配偶者、親、子ども、きょうだい、長年連れ添ったような親しい友人――大切な人を亡くしたあと、こころと体にはさまざまな反応が起こります。涙が止まらない。夜眠れない。食事の味がしない。ふとした瞬間に故人の姿を探してしまう。何も手につかず、時間だけが過ぎていく。
そんななかで、「いつまでも泣いていてはいけないのではないか」「自分はおかしくなってしまったのではないか」「病院に行くべきなのだろうか」と迷われる方は少なくありません。
最初にお伝えしたいのは、深い悲しみは病気ではないということです。大切な人を失って悲しむのは、その人との絆が本物だったことの表れであり、こころの自然な働きです。一方で、悲しみのなかには、医療の支えがあったほうがよい状態が紛れていることもあります。
この記事では、死別のあとに起こる自然な悲嘆(グリーフ)の経過、遷延性悲嘆症やうつ病との違い、そして精神科・心療内科の受診を考える目安を、福岡県春日市の精神科・心療内科の視点からお伝えします。
悲嘆(グリーフ)とは――死別のあとに起こる自然な反応
大切な人との死別のあとに生じる、悲しみを中心としたこころと体の反応は「悲嘆(グリーフ)」と呼ばれます。診察でよくうかがうのは、次のような体験です。
気持ちの反応
- 深い悲しみ、さびしさ、むなしさ
- 「あのときこうしていれば」という後悔や自責
- 亡くなったという実感が湧かない、現実感のなさ
- 怒り――病気や事故に対して、周囲に対して、ときには故人に対して
- ふとした瞬間に襲ってくる、故人への強い恋しさ
体と生活の反応
- 眠れない、夜中に目が覚める
- 食欲が落ちる、味がしない
- 疲れやすい、体が重い
- 集中できない、何も手につかない
- 故人の声が聞こえた気がする、姿を見た気がする
最後の項目に驚かれる方もいますが、死別後の一時期に、亡くなった方の気配や声を感じることは珍しくないとされています。それだけで「異常」ということではありません。
こうした反応の出方や強さは、人によって大きく違います。故人との関係、亡くなり方(長い闘病の末なのか、突然の死なのか)、看取りに立ち会えたかどうか、その後の生活の変化など、さまざまな要因が影響します。周囲と比べて「自分は悲しみすぎている」「逆に、涙が出ない自分は冷たいのではないか」と感じる方もいますが、悲嘆に「正しい形」はありません。涙が出ないこと、実感が湧かないまま淡々と過ごしてしまうことも、こころが衝撃から自分を守っている反応のひとつと考えられています。
また、悲しみは一直線に薄れていくものではなく、波のように寄せては返すのが普通です。少し落ち着いたと思ったら、命日やお盆、誕生日、思い出の曲や場所をきっかけにどっとぶり返す――これは「記念日反応」などと呼ばれ、経過のなかで自然に起こり得るものです。ぶり返したからといって、後戻りしてしまったわけではありません。
「立ち直る」のではなく、悲しみとともに生きていく
かつては「悲しみには段階があり、順番に乗り越えて最後に受容に至る」という説明がよく使われました。しかし現在では、悲嘆の経過は人それぞれで、決まった順番があるわけではないと考えられるようになっています。
大切なのは、悲しみを消し去ることが回復ではないという点です。多くの方は、時間の経過とともに悲しみが消えるのではなく、悲しみを抱えたまま、少しずつ日常の営みを取り戻していきます。故人を思い出して涙が出る日があっても、仕事や家事ができる日が増えていく。そんなふうに、悲しみと生活が共存できるようになっていく過程が、悲嘆の自然な経過とされています。
ですから、「早く忘れなければ」「いつまでも泣いていては故人に申し訳ない」と、悲しみを無理に締め出す必要はありません。泣きたいときに泣くこと、故人の話をすること、思い出の品と過ごすことは、悲しみの営みとして意味のあることです。
同時に、次のような日々の土台を、できる範囲で保つことも回復を支えます。
- 睡眠:眠れない日が続くと、悲しみへの耐性そのものが下がります。横になる時間だけでも確保してください
- 食事:食欲がなくても、口にできるものを少しずつ。一食抜けても自分を責めないでください
- 人とのつながり:無理に元気にふるまう必要はありません。そばに誰かがいるだけでも支えになります
- 大きな決断を急がない:転居や退職など人生の大きな決断は、可能なら少し先に延ばすことが勧められています
遺品の整理や各種の手続きも、「いつまでに終えなければならない」と自分を追い立てる必要はありません。期限のあるものを除けば、こころの準備ができたときに、できるところから進めれば十分です。
