はじめに
「もうやめたいのに、また自分を傷つけてしまった」。そんな自分を責めながら、このページを開いた方がいるかもしれません。あるいは、家族の腕の傷に気づいてしまい、どう声をかければよいのか分からずに検索した方もいるでしょう。
最初にお伝えしたいのは、自傷について調べようとしたこと自体が、すでに回復に向けた一歩だということです。自傷行為の臨床に長く携わってきた精神科医の松本俊彦先生が監修した書籍では、「自傷をしてでも生きようとした自分を認めること」から始めてよいと述べられています。この記事では、その視点を軸に、自傷の心理と、今日からできることを整理します。
なお、当院のブログには境界性パーソナリティ障害の文脈で自傷に触れた記事もありますが、この記事は診断名によらず「自傷そのもの」を理解するための内容です。
自傷は「アピール」ではなく、一人で感情を鎮めるための行為
自傷行為には「周囲の気を引くためのアピールだ」という誤解が根強くあります。しかし信頼できる調査では、自傷の約96%は人に見せるためではなく、誰にも知られない一人の状況で行われていたと報告されています。学校の先生が把握できるのは実際の自傷のごく一部にすぎない、という調査もあります。そもそも、自傷がアピールのために行われることを証明した研究は存在しない、と専門家は指摘しています。
自傷をした人に理由を尋ねると、「いやな感情を忘れるために切った」「痛みでつらさを紛らわそうとした」「生きていると実感できる」といった答えが返ってくるといいます。リストカット経験のある若者の6割が、理由を「不快な感情を和らげるため」と答えたという調査もあります。つまり自傷は、自分ではどうにもできない怒りや悲しみ、空虚感といった心の痛みを、一時的に鎮めるための「孤独な対処法」なのです。
また、多くの場合それは死ぬための行為ではありません。むしろ、つらい状況をなんとか乗り越えて生き延びるために行われています。だからこそ、「死ぬ気もないのに」と軽く見てよいものでもありません。背景には、それだけの苦痛が確かに存在しているからです。
なぜ繰り返してしまうのか——「効く」からこそ、効かなくなる
自傷がやめにくいのは、意志が弱いからではありません。自傷にはつらい感情を一時的に和らげる「効果」が実際にあり(自傷の直後に脳内の鎮痛にかかわる物質の分泌が高まるという研究もあります)、効果があるからこそ繰り返されてしまう、と説明されています。
ただし、その効果は長続きしません。根本にある問題は何も解決されていないため、つらさは必ず戻ってきます。すると再び自傷が必要になり、しかも繰り返すうちに鎮痛効果には「慣れ」が生じ、自傷への抵抗感(ハードル)も下がって、以前ならしのげたようなささいなストレスでも自傷したくなっていきます。最初は追い詰められた末の選択だったものが、だんだんと日常の癒やしの手段になってしまう——この悪循環こそが、自傷の本当の怖さだといえます。
この構図は、依存症の成り立ちと似ています。「やめられないのは、それだけ苦痛が大きく、他の対処法をまだ持てていないから」と理解することが、回復の出発点になります。依存の背景にある「苦痛を和らげようとする心の働き」については、ハームリダクションという考え方の記事でも紹介しています。
「死ぬためではない」からこそ、放っておいてよいわけではない
自傷の多くは死ぬための行為ではない、と書きました。しかし長い目で見ると、自傷を放置してよい理由にはなりません。自傷を経験した人では、その後に自殺で亡くなるリスクが大きく高まることが知られています。「切ってもつらさが消えない」ところまで効果が薄れてしまったとき、より危険な行動に向かってしまうことがあるからです。
とくに注意したいサインとして、次のようなものが挙げられています。
- 自傷の頻度が増え、傷が深くなっている
- リストカットに加えて、薬を決められた量を超えてまとめて飲む行為(過量服薬)が始まった
- 食事の問題(極端に食べない・食べ吐き)やアルコールの問題が重なってきた
方法が変わったり増えたりすることは、危険度が一段上がったサインと考えられています。過量服薬には「この量なら安全」という線引きはできないとされており、詳しくは市販薬のオーバードーズに関する記事で解説しています。こうしたサインがあるときは、できるだけ早く医療機関に相談してください。
「やめなさい」と叱ることが逆効果な理由
家族が自傷に気づいたとき、驚きや心配のあまり「二度としないで」と叱ったり、約束させたりしたくなるのは自然な気持ちです。しかし専門家は、頭ごなしに叱ることは逆効果になりやすいと述べています。
本人がいちばん恐れているのは、大切な人が悲しんだり怒ったりする姿そのものです。叱られると「やはり自分はダメな人間だ」「理解してもらえない」と感じ、以後は自傷をより巧妙に隠すようになります。隠れて続く自傷は、周囲が支えるチャンスを失わせ、孤立を深めてしまいます。また、「もう二度としない」という約束は当てにならないだけでなく、約束を破ってしまったときの自己嫌悪を増やしてしまいます。
