はじめに
「鏡を見るたびに自分の顔の欠点ばかりが気になって、何時間も確認してしまう」「自分の口や体から嫌なにおいが漏れているのではないかと不安で、人と話せない」「物が捨てられず、部屋が物であふれてしまった」「気づくと髪の毛を抜いていたり、肌をかきむしっていたりする」——。
こうした悩みは、一見すると「強迫症(強迫性障害)」とは別のことのように思えるかもしれません。けれども実は、これらはいずれも強迫症ととても近い関係にある状態だと考えられています。なぜなら、「あることが頭から離れない」というとらわれや、「やめたいのに、同じ行為を繰り返してしまう」というコントロールの難しさを、どれも共有しているからです。
「自分だけが変なのかもしれない」「性格や癖の問題だから、病院に行くほどではない」と一人で抱え込んでしまう方は少なくありません。でも、これらは医学的にきちんと知られている状態であり、あなただけが悩んでいるわけではありません。そして多くの場合、楽になっていくための方法もあります。
この記事では、強迫症とよく似た「醜形恐怖症」「自己臭恐怖(ORD)」「ためこみ症」「抜毛症」「皮膚むしり症」について、それぞれの具体像と「性格や癖との違い」、強迫症との共通点と相違点、そして受診の入り口までを、できるだけわかりやすくお伝えします。
強迫症の中核は「とらわれ」と「繰り返し行為」
まず、強迫症そのものを簡単におさらいします。強迫症の症状は、大きく二つの部品からできています。
ひとつは「強迫観念(きょうはくかんねん)」です。繰り返し頭にこびりついて離れない考えやイメージで、不安や不快感を引き起こします。取り払おうとしても、なかなか取り払えません。
もうひとつは「強迫行為(きょうはくこうい)」です。その不安を一時的にやわらげようとして行う行為で、何度も手を洗う、鍵を確かめる、決まったやり方を繰り返す、といった形をとります。
強迫行為をすると、その場では不安が少し下がります。しかし、それは一時的なもので、また不安になると同じ行為をせずにいられなくなります。こうして「不安→行為→一時的な安心→また不安」という悪循環が回り続けるのが、強迫症の中心にあるしくみです。そして、ここからが大切なのですが、この「とらわれ」と「繰り返し」のしくみを共有する仲間の状態が、いくつも知られているのです。
「強迫症および関連症(OCRD)」という考え方
かつては、外見へのとらわれや体臭へのとらわれ、物をため込むこと、髪を抜いてしまう癖などは、それぞれバラバラの問題として扱われていました。しかし研究が進むにつれ、これらの状態が「とらわれ」と「繰り返し行為」という共通点でつながっている可能性が見えてきました。
そこで、アメリカ精神医学会の診断基準であるDSM-5(精神疾患の診断・統計マニュアル第5版)では、「強迫症および関連症(OCRD)」という新しいグループが設けられました。強迫症を中心に、性質の近い状態を一つの仲間としてまとめた枠組みです。
このグループには、これからご紹介する醜形恐怖症のほか、物を捨てられずにため込んでしまう「ためこみ症」、髪の毛を抜いてしまう「抜毛症」、肌をかきむしってしまう「皮膚むしり症」などが含まれています。難しく感じるかもしれませんが、要するに「とらわれて繰り返してしまう」という共通の特徴を持つ仲間どうし、という理解で十分です。
醜形恐怖症——外見の欠点へのとらわれ
醜形恐怖症(しゅうけいきょうふしょう)は、自分の外見の一部に「ひどい欠点がある」ととらわれてしまう状態です。実際には他の人から見ればほとんど気づかない、あるいは気にならない程度のことであっても、本人にとっては深刻な悩みとして頭を占めてしまいます。
鼻の形、肌、髪の薄さ、体型など、気になる部分は人によってさまざまです。そして、その不安を打ち消そうとして、鏡で何度も確認する、逆に鏡を避ける、気になる部分を化粧や髪型で隠す、人に「変じゃない?」と何度も尋ねる——といった行為を繰り返してしまいます。外見が気になって外出や人と会うことを避けるようになり、生活が狭まってしまうことも少なくありません。
「外見を気にする性格」との違い