遷延性悲嘆症――悲しみが「長く・強く」続きすぎるとき
ほとんどの方の悲嘆は、波を繰り返しながら時間とともに和らいでいきます。しかし一部の方では、悲しみが極端に強いまま長期間続き、生活が立ち行かなくなることがあります。
こうした状態は、WHOの国際的な診断分類(ICD-11)で「遷延性悲嘆症」として位置づけられるようになりました。おおまかには、次のような特徴があるとされています。
- 死別から相当の期間(目安として6か月〜1年以上)が経っても、故人への強い恋しさや、故人のことで頭がいっぱいになる状態がほとんど和らがない
- 深い悲しみ、自責、怒り、感情の麻痺、「自分の一部を失った」という感覚などが続く
- そのために、仕事・家事・人づきあいなど生活の重要な部分が明らかに立ち行かなくなっている
ここで強調したいのは、遷延性悲嘆症という概念は「長く悲しむ人を病人扱いする」ためのものではない、ということです。むしろ、「時間が解決するはず」と放置され、ひとりで苦しみ続けてきた方に、医療的な支えを届けるための概念です。悲しみの長さや深さは、故人との関係の深さ、亡くなり方(突然の死・事故・災害など)、その後の生活状況などによって大きく変わります。診断には専門的な評価が必要ですので、当てはまるかもしれないと感じたら、自己判断で抱え込まず、診察のなかで一緒に整理させてください。
悲嘆とうつ病はどう違うのか
死別のあとには、うつ病を発症することもあります。悲嘆とうつ病は重なる部分が多く、ご自身で見分けるのは簡単ではありませんが、目安として次のような違いがあるとされています。
- 悲嘆では、つらさの中心は「故人を失ったこと」に向かいます。悲しみは波があり、故人の思い出に触れて強まる一方、周囲の支えや楽しい記憶で一時的に和らぐ瞬間もあります。自分への評価そのものは保たれていることが多いとされます
- うつ病では、気分の落ち込みや興味・喜びの喪失が、対象を問わず持続的に続きます。「自分には価値がない」「自分は迷惑な存在だ」という自己評価の低下や強い自責が前面に出やすく、何に対しても喜びを感じられなくなる傾向があります
たとえば、故人のことを思って涙が出るけれど、孫の顔を見ると少し笑顔になれる、というのは悲嘆でよくみられる姿です。一方、故人のことに限らず、何を見ても何をしても心が動かず、朝から晩まで灰色の膜がかかったような状態が続くなら、うつ病の可能性を考える必要があります。
死別後に、悲嘆に加えてうつ病が併発することもあります。特に、死別後の環境の変化――ひとり暮らしになった、経済的な不安が生じた、介護や看病で張りつめていた生活が急に空白になった、といった負荷が重なると、うつ病のリスクは高まると考えられています。うつ病が背景にある場合は、うつ病としての治療が回復を助けます。うつ病の症状についてはうつ病の解説ページも参考にしてください。
また、眠れない状態が長く続くこと自体が、心身の回復を妨げます。悲しみへの直接の「治療」ではなくても、不眠への対応から始めることで、日々を支えられることがあります。
受診を考える目安――こんなときはご相談ください
「悲しみは自然な反応」とはいえ、次のような状態があるときは、医療の支えを検討するタイミングです。
- 眠れない・食べられない状態が数週間続いている(体の回復の土台が崩れています)
- 仕事・家事・身のまわりのことが立ち行かない状態が長く続いている
- 死別から半年〜1年以上経っても、悲しみの強さがほとんど変わらず、生活に大きな支障が続いている
- 気分の落ち込みが一日中続き、何に対しても興味や喜びを感じられない
- 「自分はだめだ」「自分のせいだ」という自責が頭から離れない
- お酒の量が増え、飲まないと眠れない・過ごせない状態になっている
- 「死にたい」「故人のところに行きたい」という気持ちが続く、または具体的に考えてしまう
最後の項目に当てはまるときは、期間にかかわらず早めの受診を強くおすすめします。すでに通院中の方は主治医に相談してください。命に関わる差し迫った状況では、ためらわず救急(119)を利用してください。
「この程度で受診していいのだろうか」と迷われる方はとても多いのですが、受診の目安に満たないかどうかをご自身で判定する必要はありません。迷っている段階でのご相談で構いません。
なお、ご本人が受診に踏み出せず、ご家族が心配されているケースもあります。その場合の受診の進め方については、医療機関に問い合わせてご確認ください。
