福岡県春日市須玖北4丁目34 2階
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はじめに

「気分は沈んだままなのに、じっとしていられない」 「何もかも終わりだと思っているのに、頭のなかでは考えが次々に湧いて止まらない」 「動けているのに、少しも楽ではない」

こうした状態は、精神医学のなかで混合状態と呼ばれてきました。うつの側と躁の側が同時に来る、と説明されることの多い状態です。

ただ、この説明は、最初に聞いたときにはうまくつかめません。沈むことと高ぶることは向きが反対です。反対のものが同時に来るなら、足して打ち消し合い、結局ふつうの状態になるのではないか――そう考えるほうが自然です。

それでも実際には、「沈んでいるのに動きが止まらない」「絶望的なのに考えだけが次々に浮かぶ」という、単純なうつとも躁・軽躁とも言い切れない重なり方があります。

では、なぜ反対向きのものが打ち消し合わないのでしょうか。

鍵になるのは、気分・意欲・思考を一つのかたまりとして見ず、別々の三つとして見ることです。この記事では、症状学の入門書『精神科シンプトマトロジー』(内海健・兼本浩祐 編)の混合状態の章(芝伸太郎)を下敷きに、この三つの動きから混合状態を考え、さらに、どこまでを混合状態と呼ぶのかで見解が分かれてきたところまで整理します。

気分・意欲・思考を、別々の三つとして見る

打ち消し合わない理由の鍵は、クレペリンという精神科医が百年以上前から重視してきた見方にあります。

その見方の要点は、沈む・高ぶるを一つのメーターで測らないということです。かわりに、次の三つを別々のメーターとして見ます。

  1. 気分 ―― 沈んでいるか、高ぶっているか
  2. 意欲 ―― 動きや行動の勢いが乏しいか、増しているか
  3. 思考 ―― 考えの浮かび方が乏しく遅いか、次々に速いか

三つそれぞれに、下向き(沈む側)と上向き(高ぶる側)があります。もし、この三つがいつも足並みをそろえて同じ向きに動くのなら、状態は「ふつう」「三つとも下向き」「三つとも上向き」の三つしかありえません。混合状態というものは、そもそも起こりようがなくなります。

クレペリンが見抜いたのは、三つの動きにずれが生じることが多い、という一点でした。気分が先に沈み、行動の勢いだけがまだ落ちていない。あるいは、行動と考えだけが先に高ぶり、気分は沈んだまま残っている。そうしたずれが起こるので、下向きと上向きは打ち消し合わずに、同じ時期のなかに並んで存在しうるのです。

「同時に来る」というのは、沈む気持ちと高ぶる気持ちが心のなかで殴り合っている、という意味ではありません。測っているメーターが別なので、別々の値が同時に立っているのです。

八通りのうち、六通り

三つのメーターに、それぞれ下向きと上向きの二通り。掛け合わせると、二の三乗で八通りになります。そのうち、

  • 三つとも下向き ―― 混じり気のない、うつの側
  • 三つとも上向き ―― 混じり気のない、躁・軽躁の側

この両端の二つ以外の六通りが、混合状態として整理されています。たとえば、気分だけが下向きで、行動の勢いと考えの速さのほうは上向き、という組み合わせです。クレペリンはこの六通りのそれぞれに名前を付けていました(観念奔逸性うつ病、激怒躁病、躁的制止といった、古い言い方です)。いずれも、現在の診断名としては使われていません。

一つだけ、数字の読み方を添えます。八通りのうち六通り、という数え方は組み合わせの数の話であって、患者さんの何割が混合状態にあたるという頻度を述べたものではありません。「四人に三人は混合状態なのか」という読み方は、この数からはできません。

どこまでを混合状態と呼ぶか――見解は一つではない

混合状態という概念そのものをめぐっては、立場が分かれてきました。

認めない立場もありました。クルト・シュナイダーは、混合状態を認めず、うつと躁・軽躁が急に入れ替わるだけだと断じました。その考え方の影響はいまも残っていて、混合状態をそもそも認めない、あるいは認めるとしてもごく狭い範囲にとどめる精神病理学者が、ごく少数ながらいます。

重視してきた流れもあります。人間学的精神病理学と呼ばれる流れ(ビンスワンガー、森山公夫、宮本忠雄ら)は、混合状態があることを認めるだけにとどまらず、それが臨床のうえで持つ重みを指摘して、気分障害という病態の本質にかかわる形だと位置づけてきました。

診断基準のほうからも後押しがあります。DSMとICDのどちらにも混合状態の規定があり、DSMは第4版から第5版への改訂で「混合性の特徴を伴う」という言い方を採り入れました。これによって、狭い意味のものだけでなく広い意味での混合状態まで、取り落としなく拾えるようになりました。異論がまったく無くなったわけではないにしても、混合状態があること自体を、いまの精神病理学は認めないわけにいかない流れになっています。