家族の対応として、次の4つの原則が紹介されています。
- 自分を責めすぎない・一喜一憂しない — 家族の動揺は本人にも伝わります
- 怒りに駆られて説教しない
- 挑発的な言葉を使わない — 「死ぬ気もないくせに」といった言葉は禁物です
- 見て見ぬふりをしない — 無視もまた、本人には「見捨てられた」と伝わります
一方で、本人が誰かに自傷を打ち明けているなら、それはまだ人を信頼する気持ちが残っているサインだと捉えられています。家族にできるのは、行為の善悪をすぐに裁くことではなく、「よく話してくれたね」と打ち明けたこと自体をねぎらい、「そんなにつらいことがあったの。話せるなら聞かせて」と、背景にある苦しさに関心を向けて落ちついて聞くことです。「本気じゃないよね?」と確認するような言葉も、本人には「軽く見られた」と伝わりやすいため避けたほうがよいとされています。
大切な基準は、「安心して悪いニュースを話せる関係」を保てているかどうかです。この関係さえ保てていれば、回復への道は開かれています。
「死にたい」と言われたときも、聞くことが支えになる
自傷に悩む人から「死にたい」と打ち明けられることもあります。このとき知っておいてほしいのは、「死にたい」という言葉の多くは「死にたいくらいつらい。このつらさが和らぐなら、本当は生きたい」という意味だ、ということです。わざわざ言葉にして伝えてくれたこと自体が、助けを求めるサインであり、まだ希望が残っている証拠と考えられています。
「死ぬなんてだめ」と説得したり議論したりするのではなく、落ちついて関心を持って聞き、「何がそんなにつらいのか」を一緒に整理することが支えになります。また、死にたい気持ちについてこちらから尋ねることが「背中を押す」ことになると示した研究は一つもなく、むしろ質問されて安心する人が多いと報告されています。心配なときは、避けずに聞いてよいのです。
今日からできる工夫——自傷日誌と置き換えスキル
自傷をいきなりゼロにしようとするより、自分のパターンを知り、衝動が来たときに別の行動で乗り切る練習から始める方法があります。
まず「観察」から——自傷日誌
いつ・どんな状況で・どんな気持ちのときに自傷したくなったかを、ノートに簡単に記録していく方法です。続けると、衝動の引き金(トリガー)になりやすい状況と、逆に自傷せずに過ごせている時間帯や活動が見えてきます。「敵を知る」ことが、対策の第一歩になります。記録がうまく書けなくても、書こうとしたこと自体に意味があります。
衝動が来たときの「置き換えスキル」
感情の波から一時的に意識をそらす手立てとして、次のようなものが紹介されています。
- 氷を強く握りしめる(冷たさの感覚が強い刺激の代わりになります)
- 手首の輪ゴムをはじく
- 腕立て伏せやスクワットなど、短時間の激しい筋トレをする
- 不要な紙や雑誌を思い切り破る
- 安心できる場所で大声を出す、歌う
- 紙に描いた腕、または自分の腕を赤いペンで塗る
こうした「刺激的な」置き換えスキルはすぐ効く反面、自傷と似た性質があるため、効果に慣れが生じやすいという弱点も指摘されています。そこで並行して勧められているのが、深呼吸をゆっくり続ける、湧いてくる感情をそのまま眺めて言葉にしてみる、紙に書き出す、といった「鎮静的な」スキルです。こちらは即効性はないものの、練習を重ねるほど効果が安定するとされています。ポイントは、衝動が来てから初めて試すのではなく、穏やかなときに練習しておくことです。
お気に入りの置き換えスキルの道具と、安心できる思い出の品を一つの箱にまとめておく「セーフティボックス」という工夫もあります。どれが合うかは人によって違うので、いくつか試して自分用のリストを作ってみてください。
生活のリズムも味方につける
深夜は感情の揺れ幅が大きくなり、自傷の衝動も起きやすい時間帯とされています。できる範囲で夜ふかしを減らし、朝型の生活に近づけることが勧められています。また、アルコールは衝動性を高め、痛みの感覚を鈍らせるため、自傷に悩んでいる間は避けたほうがよいとされています。カフェインの取りすぎも気分の波を大きくすることがあります。
いちばん効くのは「人に話すこと」
置き換えスキルとして何よりも効果的なのは、信頼できる人に話すことだとされています。自傷は感情を一人で処理する方法なので、回復の方向はその逆、つまり少しずつ人に頼れるようになることにあります。うまく話せなくても、伝えたいことをメモに書いて診察で見せる、日々の状態をノートに記録しておく、といった方法もあります。
このとき、一人の相手に全面的に頼るより、「太い一本のつながりより、細いつながりをいくつも持つ」ことが勧められています。頼り先が一つだけだと、その関係に負荷が集中してしまうからです。なお、SNSで不特定多数に自傷の体験を発信することは、自分にも他の人にもリスクがあるため勧められていません。
