はじめに
「もしかして自分はADHD(注意欠如・多動症)かもしれない」と思って受診を考えたとき、多くの方が気になるのが「診断ってどうやって決まるんだろう」ということではないでしょうか。血液検査のように、一回受ければ白黒はっきりするものなのか。長々と話を聞かれるのか。子どもの頃のことまで聞かれると聞いたけれど、よく覚えていない――。そんな不安から、受診そのものをためらってしまう方もいらっしゃいます。
まず知っておいていただきたいのは、こうした不安を感じるのはあなただけではない、ということです。大人になってから初めてADHDかもしれないと気づく方はめずらしくなく、診断の進み方がわからずに戸惑うのは、とても自然なことです。
この記事では、大人のADHDの診断が実際にどのような流れで進むのかを、問診・発達歴や生育歴の聞き取り・心理検査・併存症の確認という段階に分けて、患者さんの目線でわかりやすくお伝えします。なぜ一度の受診で確定しないことがあるのか、なぜ子どもの頃の情報や家族からの話が役立つのか、診断がつかない場合もあること、そして診断を受けることのメリットとデメリットまで、あわせて紹介します。診断は医師が行うものですが、流れを知っておくと、安心して受診の準備ができるはずです。
診断は「テスト一発」では決まりません
最初に、いちばん大切なことをお伝えします。大人のADHDの診断は、何か1つの検査の点数だけで決まるものではありません。
そもそも、ADHDかどうかを確定できる血液検査や脳画像検査は、現在のところ存在しません。診断の手引きを定めた専門書でも、ADHDに固有の医学的・神経学的な検査指標は特定されていない、とはっきり述べられています。血液検査や脳の検査が行われることはありますが、それは甲状腺の病気などADHDに似た状態を引き起こす身体の問題を除外したり、ほかの可能性を確かめたりするためです。
また、ADHDの特徴である「不注意」「多動」「衝動性」といった症状は、実はADHDだけに見られるものではなく、疲れているときや、うつや不安があるとき、ほかのさまざまな状況でも現れることがあります。つまり、症状そのものを見るだけでは、それがADHDによるものなのかどうかを言い当てるのは難しいのです。
そのため医師は、いまの困りごとの聞き取り、子どもの頃からの様子、必要に応じた心理検査、そしてほかの病気との見分けといった複数の情報を集め、組み合わせて総合的に判断します。一つひとつの情報はパズルのピースのようなもので、そろって初めて全体像が見えてきます。診断の手順が少し回り道に感じられるとすれば、それは一つの数字に頼らず、慎重に判断するためなのです。
診断のよりどころ ― 症状の数だけでは決まらない理由
医師が診断に用いるのは、国際的な診断基準(DSM-5)です。細かい内容を覚えていただく必要はありませんが、「症状の数」以外に何が確認されるのかを知っておくと、問診で聞かれることの意味がわかりやすくなります。おおまかにいうと、次のような点が確認されます。
- 症状が一定の数そろっているか。不注意の症状群と、多動性・衝動性の症状群があり、大人(17歳以上)では各9項目のうち5つ以上が目安とされています
- その状態が半年以上続いているか。一時的な不調ではないことを確かめます
- 症状のいくつかが12歳になる前から見られていたか。生育歴が重視されるのはこのためです
- 家庭と職場など、2つ以上の場面で症状が見られるか。特定の場面だけの困難は、環境や相性の問題である可能性も考えます
- 症状によって生活に明らかな支障が出ているか。特性があっても、生活が回っていれば「診断すべき状態」とは限りません
- ほかの病気ではうまく説明できないか。うつや不安、その他の状態のほうが実態に合う場合もあります
こうして見ると、「チェックリストで何個当てはまったか」は、確認事項のごく一部にすぎないことがおわかりいただけると思います。症状の数に加えて、期間・始まった時期・場面の広がり・生活への影響・ほかの説明の可能性という複数の軸で確かめるからこそ、時間をかけた聞き取りが必要になるのです。
問診で聞かれること
診断の出発点になるのが問診、つまり医師との対話です。ここでは主に、いま現在どんなことに困っているのかをお聞きします。
たとえば、忘れ物やうっかりミスが多い、締め切りや約束を守るのが苦手、片づけが続かない、じっとしているのがつらい、つい思いついたことを口に出したり行動に移したりしてしまう――こうした具体的なエピソードを伺います。あわせて、それが仕事や家事、人づきあいなどの生活にどのくらい影響しているのか、いつ頃から続いているのかも大切な手がかりになります。
