はじめに
「自分は発達障害かもしれない。検査を受ければ、はっきりするのではないか」——そう考えて受診を検討している方は少なくありません。「WAISという検査を受けたい」と、検査名を指定して問い合わせをいただくこともあります。
その気持ちはとてもよく分かります。長年の生きづらさに白黒をつけたい、数値という動かぬ証拠がほしい。血液検査で病気が見つかるように、検査をすれば発達障害かどうかも判明する——そんなイメージをお持ちの方が多いのです。
けれども、最初に大切なことをお伝えします。現時点で、それ単独で「発達障害である」と確定できる検査は存在しません。これは検査に意味がないという話ではありません。検査には検査にしかできない役割がちゃんとあります。ただ、その役割は「白黒をつけること」ではないのです。この記事では、大人の発達障害の検査で「わかること」と「わからないこと」を、専門書をもとに整理します。
診断の中心は検査ではなく「問診」——生活の困りごとがものさし
まず、発達障害の診断がどう行われるかを見てみましょう。ADHDを例にとると、診断は国際的な診断基準に照らして、不注意や多動・衝動性といった行動の特徴が一定数そろっているか、その特徴が子どもの頃から続いているか、そして生活の複数の場面で実際に支障をきたしているか、を確認して行われます。ASD(自閉スペクトラム症)でも骨組みは同じで、対人関係やこだわりの特徴と、それによる生活上の支障を、生育歴と現在の様子から確認していきます。
ここで注目していただきたいのは、診断基準に並んでいるのがすべて「行動」と「生活の困りごと」だという点です。専門書の著者である精神科医は、診断基準のどこにも心理検査という言葉は出てこない、発達障害とはつまり生活の障害なのだ、と述べています。生まれ持った特性がどれほど濃くても、生活で困っていなければ診断はつきませんし、逆に困りごとが軽くなれば、それは「良くなった」ということなのです。
だからこそ、診断の中心は問診になります。子どもの頃の様子(生育歴)、学校や職場でのつまずき、いまの暮らしで何に困っているか。可能であれば、ご家族など幼少期を知る方からの情報や、母子手帳・通知表といった記録も参考になります。検査は、この問診という土台を補助する位置づけなのです。
WAISでわかるのは「得意・不得意の地図」——診断名ではない
では、よく名前の挙がるWAIS(ウェクスラー成人知能検査)では何がわかるのでしょうか。
WAISは知能検査です。全体的な知能水準に加えて、言葉で考える力、目で見て処理する力、記憶しておく力、作業の速さなど、複数の領域を測ります。ここで大事なのは、専門書でも強調されているとおり、全体のIQの数字そのものより、領域ごとの得意・不得意の凸凹——プロフィールと呼ばれます——に注目するという点です。発達障害のある方では、この凸凹が大きいことがしばしばあります。
ただし、です。ADHDの専門書の著者である医師は、知能検査やその他の心理テストでADHDの診断を行うことはできない、と明確に述べています。医療機関で診断の過程に知能検査を組み込むことはありますが、それは知的な水準を確認したり、ほかの状態と見分けたりするためであって、「ADHDかどうかを判定する」ためではないのです。
しかも、凸凹の大きさは決め手になりません。別の専門書の著者の医師は、特性がはっきりしない「グレーゾーン」の方では検査結果もまたグレーになるのが当然で、凸凹が目立たない方もかなりいる、と指摘しています。凸凹が大きくても発達障害と診断されない方はいますし、凸凹が小さくても診断される方はいます。「検査結果が平均的だったから発達障害ではない」とも、「凸凹が大きいから発達障害だ」とも言えない——ここが、多くの方のイメージと実際の検査とのいちばん大きなずれかもしれません。
質問紙は「ふるい分け」の道具——点数は診断ではない
もうひとつよく使われるのが、自己記入式の質問紙です。ASDの特性の傾向を測るもの、ADHDの症状を評価するチェックリストなど、いくつかの種類があり、インターネット上のセルフチェックもこの仲間といえます。
質問紙の役割は、スクリーニング——つまり「詳しく調べたほうがよい人をふるい分ける」ことです。専門書でも、こうした尺度は疑いのある方を見つけ、症状の程度を把握するためのものだと位置づけられています。一定の点数を超えたら精密な評価を検討する、という使い方をするわけです。
ここにも大切な限界があります。専門書の解説によれば、点数が基準を超えていても、実際に発達障害である割合は決して高くありません。うつ状態や不安が強いときにも点数は上がりやすく、また自己記入式である以上、自分の特性に気づきにくいタイプの方では実態より低く出ることもあります。「ネットのチェックで高得点だったから発達障害だ」とは言えないし、低かったから違うとも言えない。質問紙は入口の目安であって、出口の判定ではないのです。
一方で、専門書には、質問紙をきっかけに、ご本人からは自発的に語られなかった大切な情報がたくさん得られた、という記載もあります。点数ではなく、答える過程で浮かび上がる「そういえばこういう場面が苦手だった」という気づきにこそ、質問紙の価値があるともいえます。
それでも検査が役立つ場面——自己理解・配慮の根拠・見分け
