はじめに
「お酒の量がどうしても減らせない」「気づくとスマホのゲームや課金が止まらない」「ネット通販でつい買いすぎて、後で請求書を見て青ざめる」。頭では「いけない」とわかっているのに、同じ行動を繰り返してしまう。そのたびに「自分はだらしない」「意志が弱い」と責めてしまう——大人になってADHD(注意欠如・多動症)の傾向に気づいた方の中には、こうした悩みを抱えている方が少なくありません。
実は、ADHDの特性と、アルコールやゲーム、買い物などの「依存(嗜癖)」のあいだには、重なりやすい関係があることが知られています。これはあなたの人格の問題ではなく、脳の働き方の特性が関わっている部分があるのです。同じように苦しんでいる方はたくさんいて、あなただけではありません。
この記事では、なぜADHDと依存が結びつきやすいのか、その理由を衝動性・報酬系の特性・「自己治療」という3つの視点からやさしく解説します。あわせて、気づきにくいサイン、本人を責めない関わり方、相談の入り口についてもお伝えします。
ADHDと依存(嗜癖)は重なりやすい
まず「嗜癖(しへき)」という言葉から説明します。嗜癖とは、悪い結果を招くとわかっていながら、その行動をやめられず強迫的に続けてしまう状態のことです。英語ではアディクションと呼ばれ、アルコールや薬物のような「物質」への依存だけでなく、ギャンブルやゲームのような「行動」への依存も含まれます。
ADHDのある方には、こうした依存・嗜癖の問題が重なりやすいことが、専門家のあいだで指摘されています。たとえば成人のADHDでは、不安や気分の落ち込み、衝動のコントロールの問題などと並んで、アルコールや薬物といった物質使用の問題が併存しているケースが報告されています。
ただし、ここで大切なのは、「ADHDだから必ず依存になる」という意味ではないことです。あくまで重なりやすい傾向があるというだけで、特性をどう理解し、どう支えていくかによって経過は大きく変わります。児童精神科医らの対談をまとめた『ADHDクロストーク』という書籍でも、ADHDの経過は本人の能力や特性に合った環境が用意されているかどうかに大きく左右されると語られています。依存の重なりやすさも「決まった運命」ではなく、環境と支えによって変わりうるものです。
衝動性と「刺激の求めやすさ」が依存と結びつく
では、なぜ重なりやすいのでしょうか。背景には、ADHDの代表的な特性である「衝動性」と、「報酬(うれしさ・快感)の求め方」の特性があります。
「いま欲しい」が強く出やすい
ADHDの特性の一つに衝動性があります。「思いついたことを、よく考える前に行動に移してしまいやすい」傾向です。お酒やゲーム、買い物のように、その場ですぐ快感が得られる行動は、衝動性が高いほど手を出すハードルが下がります。また、ストレスがかかった場面で「これは後で困るかもしれない」と立ち止まる働きが利きにくいことも、依存的な行動につながりやすい要因と考えられています。
報酬の感じ方の特性
もう一つが、脳の「報酬系」と呼ばれる仕組みです。報酬系は、うれしいことがあったときに快感を生み出す脳の働きで、ドパミンという物質が関わっています。ADHDの成り立ちを説明する仮説の中でも、段取りや我慢に関わる「実行機能」の働きにくさと並んで、この報酬系の働き方の特性は重要な柱の一つとされています。ADHDのある方では、ちょっとした出来事では満足を得にくく、より強い刺激でないと快感を得られにくい場合があることが示されています。
その結果、「将来の大きな得」よりも「いますぐの小さな快感」を選びやすい傾向につながると説明されています。お酒の酔い、ゲームの達成感や課金、買い物の高揚感は、まさに「いますぐ手に入る強い刺激」です。アルコールや薬物だけでなくギャンブルやゲームも依存の対象になるのは、これらが脳の報酬系を似たように刺激するためと考えられています。
つまり、依存しやすいのは「だらしないから」ではなく、刺激や快感の感じ方という特性が関わっている部分があるのです。
「自己治療」として依存に向かうこともある
依存というと「快楽を求めた結果」と思われがちですが、依存症の専門家のあいだでは別の見方が重視されています。「自己治療仮説」と呼ばれる考え方で、依存の本質は快楽の追求(気持ちよくなりたい)ではなく、「つらさをやわらげようとした結果」(苦痛を消したい)だととらえるものです。実際、依存の問題を抱える方の中には、物質を使い始める前からすでに不眠や不安、気分の落ち込みなどで精神科にかかっていた方が少なくないことが、国内の調査でも報告されています。