それでも、混合状態をどう定義し、どこまでを含めるのかについては、まだ見解が一致していません。ですからこの記事も、混合状態はうつでも躁でもない第三の状態だ、という言い切り方はしません。

混じり気のないうつ・躁は、実際にはないのではないか

ここから先は、混合状態を重くみる立場からの、もう一段先の議論です。精神医学の共通見解ではありません。

気分障害で治療を受けている方を丁寧に見ていくと、三つとも下向き、あるいは三つとも上向きという「混じり気のない形」は、実際には見当たらず、理念上の型にとどまるのではないかという見方があります。

うつの状態にある方には、いまにも張りつめたものが弾けそうな切迫した感じが見えることがあります。これを、うつのなかに含まれている高ぶりの側と考えることができます。

逆に、躁・軽躁の状態にある方にも、悲壮な感じ、ひとりきりだという感じ、不安が見えることがあります。これを、躁・軽躁のなかに含まれている沈みの側と考えることができます。

そう考えると、うつの側も躁・軽躁の側も、常に広い意味での混合状態として現れていて、どちらかが明らかに優勢なときに、便宜上「うつ」「躁・軽躁」と呼び分けているだけなのではないか、という見方まで進みます。

クレペリンは、この重なりが生じるのはうつと躁・軽躁の移り目だと考えていました。この立場からは、その見方も狭すぎることになります。広い意味での混合状態は、移り目に限らず、気分障害につねに付きまとっているという見立てです。

さらに突き詰めると、「混合」という語こそが、この状態の本質を語るのにいちばんそぐわないという考えにも至ります。うつと躁・軽躁という二つの極をまず別々に置き、それから混ぜ合わせるのではなく、もともと入り混じった状態のなかで、どちらか一方が目立って見えているのではないか、という考え方です。

診察では、三つを分けて伝える

この枠組みが実際の場面で役に立つとすれば、診察での伝え方です。

ちぐはぐな重なり方は、説明のつかない例外ではありません。そういう組み合わせが起こることを前提にした枠組みがすでにあります。「うつなのか躁なのか、どちらか一つに決めてから受診しなければ」と考える必要はありません。決まらないまま、決まらないとおりにお話しいただければ十分です。

伝えるときは、三つを分けると伝わりやすくなります。気分は沈んでいるか、高ぶっているか。動きや行動の量は増えているか、減っているか。考えの浮かび方は速いか、乏しいか。三つがちぐはぐなら、ちぐはぐなままで構いません。うまく整理できていなくてかまいません。

お薬を飲み始めた時期や量を変えた時期に、そわそわして落ち着かなくなることもあります。それを混合状態と見るのか、お薬を始めた時期に出やすい変化と見るのかは、経過と診察のなかで見ていくもので、判断は医師が診察のうえで行います。ご自分で判定してお薬を止めたり量を変えたりせず、いつから、どのお薬を、どう変えたあとで、どうなったか、という並びのほうをお伝えください。

なお、気分が数時間の単位で大きく動くことは、そのまま混合状態と読み替えられるものではありません。その形の波については、うつ病や双極性障害との違い――BPDが誤解されやすい理由が、双極性障害の気分の波とは変わり方の質が違うものとして扱っています。

受診の目安

次のようなことがあるときは、混合状態にあたるかどうかの結論はいったん置いて、相談をお考えください。

  • 気分は沈んだままなのに、じっとしていられない、動き回ってしまう
  • 絶望的な考えでいっぱいなのに、頭のなかでは考えが次々に湧いて止まらない
  • 動けてはいるのに、少しも楽になっていない。むしろ、動けているぶんつらい
  • 気分・動き・考えの三つがちぐはぐで、自分でも自分の状態を言葉にしにくい
  • 眠れない日が続いている、食事が取りにくい日が続いている
  • 暴力や強い支配のある関係が続いていて、そのなかでこうした状態が起きている

「これくらいで受診してよいのだろうか」と迷う必要はありません。困っているという事実そのものが、相談してよい理由です。暴力や、相手からの強い支配のある関係のなかにいるときは、身の安全を確保することが先になります。そのうえで、そうした関係のなかで出てきた症状についてのご相談は、当院で承っています。

そして、自分や他の人を傷つけそうな考えや行動が出てきているとき、食事も水分もほとんど取れていないときは、次の予約を待たないでください。通院中であれば主治医に連絡し、命に関わる切迫した状況ではためらわず救急(119)を利用してください。危ないサインの見分け方と、そのときの動き方は、落ち着いてから読むものとして双極性障害と自殺予防 ―危ないサインを知って早めに相談するにまとまっています。

