はじめに
てんかんというと、多くの方が「発作」を思い浮かべると思います。けれども、てんかんとともに暮らすなかで、ご本人やご家族が困りごととして感じるのは、発作そのものだけとは限りません。
「なんとなく気分が落ち込む日が続く」「理由もなくイライラしてしまう」「急に強い不安に襲われる」――こうした発作以外のこころの不調に、静かに悩んでいる方は少なくありません。
この記事では、てんかんに伴って起こることのある気分・不安の変化について、患者さんやご家族に向けてやさしく整理します。あわせて、かつて使われた「てんかん性格」という言葉をどう受け止めればよいかにも触れます。
はじめに大切なことをお伝えします。てんかんそのものの診断・発作の治療・お薬の調整は、神経内科・脳神経外科など、てんかんを専門に診る主治医のもとで行うものです。当院はてんかんを治療する立場ではありません。この記事は、すでにてんかんで通院されている方が、あわせて抱えることのある気分や不安の不調について理解を深めるためのものです。
てんかんは「発作」だけの病気ではない
てんかんは、脳の一部の神経のはたらきが一時的に乱れることで、さまざまな発作が起こる状態です。ただ、その影響は発作の瞬間だけにとどまらないことがあります。
てんかんとともに生活するなかでは、発作への不安、生活上の制約、周囲の理解の得にくさなど、こころに負担がかかる場面が積み重なります。また、脳のはたらきそのものや、服用しているお薬が、気分や行動に影響することもあると考えられています。
つまり、てんかんに伴うこころの不調は、「気の持ちよう」や「本人の弱さ」ではなく、脳・お薬・生活・心理的な負担など、いくつもの要因が重なって生じるものとして理解することが大切です。原因を一つに決めつけないことが、ここでの出発点になります。
発作以外に起こりうる気分・不安の変化
てんかんのある方に起こることのある、発作以外のこころの不調には、いくつかのパターンがあります。ここでは代表的なものを紹介します。あくまで「起こることがある」という話で、すべての方に当てはまるわけではありません。
気分の落ち込み・抑うつ
てんかんのある方に、気分の落ち込みがみられることがあると報告されています。ただし専門的な資料では、その現れ方が、何週間も同じように沈み込む典型的なうつ病とは少し違うことがある、と指摘されています。
たとえば、比較的短い期間で気分が上下したり、いくつかの状態が混ざり合ったように見えたりすることがあります。だからこそ「ただの気分の問題」と見過ごされやすい面もあります。落ち込みが続いてつらいときは、我慢せず主治医や医療機関に伝えることが大切です。
突然始まり、短く終わる気分の波
てんかんに伴う気分の変化には、突然始まって、数時間から数日といった短い期間で終わるタイプがあることも知られています。苛立ち、憂うつ、不安、眠れなさなどが、ふいに現れて、比較的短く収まる、という形です。
こうした短く繰り返す変化は、長く続くうつ状態とは現れ方が異なるため、本人も周囲も「そういうものだ」と流してしまいがちです。しかし、繰り返し起こって生活に負担をかけているなら、記録をとって主治医に伝える意味があります。
発作性の強い不安・恐怖
てんかんの種類によっては、はっきりした理由がないのに、突然強い不安や恐怖が現れることがあります。専門的な資料では、こうした発作性の不安は、いわゆるパニック発作とよく似て見えることがあると説明されています。
似て見えても、背景にある仕組みは異なることがあります。どちらであるかを見きわめるのは医師の役割です。突然の強い不安を繰り返すときは、自己判断せず、まず主治医に相談してください。
イライラ・易怒性
「怒りっぽくなった」「ちょっとしたことで苛立つ」といった変化も、てんかんのある方でみられることがあります。ただ、この易怒性の原因はさまざまで、発作との時間的な関係、睡眠不足、体調、ストレス、お薬の影響などが関わります。
大切なのは、イライラを「その人の性格」と決めつけないことです。とくにお薬を変えた前後に変化が出た場合は、後ほど触れるように、主治医に伝えるべき情報になります。
「てんかん性格」という古い言葉について
てんかんについて調べていると、「てんかん性格」という言葉に出会うことがあります。これはとても誤解を招きやすい、注意が必要な言葉です。