ここまで読むと「では検査は受けても意味がないのか」と思われるかもしれません。そうではありません。白黒をつける道具ではないだけで、検査には固有の役割があります。
第一に、自己理解の材料になります。専門書には、知能検査の結果から認知の特性を知ることは、自分に合った仕事や働き方を考えるうえで役に立つ、という趣旨の記載があります。「口頭の指示より書面のほうが頭に入る」「同時並行の作業で消耗しやすい」——検査のプロフィールは、そうした日々の実感に裏づけを与え、対処を考える出発点になります。
第二に、支援や配慮を求める際の根拠になります。障害者手帳や障害年金などの書類では、検査で示された特徴が状態を伝える資料のひとつとして参照されることがありますし、職場や学校に配慮をお願いするときにも、「何が苦手か」を客観的な形で示せることは助けになります。
第三に、ほかの状態との見分けや、二次的な不調の評価です。発達障害の背景にはうつ状態や不安症などが重なっていることが多く、検査や問診を通じて全体像を整理することは、治療の優先順位を決めるうえで欠かせません。
ただし、専門書の著者の医師は、検査結果に頼りすぎることへの注意も述べています。結果の数値にこだわりすぎて、かえって生活の工夫を考える方向に話が進まなくなってしまう方もいる、というのです。検査はあくまで、生活の困りごとを理解し対処するための道具。結果が出たら「では生活のどの場面で困っているか」に立ち返る——この往復があってはじめて、検査は活きてきます。
受診の目安——「検査を受けたい」より「ここで困っている」から
発達障害が気になって受診を考えるとき、「どの検査を受けられますか」から入るより、「生活のこういう場面で、こう困っている」から話していただくほうが、診療はずっとスムーズに進みます。診断の中心は問診であり、検査はここまで見てきたとおり補助的なものだからです。
なお、当院では心理検査は行っておりません。問診を中心とした診察で診断・治療を進めることができますし、そのうえで検査をご希望の場合は、実施している医療機関をご自身でお探しいただくことになりますが(多くは自費診療)、紹介状(診療情報提供書)は必要に応じて作成します。
受診の際は、可能な範囲で、子どもの頃の通知表や母子手帳、ご家族から聞いた幼少期のエピソードなどをお持ちいただくと参考になります。そして、仮に診断がつかなかったとしても、困りごとがあるならそれ自体が相談する十分な理由です。診断名の有無にかかわらず、眠れない・気分が沈む・仕事が回らないといった困りごとには対応の手立てがあります。
まとめ
- 発達障害の診断は問診(生育歴・現在の困りごと・可能なら家族からの情報)が中心で、それ単独で確定できる検査は存在しません。
- WAISなどの知能検査でわかるのは得意・不得意のプロファイルであり、凸凹の大きさは診断の決め手にはなりません。
- 質問紙やセルフチェックはスクリーニングのための道具で、点数は診断ではありません。
- それでも検査は、自己理解・配慮を求める根拠・二次的な不調の評価などで役立ちます。
- 「検査で白黒つける」より「生活の困りごとを一緒に整理する」——それが受診の実際の姿です。困りごとが続いているようでしたら、診断名にこだわらず、まずはご相談ください。
参考にした書籍(要約・再構成。原文の転載ではありません):
- Q&Aシリーズ 発達障害 ADHD編
- 神尾陽子 編『成人期の自閉症スペクトラム 診療実践マニュアル』
- 青木省三・村上伸治 編『大人の発達障害を診るということ——診断や対応に迷う症例から考える』
執筆・監修:精神保健指定医 野口晋宏
よくある質問
WAIS(知能検査)だけを受けることはできますか?
当院では心理検査は行っておりません。発達障害の診断は問診を中心に行うことができ、検査はあくまで補助的なものだからです。そのうえで検査をご希望の場合は、実施している医療機関をご自身でお探しいただくことになりますが(多くは自費)、紹介状(診療情報提供書)は必要に応じて作成します。まずは困りごとのご相談からで大丈夫です。
検査を受ければ発達障害かどうか確定しますか?
いいえ。現時点で、それ単独で発達障害と確定できる検査は存在しません。血液検査や脳画像はもちろん、知能検査や質問紙にも「この値なら発達障害」という判定値はありません。診断は、生育歴や現在の困りごとについての問診を中心に、検査結果もあわせて医師が総合的に行います。
検査結果が平均的だったら、発達障害ではないということですか?
そうとは限りません。知能検査の得意・不得意の差が小さくても発達障害と診断される方はいますし、逆に差が大きくても診断に至らない方もいます。専門書でも、検査所見がはっきりしない例は珍しくないと指摘されています。検査結果は判定ではなく、あくまで診断を補助する情報のひとつです。
ネットのセルフチェックで高得点でした。発達障害でしょうか?
セルフチェックや自己記入式の質問紙は、あくまで「その可能性があるか」をふるい分けるスクリーニングのためのもので、点数が高くても発達障害とは限りません。同じような点数になる他の状態もあります。気になる結果が出て生活の困りごとも続いているようでしたら、点数そのものよりも困りごとを軸に、一度医療機関でご相談ください。