医療機関でできること・受診の目安
自傷行為は、基本的に精神科(または心療内科)で相談できます。医療機関では、自傷の背景にあるうつ状態や不安、発達の特性、生活上のストレスなどを一緒に整理し、本人に合った対処法や治療を検討していきます。深刻さの程度や背景にある要因を自分や家族だけで見極めるのは難しいため、専門家の評価が役立つ場面は少なくありません。なお、診断は診察のうえで医師が行います。
受診を考える目安としては、次のような場合が挙げられます。
- 自傷の頻度が増えている、以前よりささいなことで衝動が起きる
- 自分なりの工夫では衝動を抑えられなくなってきた
- 過量服薬や食事の問題など、自傷以外の行動が加わってきた
- 死にたい気持ちが繰り返し浮かぶ
- 家族が声をかけても本人が心を閉ざし、状況がつかめない
家族が本人を無理に受診させるのは望ましくなく、本人の意向を大切にしながら、まずは相談の一歩として医療機関を利用するとよいとされています。また、最初の一件で解決しようと思い詰めず、合わないと感じたら転院してよいこと、一人の医師に頼りすぎず相談先を複数持っておくことも勧められています。診察では「良いニュース」だけを話そうとせず、「また切ってしまった」という悪いニュースも安心して話せる関係が、治療の継続につながります。
治療のゴールは、「自傷が一度もないこと」ではありません。専門家は、自傷のあるなしだけで治療の成果を評価することに慎重で、目指すのは自分の感情と行動の「コントロールを取り戻すこと」だとしています。回復の途中で再発することは珍しくなく、大切なのは再発させないことよりも、再発しても動揺せず、支援とのつながりを絶たないことです。自傷してしまった日は、自分を責めるのではなく、ていねいに傷の手当てをして、ゆっくり休んでください。
そして、傷が深い、出血が止まらないなど身体の危険があるときは、ためらわずに救急(119)を利用してください。通院中の方は、落ちついてから主治医にも状況を伝えましょう。
当院での診療について
当院では、自傷に悩むご本人からのご相談をお受けしています(診療対象は18歳以上です)。予約はWEB(デジスマ)から可能で、初診前にWEB問診があります。なお、ご家族のみの相談はお受けしていません。ご本人が受診に同意されたうえでのご家族の同席は可能です。ご本人がどうしても受診できない場合は、お住まいの自治体の公的相談先や、受診を予定している医療機関に直接お問い合わせください。
まとめ
自傷は「かまってほしいアピール」ではなく、つらい感情を一人で鎮めるための対処法です。一時的には効いても長期的には効かなくなり、繰り返すほどやめにくくなるからこそ、叱って禁止するのではなく、背景の苦しさに目を向けることが回復の入り口になります。自傷日誌や置き換えスキル、人に頼る練習は今日から始められます。そして、一人で抱えきれないと感じたら、精神科・心療内科に相談してください。「つらいときに人に助けを求めないこと」こそが、いちばん自分を傷つけるふるまいなのかもしれません。
参考にした書籍(要約・再構成。原文の転載ではありません):
- 松本俊彦 監修『自分を傷つけてしまう人のためのレスキューガイド』
- 松本俊彦『もしも「死にたい」といわれたら 自殺リスクの評価と対応』
執筆・監修:精神保健指定医 野口晋宏
よくある質問
自傷行為は「かまってほしい」だけなのでしょうか?
そうとは言えません。信頼できる調査では、自傷のほとんど(約96%)は誰にも見せず一人の状況で行われていたと報告されています。つらい感情を自分だけで鎮めようとする対処の一つと考えられており、周囲へのアピールと決めつけると、本人の苦しさを見落としてしまうおそれがあります。
家族の自傷に気づいたとき、やめなさいと言ってはいけないのですか?
頭ごなしに叱ったり、二度としないと約束させたりすることは、本人が「理解されない」と感じて自傷を隠すようになり、かえって孤立を深めることがあります。まず「それだけつらかった」という背景に関心を向けて、落ちついて話を聞く姿勢が大切とされています。
自傷は何科を受診すればよいですか?
基本的には精神科(または心療内科)が相談先になります。無理に受診させるのではなく、本人の意向を大切にしながら、まず相談の一歩を踏み出すつもりで受診するとよいとされています。なお、診断や治療方針は診察のうえで医師が判断します。
死にたい気持ちについて本人に尋ねると、かえって危険ではありませんか?
尋ねたことが「背中を押す」ことになると示した研究は、これまで一つもないとされています。むしろ、心配して真剣に聞いてもらえたことで安心する人が多いと報告されています。落ちついた場面で、関心を持って聞くことが大切です。
傷が深いときはどうすればよいですか?
出血が止まらない、傷が深いなど身体の危険があるときは、ためらわずに救急(119)を利用してください。すでに通院中の方は、落ちついてから主治医・かかりつけの医療機関にも状況を伝えてください。