この言葉は、19世紀ごろ、精神科の病院に入院するような重い状態の方だけを主な観察対象としていた時代に作られました。当時は、てんかんを犯罪や遺伝的な問題と結びつける偏った学説もあり、そうした背景のもとで、てんかんのある人にネガティブな性格像を一律に当てはめる見方が広まってしまいました。
しかし、その後の研究で、てんかんの原因も、そこにみられる気分や行動の特徴も、実に多様であることがわかってきました。1970年代にはすでに、専門的な国際的辞典のなかで「てんかん性格」という言い方は適切でなく、使うべきでないとされています。現在では、てんかんがある人みんなに共通する決まった性格がある、という考え方は否定的にとらえられています。
いまでは、病名を人全体にかぶせるのではなく、「てんかんのある人」「てんかんをもつ人」というように、その人を先に置く言い方が望ましいとされています。もし過去にこの言葉で傷ついた経験があっても、それは古い時代の偏見によるもので、あなたの人柄を正しく表すものではありません。
「性格」と決めつける前に――発作・薬・睡眠・環境を分けて考える
てんかんのある方に気分や行動の変化がみられたとき、いちばん避けたいのは、「もともとこういう性格だから」と早合点してしまうことです。専門的な資料でも、変化の背景を切り分けて考えることが繰り返し強調されています。
とくに知っておきたいのが、次の視点です。
- 一時的な状態と、変わらない特徴を分ける:気分や行動の変化には、その時々で移り変わる一時的なものが多くあります。それを固定した「性格」と見誤ると、本当は対応できる不調を見逃してしまうことがあります。
- 発作との時間的な関係をみる:不調が、発作の前後に出ているのか、発作と発作のあいだに出ているのかで、意味合いが変わることがあります。
- お薬の影響を見落とさない:抗てんかん薬は、開始・増量・変更のあとに、イライラ・気分の落ち込み・不安などを引き起こすことがあると知られています。「本人が変わった」と受け取る前に、お薬の変化と時期が重なっていないかを確認する視点が役立ちます。
- 睡眠・体調・環境も要因になる:睡眠不足やストレス、生活の変化も、気分や行動に影響します。
これらは、いずれもご自分だけで判断するものではありません。気になる変化があれば、いつ頃から、何が変わったあとに始まったかをメモして、処方している主治医に伝えるのが、いちばん確実で安全な方法です。とくにお薬に関しては、自己判断で減らしたり中止したりしないでください。
当院での実際
当院は、てんかんそのものを診療するクリニックではありません。てんかんの発作の治療やお薬の調整は、神経内科・脳神経外科など専門の主治医のもとで続けていただくことが基本です。
そのうえで、すでにてんかんで通院されている方が、あわせて気分の落ち込みや不安などのこころの不調を抱えている場合に、その部分のご相談をお受けする、という位置づけです。当院でできることの範囲について、次の点をお伝えしておきます。
- ご予約はWEB予約(デジスマ)でお取りいただけます。
- 初診の前にWEB問診があり、いまの状態やこれまでの経過をうかがいます。
- 初診の所要時間は30分程度を目安にしています(問診を含みます)。
- 初診では、服用中の市販薬やサプリメントも確認しています。すでに服用しているお薬がある方は、お薬手帳などをご用意いただくとスムーズです。
- 通院の頻度は、基本的に2週間に一度を目安としています。
- ご家族のみでのご相談はお受けしていません。 ご本人が受診に同意されたうえでの同席は可能です。ご本人がどうしても受診できない場合は、お住まいの地域の公的な相談窓口や、すでにかかっている医療機関にお問い合わせください。
てんかんの治療内容そのものについては、当院ではなく主治医が判断します。当院に相談される場合も、主治医とのつながりを保ったうえで、こころの不調の部分をあわせてサポートする形になります。
受診を考えるときの目安
以下のようなことが続いていて、生活のつらさにつながっていると感じる場合は、一度ご相談ください。
- 気分の落ち込みが続き、これまで楽しめていたことにも気持ちが向かない
- 突然、強い不安や苛立ちが繰り返し起こる
