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はじめに

「オープンダイアローグ」という言葉を、本やテレビ、インターネットで見かけたことがあるかもしれません。「対話だけで統合失調症が良くなる」「薬を使わない治療法」といった紹介のされ方をすることもあり、強い期待を持って調べている方もいるでしょう。

オープンダイアローグは、フィンランドで生まれた、対話を中心にすえた精神科ケアのアプローチです。世界的に注目されており、日本でも関心が高まっています。一方で、日本で誰でもすぐに受けられる治療法かというと、現状はそうではありません。

この記事では、オープンダイアローグの基本的な考え方と特徴を紹介したうえで、日本で受けられる範囲と限界についても正直にお伝えします。期待を膨らませすぎず、かといって切り捨てもせず、「いま分かっていること」を整理していきます。

オープンダイアローグとは――フィンランドの一地方で生まれた実践

オープンダイアローグ(Open Dialogue、OD)は、フィンランド・西ラップランド地方のケロプダス病院で開発され、実践が続けられてきた精神疾患へのアプローチです。

もともとは、急性期の統合失調症の方への治療的な取り組みとして開発されました。その良好な治療成績が報告されたことから注目され、現在では統合失調症に限らず、幅広い精神的な不調を対象に実践が試みられています。

オープンダイアローグの特徴は、それが単なる「面接の技法」ではないことです。専門書では、次の3つの顔をあわせ持つものとして説明されています。

  • ケアの手法――対話ミーティングをどう行うかという方法
  • サービス提供のしくみ――地域で危機に対応する医療体制のあり方
  • 背景にある思想――対話や人をどう捉えるかという考え方

つまり、フィンランドの実践は「特定の面接テクニック」だけでなく、地域の精神科医療のしくみ全体とセットで成り立ってきたものです。この点は、あとで述べる「日本での限界」を理解するうえでも重要になります。

また、オープンダイアローグは何もないところから突然生まれたわけではなく、家族療法、ナラティブ・アプローチ、リフレクティング・チームといった複数の手法や思想を組み合わせて発展してきたものとされています。

どんなことをするのか――チームで、本人と大切な人たちと話す

オープンダイアローグの実際の場面を、一般的な診察と比べながらイメージしてみましょう。

1対1ではなく「チーム対ネットワーク」

通常の診察や精神療法は、医師やカウンセラーと本人との1対1で行われることがほとんどです。これに対してオープンダイアローグでは、原則として専門家のチームが、本人とそのネットワーク(家族、友人など本人にとって大切な人たち)と一緒に対話する形をとります。

複数の専門家がいると、本人の話に対して、それぞれのメンバーから違った応答が返ってくることがあります。こうして対話の回路が複数になることは、経験的には本人の不安を和らげ、話しやすさにつながるとされています。1対1のときより複数の相手がいるほうがかえって率直に話せた、という当事者の体験も伝えられています。

すべての発言に「応答」する

オープンダイアローグでは、「応答」がとても重視されます。ここでいう応答とは、専門家が説明や解釈を与えることではありません。本人の話したことをきちんと受け取ったと示し、そこに新しい視点を添えて返すことです。

背景には、語られた言葉が誰からも受け止められないまま宙に浮いてしまうことこそ、人にとってつらいのだ、という考え方があります。誰にも受け止められないまま、自分の中だけでぐるぐると続く独り言(モノローグ)を、応答によって開かれた対話(ダイアローグ)に変えていくこと――これがオープンダイアローグの回復の仕組みと考えられています。

否定も説得もしない

幻覚や妄想と呼ばれるような体験についても、オープンダイアローグでは否定・反論・説得をしません。その体験を知らない側として教えてもらう――という無知の姿勢で、敬意ある関心を持って丁寧に質問を重ねていきます。自分の体験世界にいちばん詳しいのは本人だからです。

こうした対話を重ねるなかで、つらい体験が語られ、参加者みんなで共有されていくと、強固に見えた思い込みが変化していくことがあると報告されています。妄想は動かないものと誤解されがちですが、実際には怒りや恨みといった深い感情の上に浮かんでいるもので、感情が和らぐとともに変化しうる――そうした見方が紹介されています。

