福岡県春日市須玖北4丁目34 2階
休診日: 水曜・木曜・日曜・祝日

昇進が決まった。栄転の辞令が出た。何年もかけたプロジェクトをやり遂げた――。周囲からは「おめでとう」と言われ、自分でも喜ぶべきだと分かっている。それなのに、なぜか眠れない。気分が晴れない。朝、会社に向かう足が重い。

「こんなにありがたい話なのに、つらいなんて言えない」。そう感じて、誰にも打ち明けられないまま無理を重ねている方は、実は少なくありません。

昇進や大きな達成のあとに心身の不調が現れる状態は、「昇進うつ」「荷下ろしうつ」といった呼び方で知られています。この記事では、なぜ「おめでたい出来事」の後につらくなるのか、そのメカニズム、適応障害・うつ病との関係、そして精神科・心療内科で相談できることを、福岡県春日市の精神科・心療内科の視点からお伝えします。

「おめでたい出来事」も、心には大きな負荷になります

私たちはつい、ストレスというと「嫌な出来事」を思い浮かべます。しかし、心身への負荷という意味では、良い出来事による環境の変化も立派なストレスになることが知られています。結婚や引っ越しがそうであるように、昇進・栄転もまた、生活と役割が大きく変わるライフイベントです。

昇進の場合、次のような変化が一度に押し寄せます。

  • 役割の変化:自分の仕事をこなす「プレイヤー」から、人を動かし成果に責任を持つ「管理職」へ。求められる能力の質そのものが変わります
  • 責任の増加:自分の失敗だけでなく、部下の失敗や部署の数字にも責任を負う立場になります
  • 人間関係の変化:昨日まで同僚だった人が部下になり、気軽な雑談や愚痴の相手を失います。上司と部下の板挟みになることもあります
  • 相談相手の喪失:「管理職が弱音を吐くわけにはいかない」と感じ、社内で本音を話せる相手がいなくなりがちです
  • 異動・転勤を伴う場合:栄転では、住環境や単身赴任など生活基盤の変化まで重なります

一つひとつは乗り越えられそうでも、これだけの変化が同時に起これば、心身が悲鳴を上げても不思議ではありません。プレイヤーとして優秀だった方ほど、「できて当然」という期待と自負の間で追い詰められやすい面もあります。

「喜ぶべきなのにつらい」と言えない構造

昇進後の不調には、他のストレスにはない特有のつらさがあります。それは、つらさを口に出しにくいという構造です。

  • 周囲は祝福ムードで、「せっかく評価されたのに」と水を差すようで言い出せない
  • 「昇進がつらいなんて、贅沢な悩みだ」と自分で自分を責めてしまう
  • 弱音を吐けば「管理職の器ではない」と評価が下がるのではと不安になる
  • 家族にも「喜んでくれているのに、心配をかけられない」と隠してしまう

こうして、不調のサインが出ているのに誰にも相談できず、一人で抱え込んだまま悪化しやすいのが、昇進うつの怖いところです。「眠れないのは慣れの問題」「そのうち軌道に乗るはず」と頑張り続け、限界まで来てから受診される方が少なくありません。

荷下ろしうつ――大きな仕事を終えた後の虚脱

もうひとつ、似たタイミングで起こる不調に「荷下ろしうつ」と呼ばれる状態があります。

長期間の大きなプロジェクトをやり遂げた後、責任ある役職を退いた後、介護や子育てが一段落した後など、長く背負ってきた荷物を下ろした途端に、気分が沈み、何もする気になれなくなる状態です。燃え尽き症候群と重なる部分もあります。

張りつめている間は、緊張感が心身を支え、疲労を感じにくくさせています。ところが目標を達成して緊張がゆるむと、それまで蓄積していた疲労が一気に表面化する――そんなメカニズムが考えられています。「あんなに頑張れたのに、今は何もできない」「達成感があるはずなのに空しい」と、落差に戸惑う方が多いのが特徴です。

