「疲れているだけだ」「これくらいで病院に行くのは大げさだ」――そう自分に言い聞かせながら、眠れない夜を何か月もやり過ごしている。心当たりのある方は、少なくないと思います。
厚生労働省の統計では、うつ病などで医療機関にかかる患者数は女性のほうが多い一方、自殺者数は一貫して男性のほうが多いことが知られています。この差の背景の一つとして、男性は不調があっても受診に至りにくい、つまり「つらさが医療につながる前に限界を迎えやすい」可能性が指摘されています。
もちろん、受診をためらう理由も、不調の現れ方も人それぞれで、「男性だから」と一括りにできるものではありません。ただ、男性が置かれやすい状況や、男性に比較的多いとされるパターンを知っておくことは、自分や身近な人の変化に早く気づく手がかりになります。この記事では、その視点から整理してみます。
「自分で解決すべき」という意識が受診を遠ざける
男性の受診をためらわせる要因としてよく指摘されるのが、「弱音を吐くべきではない」「問題は自分で解決すべきだ」という規範意識です。子どもの頃から「男なら泣くな」「弱さを見せるな」といったメッセージに囲まれて育ち、それが自然と自分のルールになっている方は多いものです。
このルール自体が悪いわけではありません。粘り強さや責任感として、仕事や生活を支えてきた面もあるはずです。問題は、このルールが「不調を人に相談する」という選択肢を無意識のうちに消してしまうことです。
- つらさを口にすること自体が「負け」のように感じられる
- 「気合が足りないだけ」「みんな我慢している」と自分を叱咤してしまう
- 相談した経験が少なく、そもそも何をどう話せばいいのか分からない
- 職場や家族に心配をかけたくない、評価に響くのが怖い
その結果、不調を自覚しても「もう少し様子を見る」が何か月も続き、受診したときにはかなり消耗している――というケースを、外来でしばしば経験します。
男性のうつは「うつらしくない形」で出ることがある
もう一つ知っておいていただきたいのは、うつの現れ方です。うつ病というと「落ち込んで涙もろくなる」イメージが強いのですが、男性では、抑うつ気分が前面に出ず、次のような形で現れることが比較的多いと指摘されています。
イライラ・怒りっぽさ
気分の落ち込みではなく、些細なことで苛立つ、家族や部下にきつく当たってしまう、という形で出ることがあります。本人も「性格が悪くなった」と感じるだけで、うつのサインだとは思いません。周囲からも「機嫌が悪い人」と見られ、不調として気づかれにくいのが厄介な点です。
飲酒量の増加
つらさを言葉にする代わりに、酒でまぎらわせるパターンです。寝るために飲む、嫌なことを忘れるために飲む――飲酒が「セルフケア」の役割を担い始めると、量は徐々に増えていきます。アルコールは一時的に気分を楽にしますが、睡眠を浅くし、うつを悪化させる方向に働くため、悪循環に陥りやすくなります。
仕事への過集中
意外に思われるかもしれませんが、不調のサインとして「仕事に没頭する」形をとる方もいます。立ち止まるとつらさに直面してしまうため、予定を詰め込み、休日も仕事をして、考える隙間をなくす。一見「頑張っている」ようにしか見えないため、本人も周囲も気づかないまま、燃え尽きるように動けなくなることがあります。
これらはあくまで「比較的多いとされるパターン」であり、男性なら必ずこうなる、という話ではありません。ただ、「落ち込んでいないから、うつではない」とは言えない――この一点は覚えておく価値があります。
心より先に、体に出る
男性に限った話ではありませんが、こころの不調は身体症状として現れることがよくあります。特に、つらさを言葉にする習慣が少ない方ほど、心のサインより体のサインが先に立ちやすい印象があります。
- 不眠: 寝つけない、夜中や早朝に目が覚める、眠っても疲れがとれない
- 頭痛・頭重感: 慢性的な頭の重さ、締めつけられるような痛み
- 胃腸の不調: 食欲低下、胃の痛み、下痢や便秘の繰り返し
- その他: 動悸、めまい、倦怠感、肩こりなど
内科で検査を受けても異常が見つからず、「ストレスでしょう」と言われて終わってしまった――という経緯で当院に来られる方は少なくありません。検査で異常がないのに体の不調が続く場合、背景にうつや不安が隠れていることがあります。どの科にかかればよいか迷う症状については、自律神経の不調は何科に行けばいいかの記事でも整理しています。
我慢を続けた先にあるもの
「まだ大丈夫」「そのうち治る」と我慢を続けた場合、何が起こりやすいでしょうか。
第一に、回復に時間がかかるようになります。うつ状態は、早い段階で休養や治療を始めるほど回復も早い傾向があります。逆に、消耗しきってから治療を始めると、働けない期間が長引き、結果的に失うものが大きくなりがちです。「仕事に穴をあけたくないから受診しない」という判断が、より長い離脱につながってしまうのは皮肉なことです。
第二に、判断力そのものが落ちていきます。うつ状態では、思考力や判断力が低下し、悲観的な考えに視野が狭まっていきます。「自分さえ我慢すれば」「もう取り返しがつかない」という考えは、症状がそう思わせている面があります。冷静に判断できるうちに動くことが大切なのは、このためです。