外見を気にすること自体は、誰にでもあるふつうのことです。おしゃれや身だしなみに時間をかけることも、性格や価値観の範囲といえます。醜形恐怖症で問題になるのは、外見への心配が長い時間頭を占め、確認や隠す行為をやめられず、そのために生活や人付き合いに支障が出ていることです。「気にしすぎ」「自意識過剰」といった性格の問題ではなく、とらわれのしくみが働いている状態と考えられます。
この「外見へのとらわれ」と「確認・隠す・保証を求めるなどの繰り返し行為」というかたちは、強迫症のしくみとよく似ています。実際、強迫症の方に「体の一部や外見が過剰に気になる」というとらわれが見られることもあり、両者は地続きの関係にあるのです。違いをあえて言えば、醜形恐怖症では、とらわれの対象が「自分の外見」に絞られている点にあります。
自己臭恐怖(ORD)——においへのとらわれ
自己臭恐怖は、近年のICD-11(世界保健機関の国際疾病分類)で「自己臭関係づけ障害(ORD)」という名前で位置づけられた状態です。これも強迫症の関連症の仲間と考えられています。日本では古くから思春期・青年期の対人恐怖の一つとして知られてきた悩みでもあります。
ORDの方は、「自分の口や体から、嫌なにおいが漏れ出ているのではないか」「そのにおいで周りの人を不快にさせているのではないか」という考えにとらわれます。そして、相手が顔をしかめたり鼻に手をやったりすると、「やはり自分のにおいのせいだ」と受け取ってしまいがちです。
その不安を打ち消そうとして、消臭スプレーや口臭ケア用品を過剰に使う、歯を何度も磨く、頻繁に服を洗う、においの強い食べ物を避ける、周りの人に「におわない?」と保証を求める——といった行為を繰り返します。ここにも、強迫症と同じ「とらわれ+繰り返し行為」のしくみがはっきり見てとれます。なお、においを気にして人と接する場面を避けるようになり、外出や仕事がむずかしくなることも少なくありません。
ためこみ症——捨てられないことへのとらわれ
ためこみ症は、物を手放すことに強い苦痛を感じて捨てられず、物がたまり続けて、部屋や家が本来の用途で使えなくなってしまう状態です。ベッドで眠れない、台所で料理ができない、床が見えない——というところまで進むこともあります。
「片付けが苦手」「収集が趣味」ということと、ためこみ症とは区別されます。片付けが苦手な人は、必要に迫られれば捨てることができますし、コレクションを楽しむ人は、集める対象を選び、大切に整理しています。ためこみ症では、他の人から見れば価値のない物でも、捨てようとすると強い不安や苦痛が生じて手放せないという点が異なります。「いつか使うかもしれない」「捨てたら取り返しがつかない」という考えにとらわれ、捨てるという行動がコントロールできなくなっているのです。
強迫症のなかにも「大事な物を捨ててしまうのではないか」という強迫観念から物をため込む方がいて、両者は近い関係にあります。一方で、ためこみ症では本人が物に愛着を感じていて、ため込むこと自体をあまり苦痛と感じていない場合もあり、家族の方が先に困って気づくことも少なくありません。高齢の方では、認知症などほかの病気やセルフネグレクト(自分の生活の管理がむずかしくなること)が背景にある場合もあるため、状況の整理が大切です。責めたり無断で捨てたりすると、かえってこじれやすいことが知られています。
抜毛症・皮膚むしり症——繰り返してしまう行為
抜毛症(ばつもうしょう)は髪の毛やまつ毛、眉毛などを繰り返し抜いてしまう状態、皮膚むしり症(ひふむしりしょう)は肌をかきむしったり、つまんだりすることを繰り返してしまう状態です。抜いた部分の毛が薄くなったり、皮膚に傷あとが残ったりして、それを隠すためにさらに苦労する、という悪循環になることもあります。
これらは、必ずしも「こう考えるから」という強い強迫観念を伴うとは限りません。テレビを見ながら、勉強しながら、気づいたら手が動いていた——というように、半ば自動的に行われていることもあれば、緊張や不安が高まったときに、それをまぎらわすように集中して行われることもあります。ストレスや退屈、緊張がきっかけになりやすいことが知られています。
「ただの癖」との違い
爪を噛む、髪をいじるといった癖は多くの人にあります。抜毛症・皮膚むしり症として相談する意味があるのは、やめようと何度も試みてもやめられず、脱毛や傷といった体への影響が出ていたり、それを恥ずかしく感じて人前に出づらくなっていたりする場合です。「意志が弱いから」「ただの癖だから」と自分を責めてしまう方がいますが、そうではありません。強迫症と同じように「やめたいのにコントロールがきかない」というしくみの問題であり、医学的に知られた状態であり、相談してよい悩みです。