- イライラや気分の変化が、お薬を変えた時期と重なっている気がする
- 眠れない日が続き、日中の生活に影響している
- こうした不調で、通院や日常生活が負担に感じられる
こうした症状は、てんかんそのものだけでなく、気分や不安の不調が関わっていることもあります。どこまでが発作の影響で、どこからが別の対応の必要な不調なのかは、医師が状態を確認して判断します。ひとりで抱え込まず、まずは主治医に伝えること、必要に応じてこころの相談先を持つことを考えてみてください。
なお、体調が急に大きく変化したときや、命の危険を感じるような緊急のときは、ためらわずに救急(119番)に連絡してください。発作やお薬に関する急な不安は、まず処方している主治医にご相談ください。
まとめ
てんかんは発作だけの病気ではなく、気分の落ち込みや不安、イライラといった、発作以外のこころの不調をあわせて抱えることがあります。それらは「本人の弱さ」や「性格」ではなく、脳・お薬・睡眠・環境など、いくつもの要因が重なって生じるものです。
かつての「てんかん性格」という言葉は、古い偏見のもとで作られたもので、現在では、てんかんのある人に共通する決まった性格像がある、という見方は否定的にとらえられています。気になる変化があっても、それをその人の人柄と決めつけず、いつ・何のあとに始まったかを整理して主治医に伝えることが大切です。
てんかん本体の治療は専門の主治医のもとで続けていただき、あわせて気分や不安のつらさが強いときには、当院のようなこころの相談先を持つことも、選択肢のひとつになります。ひとりで抱え込まず、まずは相談することから始めてみてください。
あわせて読みたい
参考にした書籍(要約・再構成。原文の転載ではありません):
- てんかん学ハンドブック
- 精神科治療学 特集「てんかん『性格』―あるか,ないか―」
よくある質問
てんかんの治療はそちらのクリニックで受けられますか。
てんかん本体の診断・発作の治療・抗てんかん薬の調整は、神経内科・脳神経外科・てんかんを専門に診る医療機関で受けていただくものです。当院はてんかんそのものを治療する立場ではありません。すでにてんかんで通院されている方が、あわせて気分の落ち込みや不安などのこころの不調を抱えている場合に、その部分のご相談をお受けする位置づけとお考えください。まずは主治医とのつながりを大切にしてください。
「てんかん性格」という言葉を聞いて不安になりました。てんかんがあると性格が変わるのですか。
「てんかん性格」は、かつて重い入院例だけを見て作られた古い言葉で、偏見のもとになった歴史があります。現在では、てんかんがある人みんなに共通する決まった性格像がある、という考え方は否定的にとらえられています。気分や行動の変化がみられることはありますが、それは発作・薬・体調・環境など複数の要因から起こるもので、「その人の性格」と決めつけないことが大切だとされています。
イライラや落ち込みが強いのですが、これは薬のせいでしょうか。
抗てんかん薬の開始・増量・変更のあとに、イライラ・気分の落ち込み・不安などが出てくることがあると知られています。ただし原因を薬ひとつに決めつけることはできず、発作との時間的な関係、睡眠不足、体調、ストレスなども関わります。自己判断で薬を減らしたり中止したりせず、いつ頃から何が変わったかをメモして、まずは処方している主治医にお伝えください。
急に短い時間だけ気分が落ち込んだりイライラしたりするのは、うつ病とは違うのですか。
てんかんに伴う気分の変化には、突然始まって数時間から数日で終わる、短く繰り返すタイプがあることが知られています。何週間も続く典型的なうつ病とは現れ方が異なることがあり、そのぶん見過ごされやすい面もあります。どちらであるかの見きわめは医師が行いますので、気になる場合は記録をとって主治医や医療機関にご相談ください。
本人が受診をいやがっています。家族だけで相談できますか。
当院では、ご家族のみでのご相談はお受けしていません。ご本人が受診に同意されたうえでの同席は可能です。ご本人がどうしても受診できない場合は、お住まいの地域の公的な相談窓口や、すでにかかっている医療機関にお問い合わせいただく方法があります。まずはご本人がすでにてんかんで通っている主治医に、気分や様子の変化を伝えることから始めるのもよいでしょう。