大人の場合は、仕事の内容や環境が変わったタイミングも重要な話題になります。昇進して管理する仕事が増えた、転職や異動で段取りを求められるようになった、結婚や出産で同時にこなす家事・育児が増えた――こうした「求められる役割が増えた時期」に、それまで何とかなっていた困りごとが表面化することが少なくないと専門書でも指摘されています。「いつから、何がきっかけで困り始めたか」は、ぜひ思い出しておいていただきたいポイントです。
ADHDの診断では、症状があるというだけでなく、その症状によって生活に支障が出ていることが重視されます。ですので、「困っていることを具体的に、思い出せるだけ話す」ことが何よりの準備になります。うまくまとめて話せなくても心配はいりません。エピソードは断片的でもかまいません。医師が整理しながら聞いていきます。
子どもの頃からの発達歴・生育歴が重視される理由
大人のADHDの診断で特徴的なのが、子どもの頃からの様子、いわゆる発達歴や生育歴をていねいに伺う点です。「大人の悩みなのに、なぜ昔のことを?」と思われるかもしれません。
これには理由があります。ADHDは生まれ持った特性が関係する発達の特性であり、大人になって突然始まるものではないと考えられています。専門家の間でも、大人になってから目立ってきたADHDは「子どもの頃から潜在していた特性が、就職などの環境の変化で表面化したもの」と考えるのが最も自然だとされています。そのため診断にあたっては、症状のいくつかが12歳になる前から見られていたかどうかを確認することが、とても重要になります。
子どもの頃の様子として話題になりやすいのは、たとえば次のようなことです。学校で忘れ物や宿題のやり残しが多かったか。授業中に席を立ったり、おしゃべりが目立ったりしたか。順番を待つのが苦手だったか。時間ぎりぎりの行動や先延ばしがなかったか。思い当たることがあれば、メモしておくと問診がスムーズです。
ここで一つ知っておいていただきたいことがあります。大人になってからの困りごとだけを切り取って見ると、うつや不安など別の状態と区別がつきにくいことがあります。だからこそ、子どもの頃まで時間をさかのぼって様子を確認することで、「もともとの特性によるものなのか」「あとから生じた状態なのか」を見分けやすくなるのです。昔のことを聞かれるのは、過去を詮索するためではなく、あなたの全体像を正しくとらえるためだと考えていただければと思います。
なお、知的な能力が高い方ほど、子どもの頃は自分なりの工夫や努力で特性を目立たなくできていて、「学校では特に問題なかった」と記憶していることもあります。周囲から見えていなかっただけで、本人は人知れず苦労していた、というケースです。「子どもの頃は普通だったから違うはず」と自己判断で受診を見送らず、困りごとがあるならまず相談していただければと思います。
過去の記録や家族からの話が役立ちます
とはいえ、子どもの頃のことを細かく覚えている方は多くありません。そこで役立つのが、過去の客観的な情報です。
たとえば、小学校時代の通知表には「忘れ物が多い」「落ち着きがない」といった先生からの記述が残っていることがあります。母子手帳や成績表、当時の連絡帳なども、当時の様子を知る手がかりになります。こうした記録は、記憶だけに頼らずに昔の状況を確認するうえで、大きな助けになります。
また、ご家族など昔のあなたをよく知る人からの話も、とても貴重な情報です。診断の手引きでも、本人の自己申告だけに頼らず、可能なら親やきょうだい、配偶者など周囲の人から客観的な発達歴を得ることが推奨されています。大人になってから一人で受診される方が多いのですが、その場合、子どもの頃の客観的な様子を本人だけで思い出すのは難しいものです。可能であれば、ご両親やきょうだい、あるいは現在の生活をよく知る配偶者やパートナーなどに、当時や普段の様子を尋ねておいていただけると、診断の精度を高める助けになります。本人の感じ方と周囲から見た様子の両方がそろうと、より立体的に状況をとらえることができます。
心理検査や質問紙の位置づけ
「ADHDの検査」と聞くと、何か専用のテストで一気に判定できるイメージを持つ方もいるかもしれません。実際、CAARS(カーズ)と呼ばれる成人向けの質問紙など、症状を整理するための検査がいくつかあります。インターネット上で見かけるASRSなどのセルフチェックも、この仲間です。
ただし、こうした質問紙や心理検査は、あくまで診断を補助するための道具です。点数が高いから即ADHD、低いから違う、というように、数字だけで診断を決めるものではありません。とくにセルフチェックは「受診を考えるきっかけ」としての位置づけであり、それ自体が診断になるものではないと専門書でも明確にされています。検査の結果は、医師が問診や発達歴とあわせて全体を判断するための材料の一つとして使われます。