昇進うつと荷下ろしうつは、「大きな出来事の後」「喜ばしいはずのタイミング」で起こるという共通点があります。どちらも、周囲からは順風満帆に見えるぶん、不調が見過ごされやすい状態です。

適応障害・うつ病との関係

医学的には、昇進うつ・荷下ろしうつという正式な診断名があるわけではありません。実際の診断としては、適応障害うつ病にあたることが多いとされています。

適応障害は、はっきりしたストレス因(この場合は昇進や役割の変化)に反応して、気分の落ち込みや不安、不眠、出勤時の動悸などが現れ、生活や仕事に支障が出ている状態です。ストレス因との関係が明確で、環境の調整によって改善が期待しやすいという特徴があります。

一方、不調が長引き、何をしても気分が晴れない、興味や喜びを感じられない、食欲や体重が変化する、自分を責める考えが止まらないといった状態が2週間以上続く場合は、うつ病に進んでいる可能性があります。うつ病になると、環境を調整するだけでは回復しにくく、しっかりとした治療と休養が必要になることがあります。

適応障害の段階で対処できるか、うつ病まで進んでから受診するかで、回復までの道のりは変わってきます。「まだ大丈夫」と思ううちの相談が、結果的に近道になることが多いのです。

なお、強い疲労感、動悸、めまいなどの体の症状が目立つ場合は、甲状腺の病気など身体の病気が隠れていることもあります。体の症状が強いときは、内科など体の側の評価もおろそかにしないことが大切です。

精神科・心療内科でできること

「病院に行くほどではない」「行ったら休職させられるのでは」と心配される方もいますが、受診がそのまま休職に直結するわけではありません。診察では、状態と状況に応じて次のようなことを一緒に考えます。

状態の評価と整理

いまの不調が、環境変化への一時的な反応なのか、適応障害やうつ病として治療が必要な段階なのかを評価します。「自分が弱いだけだと思っていたが、状態に名前がつき、対処の道筋が見えて楽になった」と話される方は多くいらっしゃいます。

働きながらの治療

通院しながら働き続ける方はたくさんいます。睡眠の立て直し、不安や落ち込みへの対処、考え方の整理などを、仕事を続けながら進めていきます。必要に応じてお薬による治療を検討することもあります。

職場との調整の相談

業務量の調整、サポート体制についての上司や人事への相談の仕方など、環境側の調整も一緒に考えます。昇進を受けた後でも、職場と相談してとれる方法は意外とあります。

休職という選択肢

状態によっては、いったん仕事から離れて回復に専念する休職が必要になることもあります。休職が必要と判断される場合、当院では休職診断書を1か月毎に作成し、経過を診ながら次の期間を判断していきます。休職は「脱落」ではなく、長く働き続けるための治療上の選択肢のひとつです。制度の概要は休職についてのページにまとめています。

日常でできる工夫

受診と並行して、あるいはまだ受診を迷っている段階でも、次のような工夫が助けになることがあります。

  • 「良い変化もストレスになる」と知っておく:つらさを「甘え」と切り捨てず、大きな環境変化の最中にいるのだと認めるだけでも、自分を責める気持ちがやわらぎます
  • 睡眠を最優先で守る:新しい役割を早く覚えようと夜まで資料を読み込むより、まず眠ることが立ち上がりの土台になります
  • 社外に話せる相手を持つ:社内で弱音を吐けないなら、家族、旧友、社外の同じ立場の知人など、利害関係のない相手に話す場を意識的に作ってみてください
  • 最初から100点を目指さない:管理職としての力量は年単位で育つものです。「半年は見習い期間」と自分に猶予を与える考え方も一つです
  • 達成後は意識して休む:大きな仕事を終えた後は、次に走り出す前に、休息の期間をあらかじめ予定に組み込んでおくことが荷下ろし期の不調の予防につながるとされています

