はじめに
統合失調症の治療では、抗精神病薬を続けることが再発を防ぐうえでとても大切だとされています。けれども、「毎日忘れずに薬を飲み続ける」ことは、実際にはかんたんなことではありません。体調がよくなってくると飲む理由を感じにくくなったり、忙しさの中でつい忘れてしまったり――薬を飲み続けられないのは、意志が弱いからではなく、むしろ自然なことです。
そうした「毎日の服薬」という負担を減らす選択肢のひとつが、持効性注射剤(LAI:Long Acting Injection)です。2週間〜4週間に1回の注射で、飲み薬と同じような治療を続けられる製剤で、以前は「デポ剤」とも呼ばれていました。
この記事では、LAIとはどんな治療なのか、メリットとデメリットの両方を、できるだけ公平にお伝えします。なお、これは治療の選択肢を知っていただくための情報です。実際にLAIを使えるかどうかは病状や体質によって異なり、実施している医療機関も限られますので、最終的な判断は主治医とご相談ください。
持効性注射剤(LAI)とは
LAIは、統合失調症などの治療に使われる抗精神病薬を、体の中でゆっくりと放出されるように工夫した注射薬です。筋肉に注射すると、成分が数週間かけて少しずつ体に取り込まれていきます。
大切なポイントは、まったく新しい別の薬ではない、ということです。飲み薬として広く使われている抗精神病薬と同じ系統の成分を、「長く効く形」にしたものです。そのため、通常はまず飲み薬で効果や副作用との相性を確かめ、問題がないことを確認してから注射に切り替える、という手順を踏みます。
注射の間隔は製剤によって異なりますが、おおむね2週間ごと、または4週間(約1か月)ごとです。注射する場所は、肩の筋肉(腕の付け根あたり)や、おしりの上のほう――位置としては「腰の下」に近い部分の筋肉です。
LAIのメリット
飲み忘れの心配がなくなる
いちばん分かりやすい利点は、毎日薬を飲む必要がなくなることです。統合失調症の治療では、薬の中断が再発につながりやすいことが知られています。とはいえ、毎日の服薬を何年も完璧に続けるのは、誰にとっても難しいものです。『統合失調症のみかた,治療のすすめかた』という専門書でも、薬を飲み続けられないのは特別なことではなく、ごく当たり前のことだという前提に立って治療を考えるべきだと述べられています。
LAIなら、注射を受けたあとの数週間は「飲み忘れ」ということ自体が起こりません。飲んだか飲まなかったかを毎日気にする必要がなくなり、そのぶんの気持ちの余裕を、仕事や生活など自分の人生に向けられるようになります。
効き目が安定しやすい
飲み薬は、飲んだ直後と時間がたったあとで、体の中の薬の量にどうしても波が生じます。LAIは成分が少しずつ放出されるため、効き目が安定しやすいと考えられています。この安定性が、症状の安定や再発予防に役立つ可能性が指摘されています。
再発予防につながることが期待できる
飲み忘れがなくなること、効き目が安定することの結果として、再発や再入院を減らす効果が報告されています。統合失調症は再発を繰り返すほど回復に時間がかかりやすくなるため、「最初から再発させない」ことを重視する治療の中で、LAIは有力な選択肢のひとつとされています。
家族との関係が楽になることがある
ご家族が毎日「薬、飲んだ?」と声をかけるのは、聞くほうにも聞かれるほうにも負担がかかるものです。LAIにすると、服薬をめぐるやり取りそのものが減り、ご本人とご家族の関係が穏やかになったというケースも知られています。診察でも「飲めているかどうか」の確認に時間を使わずに、生活や仕事の話に時間を使えるようになります。
LAIのデメリット・注意点
メリットだけでなく、知っておいていただきたい注意点もあります。
注射部位の痛みや違和感
注射である以上、針を刺すときの痛みはあります。また、製剤によっては注射した部位に痛みやしこりのような違和感が出ることがあります。痛みの程度や感じ方には個人差がありますので、不安があれば遠慮なく医療者に伝えてください。
すぐにやめられない
LAIは体の中に長くとどまるように作られた製剤です。これは効き目が安定するという長所の裏返しでもあり、もし副作用が出た場合に、飲み薬のようにすぐ中止して体から抜くことができません。だからこそ、注射に切り替える前に、同じ系統の飲み薬を十分な期間使って、効果と副作用の両面で相性を確かめておくことがとても重視されています。
切り替えの時期には調整が必要
飲み薬から注射に切り替える際には、製剤によって、しばらく飲み薬を併用したり、決められた手順で注射を開始したりと、移行期間の調整が必要になります。切り替えたその日から飲み薬が全部なくなる、とは限りません。この調整は医師が製剤ごとの特徴に合わせて行いますので、指示された飲み薬は切り替え期間中もきちんと続けることが大切です。
定期的な通院が前提になる
注射は医療機関でしか受けられないため、2〜4週間ごとの通院が前提になります。もともと定期的に通院している方には大きな変化ではありませんが、通院間隔をかなり空けている方にとっては、通院ペースの見直しが必要になることがあります。
費用について
LAIは飲み薬に比べて薬剤費が高めになる傾向があります。ただし、通院医療費の自己負担を軽くする自立支援医療(精神通院医療)という公的制度を利用できる場合があります。費用が心配な場合は、主治医や医療機関の受付、お住まいの自治体の窓口に相談してみてください。
どんな人に向いている?