ADHDの特性があると、仕事や対人関係でうまくいかず、注意される経験を重ねたり、孤立感や自己否定を抱えたりしやすくなります。そうした心のつらさを、お酒やゲーム、買い物で一時的にまぎらわせているうちに、いつのまにかやめられなくなっている——こうした道すじをたどる方は珍しくありません。本人にとってお酒やゲームは、単なる娯楽ではなく「つらいときに頼れる相棒」のような存在になっていることがあるのです。
孤立が依存を深める
依存と孤立の関係を示す有名な動物実験があります。狭い檻に1匹きりで置かれたネズミは薬物入りの水を大量に飲み続けたのに対し、仲間と一緒に広い環境で暮らすネズミはほとんど飲まなかった、という実験です。ここから、依存症の研究者は「依存症とは、安心して人に頼れないことの病」という見方を提示しています。
ADHDのある方は、失敗経験の積み重ねから「人に相談しても責められるだけだ」と感じ、悩みを一人で抱えやすくなります。人に頼れないぶん、お酒やゲームという「確実に応えてくれるもの」への頼りが強くなる——この悪循環こそが、依存を深める大きな要因と考えられます。
この視点に立つと、依存は「弱さ」ではなく、本人なりに苦しさをしのごうとしてきた歴史として理解できます。だからこそ、行動だけを叱るのではなく、その奥にあるつらさに目を向けることが大切になります。
依存が前面に出て、ADHDが見落とされる
注意したいのは、依存の問題が目立っていると、その背景にあるADHDの特性が見落とされやすいという点です。
お酒や買い物のトラブルが大きくなると、まずはその問題への対応が中心になります。本人も周囲も、そのさらに奥にADHDの特性があることには気づいていないことが多いのです。ADHDかどうかを見極めるには、いまの状態だけでなく子どもの頃からの様子を知ることが必要ですが、依存の問題を抱えている場合、ご家族と疎遠になっていたり、過去の情報がうまく集められなかったりして、特性が見えにくくなることもあります。
それでも、子どもの頃の困りごとを丁寧に振り返ることで、「忘れ物や不注意が多かった」「じっとしているのが苦手だった」といった特性が浮かび上がり、いまの困りごととのつながりが見えてくる場合があります。依存とADHDの両方を視野に入れて見ていくことが、理解の助けになります。なお、診断は医師が総合的に判断して行います。
生活への影響に気づくサイン
依存は、本人も気づかないうちに生活へ少しずつ影響を広げていきます。次のようなことが続いていれば、一度立ち止まって相談を考える目安になります。
- お酒・ゲーム・買い物などを「減らそう」と思ってもうまくいかない
- 課金や買い物で出費が重なり、借金やお金のやりくりに困っている
- やめようとすると落ち着かず、つい再び手を出してしまう
- 仕事や家事、約束に支障が出はじめている
- 家族との言い争いが増え、隠れて続けるようになっている
- それをしていないと、強い物足りなさやイライラを感じる
これらは責められるべきサインではなく、「支えが必要かもしれない」というお知らせです。
また、依存症の臨床では、再発しやすい危険な状態を表す「H.A.L.T.(ハルト)」という合言葉が知られています。Hungry(空腹)・Angry(怒り)・Lonely(孤独)・Tired(疲労)の頭文字で、この4つがそろっているときほど、お酒やゲームに手が伸びやすくなるという経験則です。ADHDのある方は、食事や睡眠のリズムが乱れやすく、対人関係のストレスも抱えやすいため、知らないうちにこの状態に入りやすいといえます。「最近、空腹・イライラ・孤独・疲れが重なっていないか」と自分の状態を振り返ることは、シンプルですが実用的なセルフチェックになります。
「責めない」関わり方が回復の入り口になる
ご家族や身近な方にとって、本人の飲酒やゲーム・買い物を見ているのはつらいものです。「いいかげんにして」「意志が弱い」と言いたくなる気持ちは自然なことです。しかし、依存症の支援の現場では、責めることは回復を遠ざけやすいことが繰り返し指摘されています。
依存症の治療・支援の分野では、「行動そのものの是非をまず問うのではなく、その行動から生じる困りごと(健康・お金・人間関係への悪影響)を減らすことから始める」という考え方が国際的に知られています(ハームリダクションと呼ばれます)。もちろんこれは飲酒や使用を容認するという意味ではありません。ここで参考になるのは、「まずやめることを約束させる」のではなく「責めずに、話せる関係を保つ」ことを優先するという発想です。
- 「やめるか、やめないか」を迫るのではなく、「最近どう? 困っていることはない?」と困りごとから話を聞く
- 「やめられない」と本人が口にできたら、それを反省不足と責めるのではなく、正直に話せたこと自体を回復への一歩として受け止める
