改善しても残る困りごと」です。

うつや不安の治療がうまく進み、気分が上向いてきても、忘れ物の多さ、締め切りに間に合わない、机の上が片づかない、ケアレスミスが続く——こうした困りごとがそのまま残ることがあります。気分の問題が和らいだことで、かえって土台にあるADHDの特性が見えやすくなる、ということです。

また、うつや不安の治療経過が思うように進まないときも、背景にADHDがないかを一度立ち止まって考える意味があります。背景にある特性に気づくと、新しい支援の視点が生まれ、治療が良い方向に動きやすくなることがあるからです。「治療を続けてもなかなか楽にならない」と感じるときは、遠慮なく主治医に相談してみてください。

併存があるとき、治療はどの順番で考える?

ADHDとうつ・不安が両方あるとき、「どちらを先に治療するのか」と気になる方は多いと思います。

順番に決まった正解があるわけではありません。一般的には、その時点で最もつらく、生活への影響が大きい症状から整えていく、という考え方がよく取られます。たとえば、気分の落ち込みや不安が強く日常生活が立ち行かない状態であれば、まずそこを支えることが優先されやすくなります。気分が安定してきてから、あらためてADHDの特性に向き合い、環境の工夫や対処の方法を考えていく、という流れになることもあります。

また、順番を考えるうえでは、先ほど触れた「気分の波」の確認も欠かせません。背景に双極症の可能性がある場合は、うつへの薬の選び方自体が変わってくるからです。だからこそ、治療の入り口での丁寧な見立てが大切になります。

いずれにしても、治療は薬だけでなく、生活環境の調整や、特性とのつき合い方を学ぶことなど、複数の手立てを組み合わせて進めていきます。どこから手をつけ、どんな方針で進めるかは一人ひとり異なります。効果や治る時期を一律に約束できるものではありませんが、主治医と相談しながら、自分に合った進め方を一緒に探していけます。

薬と環境調整は「車の両輪」

ADHDの治療薬について、専門書では「特性そのものを消す薬ではなく、行動が落ち着くことで生活を立て直しやすくする、支えとしての位置づけ」という見方が紹介されています。また、薬物療法と環境調整(働き方や生活の工夫)は対立する選択肢ではなく、組み合わせることで効果が実感されやすくなるとされています。逆に、本人の特性と環境のミスマッチが大きいままだと、薬の効果も感じにくくなるという指摘もあります。

うつや不安が重なっている場合も同じです。気分を支える治療と並行して、失敗体験が積み重なりにくい環境(メモやスマートフォンのリマインダーの活用、仕事の頼まれ方の工夫、周囲の理解など)を整えていくことが、二次障害の再発を防ぐ土台になります。薬をいつまで続けるか、どう減らしていくかも含めて、主治医と相談しながら進めていきます。

受診の目安

以下に当てはまるものがあれば、一度ご相談ください。

  • 気分の落ち込みや不安が続き、日常生活や仕事に支障が出ている
  • うつや不安で治療を受けているが、忘れ物・ケアレスミス・段取りの苦手さがずっと残っている
  • 子どもの頃から不注意や落ち着かなさがあり、「自分の性格」と思って我慢してきた
  • 失敗や叱られた経験が積み重なり、「自分はダメだ」と感じやすい
  • うつや不安の治療がなかなか進まないと感じている

まとめ

ADHDにうつや不安が重なるのは、珍しいことではありません。その背景には、失敗や叱責の積み重ねから自尊心が下がり、二次障害として気分や不安の不調が生じやすくなる、という仕組みがあります。うつや不安として受診し、後から土台のADHDが見つかることもあります。「鑑別か、併存か」の見極めは簡単ではありませんが、子どもの頃からの経過を丁寧にたどることで道が見えてきます。気分の波(元気すぎた時期の有無)も、治療方針を左右する大切な情報です。治療は薬と環境調整の両輪で進め、目指すのは症状ゼロではなく、特性と折り合いをつけながら自分への信頼を取り戻していくことです。一人で抱え込まず、まずは気軽にご相談ください。


参考にした書籍(要約・再構成。原文の転載ではありません):

  • ADHDクロストーク
  • 大人の発達障害ってそういうことだったのか その後
  • 気分症群(講座 精神疾患の臨床)
  • 大人の発達障害 成人精神疾患の背景に潜む神経発達症 ASD ADHD(精神科治療学)
  • ADHDの診断・治療ガイドライン 第4版

よくある質問

ADHDがあると、うつや不安は必ず出てくるのですか?

必ず出るわけではありません。理解のある環境で過ごせれば、うつや不安が重ならないこともあります。ただ、失敗や叱責が積み重なると気分の落ち込みや不安が生じやすくなる傾向は知られており、早めの相談が悪循環を防ぐ助けになります。

うつで通院していますが、背景にADHDがある可能性はありますか?

可能性はあります。うつや不安を主訴に受診し、後から背景にADHDが見つかることは珍しくありません。うつ症状が和らいでも段取りやケアレスミスの困りごとが残る場合は、医師にその点を伝えてみてください。診断は医師が総合的に行います。

ADHDとうつが両方ある場合、どちらから治療するのですか?

一概には決まらず、その時に最もつらい症状や生活への影響が大きいものから整えていくのが一般的な考え方です。順序や方針は一人ひとり異なるため、主治医とよく相談して決めていきます。

気分の波が大きいのですが、うつ以外の可能性もありますか?

あります。落ち込みの時期だけでなく「普段より明らかに元気すぎた時期」「眠らなくても平気で動き回れた時期」がなかったかは、診察で大切な確認事項です。そうした時期の有無で治療の組み立てが変わることがあるため、思い当たることがあれば医師に伝えてください。

子どもの頃の記録がなくても、相談していいですか?

はい。記録が手元になくても大丈夫です。覚えている範囲でのエピソードや、ご家族から聞いた話も手がかりになります。思い出せないことを無理に用意する必要はありません。

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執筆・監修

精神保健指定医 野口晋宏

春日メンタルクリニック院長。精神科・心療内科の診療経験をもとに、受診前の不安や制度の疑問を整理しやすい情報提供を心がけています。

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