「治すこと」を目標にしない

意外に思われるかもしれませんが、オープンダイアローグには「改善や治癒を目標とすべきではない」という原則があります。対話の目的はあくまで対話を続けることであり、回復はその副産物として生まれると考えられているのです。

これは投げやりな態度ではありません。専門家が「治してやろう」と結果をコントロールしようとするのではなく、先の見えない不確かさに耐えながら、いま進行している対話のプロセスに身を置き続ける――そうした姿勢こそが回復の土壌になる、という考え方です。

「7つの原則」というフレームワーク

オープンダイアローグには、対話をどのように行うかを示す「7つの原則」「12の基本要素」と呼ばれるフレームワークがあり、実践の重要な指針とされています。詳しい内容は、日本のネットワーク組織であるODNJP(Open Dialogue Network Japan)がまとめたガイドラインなどで公開されています。

7つの原則のなかでも特に重要とされるものの一つが、「不確実性への耐性」です。専門家は、治療計画や診断による見立てで先回りして結論を出すのではなく、コントロールを手放して、どうなるか分からない対話のプロセスに参加し続けることが求められます。

「専門家が答えを出さない」というのは、従来の医療の発想からすると大きな転換です。しかし、答えを急がないからこそ、本人や家族の中から言葉が生まれてくる余地ができる――オープンダイアローグはそのように考えます。

何に「効く」のか――治療というより「ケア」に近い

オープンダイアローグは、特定の病気の症状を狙って取り除く技法とは性格が異なります。専門家の解説では、対話を通じて本人が本来持っている回復する力を後押しし、回復のプロセスを起動するアプローチであり、疾患を特定しない「ケア」に近いものと位置づけられています。

だからこそ、統合失調症に限らず幅広い状態が対象になりうる一方で、「この病気にはこれだけの効果」と単純に言えるものでもありません。フィンランドでの良好な成績が報告されているものの、効果の科学的な検証は現在も世界各国で続いている段階であり、確立した標準治療とまでは言えないのが現状です。

「魔法のような治療法」でも「エセ医療」でもなく、真剣に研究と実践が積み重ねられている途上のアプローチ――それが現時点での公平な見方だと言えるでしょう。

日本で受けられるのか――正直な現在地

ここが、この記事でいちばんお伝えしたい部分です。

保険診療としては確立していない

オープンダイアローグは、日本の保険診療の中に「オープンダイアローグ料」のような形で位置づけられた治療法ではありません。通常の診察の枠組みのなかで、その考え方を部分的に取り入れている医療者はいますが、フィンランドのような形――専門のトレーニングを受けたチームが、危機のときに本人の生活の場へ出向き、家族を交えた対話ミーティングを繰り返す形――をそのまま受けられる場所は、日本ではごく限られています。

しくみごと持ち込むことの難しさ

先に述べたとおり、オープンダイアローグは面接技法であると同時に、地域医療の提供体制でもあります。フィンランドの一地方で機能してきたしくみを、医療制度も人員体制も異なる日本にそのまま移すことには、現実的なハードルがあります。日本では、外来診療の時間的制約のなかで多くの患者さんを公平に診る必要があるという事情もあり、1回に長い時間とチームを要する実践を広く行うことは容易ではありません。

それでも動きはある

一方で、日本でも実践と普及に取り組む臨床家たちがおり、ODNJPというネットワークが作られ、対話実践のガイドラインが編纂されています。精神科の専門誌でも繰り返し特集が組まれるなど、専門家の間での関心と検討は着実に続いています。

まとめると、次のようになります。

  • 日本で「どこでも受けられる治療」ではない
  • 受けたい場合は、実施の有無を個々の機関に直接確認する必要がある
  • 「薬をやめられる治療」と期待して自己判断で服薬を中断するのは危険
  • ただし、その考え方には日常の診療や家族の関わりにも活きる要素がある

考え方は日常にも活かせる

オープンダイアローグそのものを受けられなくても、その根っこにある姿勢は、日々の診察室での会話や、ご家族が本人と向き合うときのヒントになります。

  • 結論を急がない。 「どうすべきか」をすぐに決めようとせず、まず本人の言葉が出てくるのを待つ。
  • 応答する。 正しい答えを返そうとするより、「あなたの話をこう受け取った」と伝える。
  • 否定や説得で変えようとしない。 本人にとってその体験が現実であることを尊重し、教えてもらう姿勢で聞く。
  • 本人のいないところで本人のことを決めない。 本人を抜きにした相談や決定を避ける。

