はじめに
「最近、母の元気がない。食事も減って、好きだった畑仕事もやめてしまった」「父が『どこも悪くないのに体がつらい』と繰り返す」——高齢のご家族のこうした変化を、「歳のせいだろう」と見過ごしていないでしょうか。
その変化は、老年期うつ病のサインかもしれません。そして大切なことは、老年期うつ病は治療で良くなることが期待できる病気だということです。この記事では、高齢の方のうつ病治療がどのように進むのか、回復までの道すじを解説します。気づき方のサインについては「高齢者のうつ病は気づきにくい」で詳しく解説していますので、あわせてご覧ください。
「歳のせい」とあきらめないことが治療の入口
老年期のうつ病が治療につながりにくい最大の理由は、ご本人も周囲も「歳だから仕方ない」と考えてしまうことです。食欲の低下、眠れない、外出しなくなった、口数が減った——こうした変化が病気の症状だと気づかれないまま、時間だけが過ぎてしまうことが少なくありません。
また、高齢の方のうつ病は、気分の落ち込みよりも、頭痛・めまい・食欲不振といった体の不調や、「もの覚えが悪くなった」という訴えが前面に出やすいという特徴があります。内科で検査をしても異常がなく、原因がわからないまま体調不良が続いている——その背景にうつ病が隠れていることがあるのです。
うつ病は年齢を問わず治療できる病気です。「いまさら」ということはありません。
老年期うつ病の治療——3つの柱
①休養と環境の調整
うつ病治療の基本は、若い方と同じく、心身の負担を減らして休むことです。高齢の方の場合、発症のきっかけに、配偶者との死別、退職や役割の喪失、体の病気、孤立といった老年期特有の出来事が関わっていることが多く、その方の生活状況に合わせた調整——家族の関わり方、日中の過ごし方、必要に応じた介護サービスの利用など——を一緒に考えていきます。
②薬物療法——「少なく始めて、ゆっくり」が原則
抗うつ薬による治療は、老年期うつ病でも有効性が期待できます。ただし高齢の方は、薬を分解・排泄する力が若い頃より低下しており、副作用(ふらつき、眠気、食欲への影響など)が出やすいため、少ない量から始めて、様子を見ながらゆっくり調整するのが原則です。
また、高血圧や糖尿病などの持病で複数の薬を服用している方が多いため、飲み合わせの確認も重要です。受診の際は、お薬手帳をお持ちください。効果が出るまでには数週間かかることが多いので、「効かない」とすぐにやめず、経過を主治医と確認しながら続けることが大切です。
③精神療法と生活のリズムづくり
お話をうかがいながら、喪失の悲しみや将来への不安を整理していくこと自体が、治療の大切な要素です。あわせて、朝起きて日の光を浴びる、日中に散歩などの活動を入れる、人との接点を保つ、といった生活リズムの立て直しが回復を後押しします。デイケアや地域の活動が、生活の張りを取り戻すきっかけになることもあります。
認知症との見分け——「もの忘れ」の中身を見る
老年期うつ病では、意欲や集中力の低下によって記憶力が落ちたように見えることがあり(うつ病性仮性認知症と呼ばれます)、認知症との見分けが問題になります。
大まかな手がかりとして、うつ病では、ご本人がもの忘れを強く自覚して「覚えられなくなった、だめになった」と悩んで訴える傾向があるのに対し、認知症では忘れたことへの自覚が薄れやすい、という違いが知られています。また、うつ病は比較的はっきりした時期から始まることが多いのに対し、認知症は年単位でゆっくり進みます(詳しくは「歳のせいのもの忘れと認知症の違い・受診の目安」をご覧ください)。
実際には両者が重なることもあり、見分けは専門家でも慎重に行うテーマです。当院では、問診を中心とした診察で評価し、うつ病の治療で気分や意欲が回復したあとの状態も確認しながら、時間をかけて整理していきます。⚠️ 認知機能検査は当院では行っていません。 認知症の専門的な検査や治療が必要と考えられる場合には、ご自身で専門の医療機関をお探しいただくことになりますが、紹介状(診療情報提供書)は必要に応じて作成します。
家族ができること
- 変化に気づいたら、記録しておく:いつ頃から、どんな変化があったか。簡単なメモが診断の大きな助けになります。
- 励ましすぎない:「しっかりして」「気晴らしに出かけよう」という励ましは、うつ病のご本人にはかえって負担になることがあります。「つらいんだね」と受け止める姿勢が支えになります。
- 食事と睡眠を見守る:食べられているか、眠れているかは、状態を知る大切なバロメーターです。急に食べられなくなったときは、早めに受診してください。
- 受診の進め方を確認する:当院では家族だけでの相談は受け付けていません。ご本人が受診できる場合は、ご本人の同意のもとで家族が同席できます。
受診の目安
次のような変化が2週間以上続くときは、受診をご検討ください。
- 元気がなく、好きだったことをしなくなった
- 食欲が落ちて、体重が減ってきた
- 眠れていない、または朝早く目が覚めてしまう
- 体の不調の訴えが増えたが、検査では異常がない
- 「早くお迎えが来てほしい」「迷惑をかけて申し訳ない」と口にする
最後の項目のような発言があるときは、特に早めにご相談ください。高齢の方のうつ病では、こうした言葉を軽く受け流さないことが大切です。すでに通院中の方は主治医に連絡し、切迫した様子があるときは、ためらわず救急(119)を利用してください。
受診の流れや持ち物については「初めての方へ」をご覧ください。
参考文献
- こころの情報サイト(国立精神・神経医療研究センター):うつ病
- 健康長寿ネット(長寿科学振興財団):高齢者のうつ病
- 日本精神神経学会(日本語版用語監修)『DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル』医学書院
よくある質問
高齢なので、いまさら治療しても良くならないのではないですか?
そんなことはありません。老年期のうつ病は、適切な治療によって回復が期待できる病気です。「歳のせいだから仕方ない」とご本人も周囲もあきらめてしまい、治療の機会を逃すことのほうが問題です。気になる変化があれば、年齢を理由にためらわずご相談ください。
高齢の親に抗うつ薬を飲ませるのが心配です。
ご心配はもっともです。高齢の方は薬の影響を受けやすいため、少ない量から始めて、副作用や飲み合わせを確認しながらゆっくり調整するのが原則です。持病の薬との飲み合わせも確認しますので、お薬手帳をお持ちください。薬を使うかどうか自体も、状態を見ながらご相談して決めます。
本人が「病院には行かない」と言います。どうすればよいですか?
当院では家族だけでの相談は受け付けていません。患者様ご本人が受診できる場合に、ご本人の同意のもとで家族が同席することは可能です。本人が受診できない場合の進め方は、地域の公的な相談先へご相談ください。
うつ病と認知症は、どちらか片方だけですか?
両方が重なることもあります。うつ病の治療で気分や意欲が回復したあとに、記憶の問題だけが残るかどうかを確認するなど、経過を見ながら整理していきます。どちらか迷う段階で受診していただいて大丈夫です。