知能検査(WAISなど)が行われることもあります。これもADHDかどうかを判定するための検査ではなく、注意や記憶、作業の速さといった認知の特性、つまりあなたの得意・不得意のパターンを知り、今後の生活の工夫や支援につなげるために使われるものです。
心理検査には、症状の傾向を客観的に整理できる、本人も気づいていなかった特徴に光を当てられる、といった利点があります。一方で、検査だけで結論を出すのは適切ではないとされており、医師は複数の情報と照らし合わせながら慎重に解釈します。検査を受けること自体に身構える必要はありません。あくまで、あなたの状態を多角的に知るための一つのステップだととらえてください。
うつ・不安など、ほかの病気との見分けも同時に
診断の過程では、ADHDかどうかを確かめるのと同時に、うつや不安をはじめとするほかの状態との見分け(鑑別)や、あわせて起きていないか(併存症)の確認も行われます。
大人のADHDでは、うつや不安、その他の不調を一緒に抱えていることがめずらしくないと指摘されています。むしろ、最初は気分の落ち込みや不安などをきっかけに受診し、よく話を聞いていく中でADHDの特性が見えてくる、ということもあります。逆に、甲状腺の病気など体の状態がADHDに似た様子を引き起こしていることもあるため、必要に応じて体の面の確認が行われることもあります。
また、双極性障害(気分の波)の状態はADHDの多動性・衝動性と表面的に似ることがあり、ASD(自閉スペクトラム症)の特性とADHDの特性は重なって存在することもあります。同じ「落ち着かない」「集中できない」でも、背景が違えば対応も変わるため、医師は横断面の症状だけでなく、子どもの頃からの経過という時間軸もあわせて見分けていきます。ADHDとASDの違いについては、大人のADHDとASDはどう違うのかで詳しく解説しています。うつや不安との関係は大人のADHDとうつ・不安の関係もご覧ください。
こうした見分けや併存の確認が必要なのは、それによって今後の対応の方向性が変わってくるからです。同じ「困りごと」でも、背景に何があるかによって、すすめられるサポートは違ってきます。医師がいくつもの可能性を検討するのは、あなたにとって本当に役立つ道筋を見つけるためです。
診断がつかない場合もあります
ここまでの流れを経ても、「ADHDの診断基準は満たさない」という結論になることがあります。これも、知っておいていただきたい大切なことの一つです。
たとえば、症状はあるものの数や場面の広がりが基準に届かない場合や、うつや不安、生活環境の問題のほうが困りごとをよく説明できる場合です。専門家の間では、過剰診断(本当は違うのにADHDとしてしまうこと)と過小診断(本当はADHDなのに見逃すこと)の両方に注意すべきだとされており、基準を満たさないのに診断名をつけないのは、誠実な判断の表れでもあります。
ただし、診断がつかないことは「困っていない」という意味ではありません。基準に満たなくても困難の大きい状態があることは専門書でも認められており、いわゆる「グレーゾーン」と呼ばれる状態に相当します。その場合も、生活の工夫や環境調整、併存する不調の治療など、できることはあります。また、発達の特性に関する診断は一度で固定されるものではなく、経過の中で見え方が変わり、あとから診断に至ることもあります。診断の有無にかかわらず、困りごとがある限り相談を続けていただいてかまいません。
診断を受けることのメリット・デメリット
「診断を受けるべきかどうか」自体を迷っている方も多いと思いますので、考える材料を整理しておきます。
メリットとしては、まず、長年の困りごとに説明がつくことが挙げられます。「怠けや性格の問題ではなく、特性によるものだった」とわかることで、自分を責める気持ちが軽くなる方は少なくありません。また、診断がつくことで、特性に合った治療(環境調整・生活の工夫・必要に応じた薬物療法)を検討できるようになり、職場に配慮を求めたり、各種の支援制度を利用したりする際の土台にもなります。
デメリット・注意点としては、診断名がつくこと自体への心理的な抵抗や、職場などへ伝えるかどうかという新たな悩みが生じうることがあります。診断を誰に、どこまで伝えるかは自分で選べることであり、伝える義務はありません。専門誌でも、診断やその告知は本人にとって有益な場合に行うべきだという考え方が示されており、医師も「診断をどう活かすか」を本人と一緒に考えていきます。
大切なのは、診断はゴールではなく、自分の特性を理解し、生活を楽にしていくための出発点だということです。診断の先にある治療や支援については、大人のADHDの精神科の使い方や環境調整から始めるADHDへの対処も参考にしてください。