共通するのは「コントロールの難しさ」
ここまで見てきた状態には、共通点があります。それは、考えや行動を自分の意志だけではコントロールしにくくなっていることです。
- 醜形恐怖症・自己臭恐怖では、「気にしないようにしよう」と思っても、とらわれが頭から離れない
- ためこみ症では、「捨てなければ」とわかっていても、手放す行動が起こせない
- 抜毛症・皮膚むしり症では、「やめよう」と決めても、気づくと手が動いている
これは性格の弱さや努力不足ではなく、強迫症と地続きの「とらわれと繰り返しのしくみ」が働いている状態です。だからこそ、意志の力で無理にがまんするのではなく、しくみに合った治療でアプローチすることに意味があります。
一方で、違いもあります。強迫症・醜形恐怖症・自己臭恐怖では「不安を打ち消すため」に行為が繰り返されるのに対し、抜毛症・皮膚むしり症では明確な考えを伴わずに行為が起こることが多く、ためこみ症では物への愛着が中心にあることもあります。この違いは、後で述べるように治療の力点にも関係してきます。
よく似て見える別の病気との見分け
これらの状態は、いくつかの別の病気と見分けが必要になることがあります。
ひとつは統合失調症です。たとえば自己臭恐怖では「においで迷惑をかけている」という確信が強くなることがありますが、関心がにおいや外見など特定のことに限られ、考えが広く体系立ったものになりにくいといった点で、統合失調症とは区別されると考えられています。精神医学では、確信の内容だけでなく、その考えがどのように生まれ、生活全体にどう広がっているかという「成り立ち」を重視して見分けていきます。
もうひとつは社交不安症や自閉スペクトラム症です。人の視線や評価がこわい、対人場面が苦手といった特徴は、これらの状態とも重なって見えます。実際、社交不安症などが先にあって、そこに自己臭恐怖などが重なっていることもあります。また、ためこみ症では、うつ病で片付ける気力が出ない状態や、認知症に伴う変化との区別が必要なこともあります。
似ているように見えても、どの状態が中心にあるかによって治療の進め方は変わります。だからこそ、自己判断で決めつけず、医師に整理してもらうことが大切です。診断は医師が行います。
治療について——希望はあります
ここでお伝えしたいのは、これらの似た状態の多くで、役に立つとされる治療法があるということです。
薬物療法では、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)と呼ばれる抗うつ薬が、強迫症だけでなく醜形恐怖症や自己臭恐怖などでも一定の効果が期待できると報告されています。また、不安に立ち向かいながら繰り返し行為を減らしていく認知行動療法(とくに曝露反応妨害法)も、これらの状態に共通して役立つ考え方です。強迫症の治療では、避けていたことに段階的に向き合い、不安が自然に下がっていくことを体験する、という進め方が確立しており、この考え方は関連症にも応用されています。
一方、抜毛症や皮膚むしり症では、曝露反応妨害法よりも、手が動きそうな場面に気づき、その動作と両立しない別の動作に置きかえていく「習慣逆転法(ハビットリバーサル)」などの行動療法が中心に用いられることが多いとされます。ためこみ症では、捨てることへの考え方を整理しながら、少しずつ手放す練習を重ねていくアプローチがとられます。
なお、当院では曝露反応妨害法などの専門的な心理療法プログラムの提供は行っていませんが、診察のなかでこうした行動療法の考え方を取り入れた助言を行っています。本格的な行動療法プログラムをご希望の場合は、実施している医療機関をご自身でお探しいただくことになりますが、紹介状(診療情報提供書)は必要に応じて作成します。
もちろん、効果のあらわれ方には個人差があり、すぐに完全に消える、とお約束できるものではありません。それでも、生活のしづらさをやわらげ、行動の範囲を広げていくことは十分に目指せます。一人で抱え込まず、まずは相談していただくことが第一歩です。