受診の目安――こんなときはご相談ください

次のような状態が続いている場合は、一度相談を検討してください。

  • 昇進・異動・大きな仕事の後から、寝つけない・途中で目が覚める状態が続いている
  • 気分の落ち込みや不安が2週間以上続いている
  • 朝、出勤前に動悸や吐き気、強い憂うつ感がある
  • 仕事のミスが増えた、判断力や集中力が落ちたと感じる
  • 食欲がない、体重が減った、疲れが取れない
  • 「自分は管理職に向いていない」「消えてしまいたい」という考えが頭から離れない
  • 達成したはずなのに空しさや虚脱感が続き、何もする気になれない

すでに通院中の方は、まず主治医にご相談ください。命に関わる緊急の場合は、ためらわず救急(119)を利用してください。

まとめ――順調に見える人ほど、抱え込みやすいから

昇進や栄転、大きな達成の後の不調は、「おめでたい出来事」の陰に隠れて、本人も周囲も気づきにくいものです。しかし、役割の変化・責任の増加・相談相手の喪失が重なる昇進は、心身にとって大きな環境変化であり、適応障害やうつ病のきっかけになりうることが知られています。「喜ぶべきなのにつらい」という気持ちは、甘えでも贅沢でもありません。

当院は福岡県春日市の精神科・心療内科として、「昇進してから眠れない」「大きな仕事を終えたら何もできなくなった」「管理職になってから会社に行くのがつらい」といったご相談をお受けしています。働きながらの治療も、休職や職場との調整の相談も可能です。一人で抱え込む前に、診察のなかで一緒に整理していきましょう。WEB予約からご都合のよい日時をお選びください。

よくある質問

昇進してから眠れず、気分が沈みます。これは甘えでしょうか?

甘えではありません。昇進は「おめでたい出来事」ですが、役割の変化、責任の増加、人間関係の変化を一度に経験する大きな環境変化でもあります。人生上の変化は、良い出来事であっても心身への負荷になることが知られています。眠れない、気分が沈む、仕事に行くのがつらいといった状態が2週間以上続いている場合は、適応障害やうつ病などの治療が必要な状態に進んでいることがありますので、早めの相談をおすすめします。

「荷下ろしうつ」とはどんな状態ですか?

大きな仕事やプロジェクトをやり遂げた後、昇進・退職・子育ての一段落など、長く背負ってきた緊張や責任から解放されたタイミングで、かえって気分が沈み、意欲がわかなくなる状態を指す言葉です。張りつめていた間は気力で持ちこたえていた疲労が、緊張がゆるんだ途端に一気に表面化すると考えると理解しやすいとされています。達成の直後に不調が出るため、ご本人も周囲も気づきにくいのが特徴です。

昇進うつで休職することはできますか?降格をお願いするしかないのでしょうか?

状態によっては、治療のために休職という選択肢を検討することがあります。休職が必要と判断される場合、当院では休職診断書を1か月毎に作成し、経過を診ながら期間を判断しています。また、休職以外にも、業務量の調整や配置についての相談など、職場との調整でとれる方法はいくつかあります。「降格しかない」と一人で結論を出す前に、まず状態の評価と選択肢の整理を診察でご一緒できればと思います。

部下や同僚が昇進後に元気がないようです。家族や周囲にできることはありますか?

昇進した本人は「喜ぶべき立場なのにつらいとは言えない」という思いを抱えやすく、不調を隠して抱え込みがちです。周囲の方は、評価や励ましよりも、「眠れている?」「ちゃんと休めている?」と体調を気づかう声かけが入り口になりやすいとされています。ご家族が受診を検討される場合の進め方については、受診を検討している医療機関に問い合わせてご確認ください。

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執筆・監修

精神保健指定医 野口晋宏

春日メンタルクリニック院長。精神科・心療内科の診療経験をもとに、受診前の不安や制度の疑問を整理しやすい情報提供を心がけています。

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