- 隠れて続ける状態より、オープンに話せる状態のほうが、支援につながりやすい
依存症の当事者支援の現場には、「自立とは頼れる先を増やしていくこと」という考え方があります。お酒やゲームという「たった一つの頼り先」に集中している状態から、人・場所・活動など複数の頼り先へ少しずつ分散していくこと——それが回復の方向性だとされます。ご家族が「責めない話し相手」の一人でいてくれることは、その第一歩として大きな意味を持ちます。
そのうえで、ご家族だけで抱え込む必要はありません。本人の受診に同意が得られれば、診察への同席は可能です。なお、当院ではご家族のみの相談はお受けしていません。本人が受診できない場合は、公的相談先または受診予定の医療機関へお問い合わせください。
受診の目安と、当院でできること
以下に当てはまることがあれば、相談を検討してみてください。
- お酒・ゲーム・買い物などを自分の意志でやめられない、減らせない
- 借金やお金のやりくり、仕事や家庭への影響が出はじめている
- 子どもの頃から不注意・衝動性・落ち着きのなさで困ってきた
- 「だらしない自分」を責め続けて、つらさが続いている
- やめようとしても、また手を出してしまう状態を繰り返している
「これくらいで相談していいのか」と迷うときこそ、早めに専門家に話してみることをおすすめします。
当院では、大人のADHDの評価・診断や、背景にある気分の落ち込み・不安・不眠などのご相談をお受けしています。依存的な行動の背景にADHDの特性やこころのつらさが隠れていないかを、一緒に整理していくことができます。
一方、アルコール依存症単体のご相談は当院ではお受けしておらず、ご自身で専門外来(専門医療機関)をお探しいただくことになりますが、紹介状(診療情報提供書)は必要に応じて作成します。依存症の専門的な治療プログラム(減酒・断酒の治療、集団療法など)が必要な場合は、それを専門とする医療機関での治療が適しています。「自分の場合はどこに相談すべきかわからない」というときは、お住まいの地域の専門医療機関や、すでに通院先がある方は主治医にお問い合わせください。
なお、大量飲酒後の意識障害やけいれんなど、症状が急変して危険が差し迫っている場合は、ためらわず救急(119番)を利用してください。すでに通院中の方は、日頃の変化を主治医に相談してください。
まとめ
大人のADHDと、アルコール・ゲーム・買い物などの依存(嗜癖)には、重なりやすい関係があります。その背景には、衝動性や報酬系という脳の特性に加えて、つらさをまぎらわそうとする「自己治療」の側面、そして「安心して人に頼れない」孤立の問題があり、けっして意志の弱さだけの問題ではありません。
依存が目立っていると、その奥にあるADHDの特性は見落とされがちです。だからこそ、本人を責めず、特性として理解したうえで、依存とADHDの両方を視野に入れて相談していくことが大切です。頼れる先を一つずつ増やしていくことが、回復への確かな一歩になります。気になることがあれば、どうぞお気軽にご相談ください。
参考にした書籍(要約・再構成。原文の転載ではありません):
- ADHDクロストーク
- ハームリダクションとは何か ―薬物問題に対する、あるひとつの社会的選択―
- 薬物・アルコール依存症からの回復支援ワークブック
よくある質問
ADHDがあると、お酒やゲームの依存になりやすいのですか?
ADHDの方に、アルコールやゲーム、買い物などの依存(嗜癖)が重なりやすい傾向は指摘されています。ただし全員がそうなるわけではなく、特性をどう支えるかで経過は変わります。心配なときは早めにご相談ください。
依存があると、ADHDは見つかりにくいのですか?
依存の問題が前面に出ると、その背景にあるADHDの特性が見落とされやすくなります。子どもの頃からの困りごとを振り返ることで、特性に気づける場合があります。診断は医師が行います。
本人に『やめなさい』と言うのは逆効果でしょうか?
責めたり意志の弱さのせいにしたりすると、本人がさらに孤立しやすくなります。特性として理解し、安心して話せる関係をつくることが回復の支えになります。
ADHDの治療をすれば、依存も自然になくなりますか?
一概には言えません。依存とADHDはそれぞれにケアが必要で、両方を視野に入れて取り組むことが大切です。背景にあるつらさへの手当てを含めて、医師と相談しながら進めていきます。
アルコール依存症の治療は受けられますか?
当院ではアルコール依存症単体のご相談はお受けしておらず、ご自身で専門外来(専門医療機関)をお探しいただくことになりますが、紹介状(診療情報提供書)は必要に応じて作成します。ADHDの評価や、背景にある気分の落ち込み・不安などのご相談は当院で承ります。