受診の入り口——どう相談すればよいか
「これは病気なのか、性格なのか、自分ではわからない」という段階で受診してかまいません。むしろ、その整理こそが診察の役割です。以下に当てはまるときは、相談を考えてみてください。
- 外見・体臭・物を捨てること・抜毛・皮膚むしりなど、特定のことが頭から離れず、長い時間とらわれてしまう
- 確認・隠す・消臭・歯磨き・人への確認など、同じ行為を繰り返さずにいられない
- そのために外出や学校・仕事、人付き合いを避けるようになっている
- やめたいのにやめられず、つらいと感じている
- 体への影響(脱毛・傷あと)や生活空間の問題が出てきている
- 自分一人では、これが何なのか整理がつかず困っている
受診の際は、「いつごろから」「どんな場面で」「一日にどのくらいの時間をとられているか」「生活にどんな影響が出ているか」を、思い出せる範囲でお話しいただけると、状態の整理がしやすくなります。うまくまとまっていなくても大丈夫です。当院では初診前にWEB問診があり、あらかじめ気になっていることを書いていただけます。
なお、この記事のチェック項目は自己診断のためのものではありません。当てはまるかどうかを一人で判定しようとするより、「困っている」という事実を持って相談に来ていただくことが大切です。
まとめ
醜形恐怖症、自己臭恐怖(ORD)、ためこみ症、抜毛症、皮膚むしり症は、いずれも「とらわれ」と「繰り返し行為のコントロールの難しさ」という、強迫症と共通のしくみを持つ近い仲間の状態です。DSM-5ではこれらが「強迫症および関連症」として一つのグループにまとめられました。どれも性格や癖、意志の弱さの問題ではなく、医学的に知られた状態です。統合失調症や社交不安症など、よく似て見える病気との見分けが必要なこともありますが、それは医師が整理していくことです。多くの状態でSSRIや行動療法の考え方が役立つとされており、つらさをやわらげていく道はあります。一人で抱え込まず、どうか早めにご相談ください。
参考にした書籍(要約・再構成。原文の転載ではありません):
- 強迫性障害の治療ガイド
- 精神症候学
- 知っておきたい稀な精神症候・症候群(精神科治療学 増刊号)
よくある質問
醜形恐怖や自己臭恐怖は、強迫症とは別の病気なのですか。
別の診断名ですが、近い仲間と考えられています。どちらも「あることへのとらわれ」と「それを打ち消すための繰り返し行為」を特徴とし、DSM-5では強迫症と同じ「強迫症および関連症」というグループにまとめられました。治療の考え方も共通する部分が多くあります。
抜毛症や皮膚むしり症も、強迫症の仲間なのでしょうか。
はい。髪の毛を抜いてしまう抜毛症や、肌をかきむしってしまう皮膚むしり症も、繰り返してしまう行為を特徴とする関連した状態として、同じグループに含まれています。「やめたいのにやめられない」という点で共通します。
物が捨てられないのは、性格の問題ではないのですか。
片付けが苦手なことと、ためこみ症とは区別されます。ためこみ症では、捨てようとすると強い苦痛が生じて手放せず、生活空間が本来の用途で使えなくなるほど物があふれてしまいます。性格や意志の問題ではなく、医学的に知られた状態であり、相談してよい悩みです。
自分のにおいが本当に気になります。考えすぎなのでしょうか。
考えすぎかどうかを一人で判断するのはむずかしいものです。においが気になって人を避けてしまう、生活に支障が出ているといった場合は、相談する意味があります。受診したからといって無理に「気のせい」と決めつけられることはありません。
これらの状態に、よく似て見える別の病気はありますか。
統合失調症や社交不安症、自閉スペクトラム症などと見分けが必要なことがあります。似ているように見えても治療の方針は変わるため、自己判断せず、医師に整理してもらうことが大切です。診断は医師が行います。
受診すると、どんなことをしてもらえますか。
まずはお話をうかがい、今の状態がどういうものかを一緒に整理していきます。そのうえで、薬物療法や生活のなかでできる工夫など、選択肢をご相談します。専門的な行動療法プログラムを希望される場合は、実施している医療機関をご自身でお探しいただくことになりますが、紹介状(診療情報提供書)は必要に応じて作成します。