LAIは「薬を飲めない人のための特別な治療」ではありません。専門書では、飲み忘れは誰にでも起こる当たり前のことという前提のもと、幅広い患者さんにとっての標準的な選択肢のひとつとして考えるべきだという見方が示されています。
たとえば、次のような方にとって検討する価値のある選択肢と考えられています。
- 薬の飲み忘れや中断がきっかけで、調子を崩した経験がある方
- 毎日の服薬そのものが負担で、生活の中でストレスになっている方
- 症状は安定しているが、再発をできるだけ確実に防ぎたい方
- 服薬をめぐる家族とのやり取りに、お互い疲れを感じている方
一方で、飲み薬でまだ効果や相性が確認できていない段階の方や、体の状態によっては慎重な判断が必要な場合もあります。向き不向きは一人ひとり異なりますので、主治医との相談のうえで決めるものと考えてください。
「注射は嫌だな」と感じたら
注射と聞くと、反射的に「嫌だ」「怖い」と感じる方は少なくありません。その気持ちはとても自然なものです。
ただ、「注射が好きかどうか」と「注射という治療を選ぶかどうか」は、分けて考えることができます。私たちの多くは、勉強や運動など「好きではないけれど、自分のためになるからやる」という選択をしてきました。治療も同じで、嫌だなという気持ちを持ったままでも、「それでもより良い治療を受けたい」と考えて選ぶことができます。
また、その場で決める必要はありません。疑問や不安は何度でも主治医に質問してかまいませんし、「1回だけ試してみて、合わなければ相談する」という形で始められる場合もあります。納得できるまで話し合い、ご自身が参加して決める――それがこの治療でいちばん大切にされている考え方(共同意思決定)です。
当院での実際
当院では、通院頻度の基本は2週間に一度としています。薬物療法については、「薬を飲まないとだめですか」「いつまで通院が必要ですか」というご質問を外来でよくいただきますが、薬への不安や飲み続けることの負担は、診察のなかで率直にお話しいただきたいことのひとつです。
なお、当院では持効性注射剤(LAI)による治療は行っていません。この記事でご紹介した内容は、治療の選択肢としての一般的な情報としてお読みください。実施しているかどうかは医療機関によって異なりますので、現在治療中の方は主治医に、これから受診を検討される方は受診予定の医療機関に、直接ご確認ください。
ご家族のみの相談はお受けしていません。ご本人が受診に同意されたうえでの同席は可能です。ご本人が受診できない場合は、お住まいの地域の公的相談先、または受診を予定している医療機関へお問い合わせください。
まとめ
持効性注射剤(LAI)は、2〜4週間に1回の注射で治療を続けられる抗精神病薬の製剤です。飲み忘れの心配がなくなる、効き目が安定しやすい、再発予防が期待できるといったメリットがある一方、注射部位の痛み、すぐにやめられないこと、切り替え時の調整、定期通院が前提になることなどの注意点もあります。
薬を毎日飲み続けるのが難しいのは、意志の弱さではなく、ごく普通のことです。もし服薬の負担や飲み忘れに悩んでいるなら、それを主治医に伝えること自体が、より続けやすい治療を見つける第一歩になります。LAIはその選択肢のひとつとして、知っておく価値のある治療法です。
関連する記事もあわせてご覧ください。
- 統合失調症とは 症状・経過・治療の基礎知識
- 統合失調感情障害とは 統合失調症・双極性障害との違いと治療
- 薬を飲み忘れたときどうする?慌てないための基本の考え方
- 精神科の薬を飲みたくない・飲まずに治したい|薬なし治療の条件と限界
参考にした書籍(要約・再構成。原文の転載ではありません):
- 統合失調症のみかた,治療のすすめかた(松崎朝樹)
- 精神科治療における処方ガイドブック(「精神科治療学」第30巻増刊号)
よくある質問
持効性注射剤(LAI)は、飲み薬と中身が違う薬なのですか。
基本的には、飲み薬として使われている抗精神病薬と同じ系統の成分を、体内でゆっくり効くように工夫した製剤です。まったく別の新しい薬というわけではありません。飲み薬で効果と体との相性を確かめたうえで、注射に切り替えるのが一般的な流れです。
注射は痛くないのでしょうか。
腕(肩の筋肉)やおしりの上のあたり(腰の下の筋肉)に注射します。製剤によっては注射した部位の痛みや、しこりのような違和感が出ることがあります。痛みの感じ方には個人差があるため、不安な場合は事前に医師や看護師に相談してみてください。
一度注射にしたら、もう飲み薬には戻れませんか。
戻れなくなるわけではありません。ただし注射は体の中に長くとどまる製剤のため、合わないと感じてもすぐに体から抜けない、という性質があります。だからこそ、注射に切り替える前に飲み薬で十分に相性を確認しておくことが大切とされています。
注射にすると通院の回数は減りますか。
製剤によりますが、注射の間隔は2週間〜4週間ごとが一般的です。もともと月1回程度の通院をしている方であれば、通院回数が大きく増えることは通常ありません。ただし注射のたびに受診が必要になるため、通院間隔は主治医との相談で決まります。
春日メンタルクリニックで持効性注射剤の治療は受けられますか。
この記事は治療の選択肢としての一般的な情報をまとめたものです。持効性注射剤を実施しているかどうかは医療機関によって異なりますので、現在おかかりの主治医や、受診を検討している医療機関に直接ご確認ください。