第三に、飲酒などの対処が固定化するリスクがあります。酒でしのぐ期間が長くなるほど、アルコールの問題が独立した治療課題になってしまうことがあります。
なお、「消えてしまいたい」という考えが頭から離れない、具体的な方法を考えてしまう、という状態は、我慢して様子を見てよい段階ではありません。すでに通院中の方は主治医に、切迫した状況では救急(119)に、ためらわず連絡してください。
受診は「弱さ」ではなく「対処」である
受診をためらう根っこには、「精神科にかかる=自分の弱さを認めること」という感覚があるように思います。しかし、これは事実に反しています。
体に置き換えれば分かりやすいはずです。骨折して整形外科に行くことを「弱さ」とは言いません。血圧が高くて内科にかかることも同じです。こころの不調も、脳と体に起きている状態の問題であり、気合や根性の問題ではありません。状態の問題であれば、対処法があります。対処法があるものに専門家の力を借りるのは、弱さではなく、合理的な判断です。
むしろ、「問題を早めに把握して、使える手段を使う」というのは、仕事で普段やっていることと同じではないでしょうか。トラブルを一人で抱え込んで報告が遅れるほうが、事態を悪くする――多くの方が仕事では知っているこの原則は、自分の健康にもそのまま当てはまります。
当院での実際
とはいえ、初めての精神科受診はハードルが高いものです。当院の実際の流れをお伝えしておきます。
予約はデジスマによるWEB予約で、電話をかける必要はありません。また、初診前にWEB問診があり、対面で話す前に文字で状況を伝えられます。「面と向かって話すのは苦手だが、書くならできる」という方には、この仕組みが合っているようです。問診に書いていただいた内容は医師が事前に目を通すため、診察室でゼロから説明し直す必要はありません。
初診の所要時間は30分程度が目安です。診察では医師が順に質問していきますので、うまくまとめて話せなくても心配いりません。初診で何を聞かれるかは、初診で医師が聞くことの記事で詳しく紹介しています。
外来でよく聞かれるのは、「薬を飲まないとだめか」「仕事は続けていいか」の二つです。どちらも、決めつけずに状況をうかがったうえで一緒に考えます。薬を使わず経過を見る選択肢もありますし、働きながら治療する方も多くいます。一方で、休養が必要と判断した場合には、休職の診断書を初診当日に発行することもあります。通院は基本的に2週間に一度のペースで、仕事と両立しながら続けている方がほとんどです。
なお、40代以降の男性で、意欲低下や倦怠感が続く場合、男性ホルモンの低下が関わっていることもあります。この点は男性更年期とうつの記事で解説しています。
まとめ――「様子を見る」の期限を決める
最後に、現実的な提案を一つ。今日すぐ受診する決心がつかなくても、「様子を見る」に期限を設けてください。たとえば「あと2週間たっても眠れない日が続いていたら予約する」という形です。期限のない様子見は、そのまま何か月もの我慢につながりやすいからです。
眠れない、酒が増えた、イライラが続く、体の不調が取れない――そうした変化がすでに数週間続いているなら、それは受診する理由として十分です。相談したからといって、何かを強制されることはありません。まずは現状を整理する場として、外来を使っていただければと思います。
よくある質問
つらいというほどではないのですが、受診してもいいのでしょうか?
はい。受診に「これくらいつらくないといけない」という基準はありません。眠れない日が続いている、飲酒量が増えている、些細なことでイライラする――そうした変化が数週間続いているなら、それだけで相談する理由として十分です。むしろ、はっきり「つらい」と自覚できる前の段階で相談するほうが、回復も早い傾向があります。
何を話せばいいのか分かりません。うまく説明できる自信がないのですが。
うまく話せなくてもまったく問題ありません。当院では初診前にWEB問診があり、対面で話す前に文字で状況を伝えられます。診察では医師が順に質問していきますので、「眠れない」「最近酒が増えた」といった事実を答えていただくだけで診察は成り立ちます。整理された説明を用意してくる必要はありません。
精神科を受診したら、必ず薬を飲まないといけませんか?
いいえ。薬を使うかどうかは、症状の内容や程度、ご本人の希望を踏まえて相談して決めるもので、受診イコール薬ではありません。実際、外来では「薬を飲まないとだめか」というご質問は非常によくあり、環境調整や生活面の工夫を中心に経過を見る場合もあります。まずは現状を評価するところから始めましょう。
仕事は休まないといけなくなりますか?
必ずしもそうではありません。「仕事は続けていいか」も外来でよく聞かれるご質問ですが、働きながら治療する方は多くいらっしゃいます。一方で、症状の程度によっては休養が必要と判断することもあり、その場合、当院では必要と判断すれば休職の診断書を初診当日に発行することもあります。どちらが良いかは、診察で状況をうかがったうえで一緒に考えます。