診断までに時間がかかることがあります
ここまで読んでお気づきかもしれませんが、大人のADHDの診断は、集めるべき情報が多く、初回の受診だけでは確定しないことも少なくありません。
子どもの頃の記録を探したり、ご家族に話を聞いたり、ほかの病気の影響を確かめたりするには、ある程度の時間が必要です。複数回にわたって受診し、少しずつ情報を重ねていくこともあります。すぐに答えが出ないと不安になるかもしれませんが、それは雑に決めないための、むしろ誠実なプロセスだと考えていただければと思います。
受診の際は、次のようなものを用意しておくと診断がよりスムーズに進みます。
- 現在困っていることの具体的なメモ(いつから、どんな場面で、どのくらいの頻度か)
- 思い出せる範囲での子どもの頃の様子(忘れ物、宿題、授業中の様子など)
- 通知表や母子手帳、成績表など手元にある過去の記録
- 可能であれば、家族など昔のあなたを知る人からの話
なお、最終的な診断は医師が総合的に判断して行いますので、すべてを完璧にそろえる必要はありません。できる範囲で準備していただければ十分です。
受診の目安
以下のようなことに心当たりがあれば、一度ご相談を検討してみてください。
- 不注意やうっかりミス、忘れ物などが多く、仕事や生活に支障を感じている
- 子どもの頃から、似たような「困りごと」がずっと続いている気がする
- 昇進・転職・結婚・出産など、役割が増えたタイミングで急に困りごとが目立つようになった
- うつや不安で治療を受けているが、なかなかすっきりしない
- 「自分はADHDかもしれない」と思いつつ、診断の進み方がわからず受診をためらっている
- 過去の記録や家族の話から、子どもの頃の様子に思い当たる点がある
大人のADHDの特徴そのものについては、大人のADHDの3つの特徴で詳しく解説しています。
まとめ
大人のADHDの診断は、1つの検査だけで決まるものではなく、問診・発達歴や生育歴の聞き取り・心理検査・ほかの病気との見分けといった複数の情報を、医師が組み合わせて総合的に判断します。ADHDを確定できる血液検査や脳画像検査は現在のところなく、症状の数だけでなく、12歳以前からの経過、複数の場面での様子、生活への影響といった複数の軸で確かめていきます。子どもの頃の様子を確認するのは、あなたの全体像を正しくとらえるためであり、通知表や母子手帳、家族からの話が大きな助けになります。
診断までに時間がかかったり、一度では確定しなかったり、結果として診断がつかなかったりすることもありますが、それは慎重に、ていねいに進めている証です。診断がつく・つかないにかかわらず、困りごとへの対応は一緒に考えていくことができます。流れを知っておけば、必要以上に不安にならずに受診の準備ができます。気になることがあれば、抱え込まずに、まずは一度ご相談ください。
参考にした書籍(要約・再構成。原文の転載ではありません):
- ADHDの診断・治療ガイドライン 第4版
- ADHDクロストーク
- 大人の発達障害 成人精神疾患の背景に潜む神経発達症(精神科治療学)
- 大人の発達障害ってそういうことだったのか
よくある質問
ADHDは検査だけで診断できますか?
1つの検査の点数だけで決まるものではありません。ADHDを確定できる血液検査や脳画像検査は、現在のところありません。問診、子どもの頃からの様子、心理検査、ほかの病気との見分けなど、複数の情報を医師が組み合わせて総合的に判断します。
初診で診断は確定しますか?
確定しないことも少なくありません。子どもの頃の情報を集めたり、ほかの病気の影響を確かめたりするのに時間がかかるためで、慎重に進めるのはむしろ自然なことです。
受診の前に準備しておくとよいものはありますか?
通知表や母子手帳など子どもの頃の様子がわかる記録、現在困っていることのメモ、可能であれば家族など昔を知る人の話があると、診断の助けになります。
子どもの頃のことをあまり覚えていません。診断は受けられますか?
はい、受けられます。記憶があいまいでも、過去の記録やご家族からの話で補える場合があります。覚えている範囲で問題ありませんので、安心してご相談ください。
質問紙の点数が高かったらADHDということですか?
質問紙はあくまで補助的な道具で、点数だけでは診断は決まりません。結果は、医師がほかの情報とあわせて判断するための材料の一つとして使われます。
診断基準を満たさないと言われました。困りごとは相談できませんか?
できます。診断がつかなくても困りごとが存在することに変わりはなく、生活の工夫や環境調整、併存する不調の治療など、できることはあります。経過をみる中で診断の見方が変わることもあります。