こうした姿勢は、統合失調症のご家族の関わり方とも重なります。ご家族の対応については、統合失調症の家族向けQ&Aの記事でも詳しく紹介しています。また、統合失調症そのものについて基礎から知りたい方は、統合失調症の基本を解説した記事をあわせてお読みください。

当院での実際

当院では、オープンダイアローグの専門プログラム(チームによる対話ミーティング)は行っていません。実施している機関をお探しの場合は、個々の医療機関に直接お問い合わせください。

そのうえで、当院の通常の診療についてお伝えします。

  • 通院頻度の基本は2週間に一度で、経過を継続的に確認しながら診療しています。
  • 初診の所要時間の目安は30分程度(問診含む)です。初診前にWEB問診があり、お話を伺う時間を確保するようにしています。
  • ご家族のみの相談はお受けしていませんが、ご本人が受診に同意されたうえでの同席は可能です。ご本人と一緒に状況を共有しながら診療を進めることができます。ご本人が受診できない場合は、お住まいの地域の公的相談先、または受診を予定している医療機関へお問い合わせください。

まとめ

オープンダイアローグは、フィンランド・西ラップランド地方のケロプダス病院で生まれた、対話を中心にすえた精神科ケアのアプローチです。専門家チームが本人と家族などのネットワークとともに対話を重ね、すべての発言に応答し、否定や説得をせず、治癒を目標にせず対話の継続そのものを大切にする――そうした特徴を持ち、「7つの原則」などのフレームワークが指針とされています。

一方で、日本では保険診療として確立しておらず、本来の形で受けられる機関はごく限られているのが現状です。効果の検証も続いている段階であり、「薬がいらなくなる魔法の治療」といった期待は持たないほうがよいでしょう。

それでも、結論を急がず、本人の言葉に応答し、本人のいないところで物事を決めない――という姿勢は、日常の診療にも、ご家族の関わりにも活かせるものです。治療や対応について迷うことがあれば、ひとりで抱え込まず、診察のなかでお聞かせください。


参考にした書籍(要約・再構成。原文の転載ではありません):

  • 精神科治療学 特集「対話」(2022年)

よくある質問

オープンダイアローグは日本の病院やクリニックで受けられますか。

日本では保険診療の治療法として確立しているわけではなく、本来の形(チームでの対話ミーティングを繰り返す形)で実践している機関はごく限られています。関心がある場合は、実施しているかどうかを個々の医療機関に直接確認する必要があります。当院ではオープンダイアローグの専門プログラムは行っていません。

オープンダイアローグを受ければ薬を飲まなくてよくなりますか。

そのように単純には考えないでください。オープンダイアローグは薬物療法を否定する方法ではなく、日本で薬をやめる前提の治療として確立しているものでもありません。薬の調整は必ず主治医と相談して決めることが大切で、自己判断での中断は症状の悪化につながるおそれがあります。

オープンダイアローグはどんな病気に効くのですか。

もともとは急性期の統合失調症への取り組みとして開発され、現在は幅広い精神的な不調を対象に実践が試みられています。ただし、特定の病気を狙い撃ちで治す「治療技法」というより、対話を通じて回復のプロセスを支える「ケア」に近い性格のものと説明されています。効果の科学的な検証は今も続いている段階です。

家族も参加するのですか。

オープンダイアローグでは、本人だけでなく家族や友人など本人にとって大切な人たち(ネットワーク)が対話の場に参加することが基本の形とされています。専門家チームと本人・家族が同じ場で、できるだけ対等に話し合うことを大切にします。

普段の診察でも「対話を大切にする」ことはできますか。

オープンダイアローグそのものは特別な体制を必要としますが、「結論を急がず、本人の言葉に応答する」「本人のいないところで本人のことを決めない」といった考え方は、日常の診察や家族との会話にも取り入れられるものです。気になることがあれば、診察のなかで遠慮なくお話しください。

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執筆・監修

精神保健指定医 野口晋宏

春日メンタルクリニック院長。精神科・心療内科の診療経験をもとに、受診前の不安や制度の疑問を整理しやすい情報提供を心がけています。

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