当院での実際

当院は福岡県春日市の精神科・心療内科です。ご相談は、まずWEB予約(デジスマ)でご予約のうえ、初診前のWEB問診にお答えいただく形をとっています。

初診の所要時間の目安は、問診を含めて30分程度です。体の病気やお薬の影響を考えるうえで大切な情報になるため、服用中の市販薬やサプリメントも確認しています。通院を始めた場合は、2週間に一度の通院が基本で、再診の所要時間の目安は5分前後です。

ご家族のみの相談はお受けしていません。ご家族が心配されている当のご本人が受診され、同席に同意されている場合には、ご家族に同席していただけます。そのご本人がどうしても受診できない状況の場合は、お住まいの地域の保健所、市区町村の精神保健相談、精神保健福祉センターなどの公的相談先、または受診を予定している医療機関への問い合わせをご案内しています。

なお、当院の診療対象は18歳以上の方です。

まとめ

沈むことと高ぶることが同じ時期に重なるのは、説明のつかない例外ではありません。気分・意欲・思考という別々のメーターがあり、その動きはずれることが多い――この枠組みを知っていれば、ちぐはぐな状態を、ちぐはぐなまま診察で言葉にできます。うつなのか躁なのか、どちらか一つに決めてから受診する必要はありません。

そのほか、双極性障害について近いところにあるもの ── 双極性障害2型とは?軽躁状態が見過ごされやすい理由/双極性障害2型とうつ病の違い/双極性障害I型とII型はどう違う?躁と軽躁のレベルの差を知る/軽躁は自分では気づきにくい/気分の波を「見える化」する/双極性障害の診断が遅れる理由/双極性障害の薬はリチウムだけじゃない


参考にした書籍(要約・再構成。原文の転載ではありません):

  • 精神科シンプトマトロジー ―症状学入門―(内海健・兼本浩祐 編)/「16 混合状態」(芝伸太郎)

よくある質問

「うつと躁が同時」と言われても、打ち消し合ってふつうの状態になるのではないですか。

反対向きのものが重なったのなら差し引きゼロになるはずだ、という受け取り方は自然なものです。打ち消し合わないのは、気分・意欲・思考が一つのかたまりではなく、別々の三つとして動くからです。三つは足並みをそろえるとは限らず、ずれることが多いため、「沈んでいるのに動きだけ止まらない」という重なり方が起こりえます。

混合状態は、うつでも躁でもない第三の状態ということですか。

そう呼ぶかどうかが、まさに見解の分かれてきたところです。混合状態を認めず、うつと躁・軽躁が急に入れ替わるだけだと断じた立場もあれば、気分障害を理解するうえで本質的な形と位置づけてきた流れもあります。どう定義し、どこまでを含めるのかは、まだ足並みがそろっていません。ですので、この記事も第三の状態だと言い切ることはしません。

「八通りのうち六通りが混合状態」と読みました。四人に三人が混合状態ということですか。

その読み方はできません。これは組み合わせの数え方の話です。気分・意欲・思考の三つに、それぞれ下向きと上向きの二通りがあると考えると、掛け合わせて八通りになります。そのうち両端の二つ以外が混合状態として整理されている、という説明であって、患者さんの何割がその状態にあるという頻度を述べたものではありません。

薬を飲み始めてから、そわそわして落ち着かなくなりました。これは混合状態でしょうか。

ご自分で判定して、お薬を止めたり量を変えたりしないでください。それを混合状態と見るのか、お薬を始めた時期に出やすい変化と見るのかは、経過と診察のなかで見ていくものです。判断は、医師が診察のうえで行います。お伝えいただきたいのは結論ではなく、いつから、どのお薬を、どう変えたあとで、どうなったか、という並びのほうです。当院の初診では、服用中の市販薬やサプリメントも確認しています。

診察では何を伝えればよいですか。

気分・意欲・思考の三つを、ひとまとめにせず分けてお話しいただくと伝わりやすくなります。気分が沈んでいるか高ぶっているか、動きや行動の量が増えているか減っているか、考えの浮かび方が速いか乏しいか、の三つです。三つがちぐはぐでも、そのちぐはぐなままお伝えください。困っているという事実そのものが、相談してよい理由です。

暴力や強い支配のある関係のなかで、こうした状態が起きています。この記事は当てはまりますか。

当てはめないでください。手が出ていなくても、怒鳴られる、脅される、暮らしのお金を握られる、病気であることを持ち出して従わされる、といった形で相手を思いどおりに動かすために力が使われている関係も含みます。そこで起きていることは、この記事の枠組みで整理し直せば片づく種類のものではなく、身の安全を確保することが先になります。そのうえで、そうした関係のなかで出てきた症状についてのご相談は、当院で承っています。

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執筆・監修

精神保健指定医 野口晋宏

春日メンタルクリニック院長。精神科・心療内科の診療経験をもとに、受診前の不安や制度の疑問を整理しやすい情報提供を心がけています。

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