受診したら何をするのか――「悲しみを治す」のではありません
精神科・心療内科を受診すると聞くと、「悲しむこと自体を治療されるのではないか」「無理に忘れさせられるのではないか」と心配される方がいます。そうではありません。
診察ではまず、これまでの経過と今の状態を丁寧にうかがいます。そのうえで、
- いまの状態が自然な悲嘆の経過の範囲なのか、遷延性悲嘆症やうつ病などの治療が役立つ状態なのかを整理する
- 眠れない・食べられないなど、体の土台が崩れている部分があれば、その部分を支える手立てを考える
- うつ病を併発していると考えられる場合は、うつ病としての治療を検討する
といったことを、ご本人と相談しながら進めます。悲しみそのものを薬で消すことはできませんし、それを目指すこともありません。悲しみの営みを続けられるだけの心身の土台を支えることが、医療の役割だと考えています。話すことがまとまっていなくても大丈夫です。初めての受診の流れは初めての方へでご案内しています。
周囲の方へ――かける言葉より、そばにいること
大切な人を亡くした方の周囲におられる方へも、少しだけお伝えします。
「頑張って」「早く元気になって」「いつまでも悲しんでいたら故人が悲しむよ」――励ますつもりの言葉が、ご本人には「悲しんではいけない」というメッセージとして届いてしまうことがあります。また、「もっと大変な人もいる」といった比較や、「時間が解決するよ」という先回りの結論も、ご本人の悲しみを置き去りにしてしまいがちです。
特別な言葉は要りません。そばにいること、話したいときに聞くこと、食事や睡眠がとれているかをさりげなく気にかけること。それだけで十分な支えになります。そして、眠れない・食べられない状態が続いている、死にたい気持ちを口にする、といった様子があれば、受診をそっと後押ししてあげてください。
まとめ――悲しみは絆の証。ひとりで抱えきれないときは支えを
大切な人を亡くしたあとの深い悲しみは、病気ではなく、その人との絆の証である自然な反応です。悲しみは波を繰り返しながら、多くの場合、時間とともに生活と共存できるようになっていきます。一方で、悲しみが極端に強く長く続いて生活が立ち行かないとき(遷延性悲嘆症)や、うつ病を併発しているとき、眠れない・食べられない状態が続くとき、死にたい気持ちが浮かぶときには、医療の支えが回復の助けになります。
当院は福岡県春日市の精神科・心療内科として、死別のあとのつらさについてのご相談をお受けしています。「病気かどうか分からない」「話がまとまらない」という段階のままで構いません。悲しみを無理に消そうとするのではなく、いまの状態を一緒に整理し、必要な支えを診察のなかで一緒に考えます。WEB予約からご都合のよい日時をお選びください。
よくある質問
家族を亡くして毎日泣いています。これは病気でしょうか?
大切な人を亡くしたあとに深い悲しみが続き、涙が出る、眠れない、食欲が落ちる、故人のことばかり考えてしまう――こうした反応は「悲嘆(グリーフ)」と呼ばれる自然な心の働きであり、それ自体は病気ではありません。多くの場合、波を繰り返しながら少しずつ和らいでいくとされています。ただし、悲しみが極端に強く長く続いて生活が立ち行かない、死にたい気持ちが続くといった場合は、医療的な支えが役に立つことがあります。迷われたら一度ご相談ください。
どのくらい経ったら受診を考えればよいですか?
明確な線引きはありませんが、ひとつの目安として、死別から半年〜1年以上経っても悲しみの強さがほとんど変わらず、仕事や家事などの生活が立ち行かない状態が続く場合は、遷延性悲嘆症やうつ病などの可能性も含めて評価を受けることをおすすめします。また、期間にかかわらず、眠れない日が続く、食事がとれない、死にたい気持ちが浮かぶ、といったときは早めの受診をご検討ください。
悲しみに薬は効くのですか?受診したら薬を出されるのでしょうか?
悲嘆そのものは自然な反応であり、悲しみを消すための薬というものはありません。受診したからといって必ず薬を使うわけではなく、お話をうかがい、状態を整理することが中心になることも多くあります。一方で、強い不眠が続いている場合や、うつ病を併発していると考えられる場合には、睡眠や気分の症状に対して薬による治療を検討することがあります。使うかどうかは、診察のなかでご本人と相談しながら一緒に考えます。
気持ちが落ち着いていた時期のあとに、また急に悲しみがぶり返しました。悪化したのでしょうか?
命日やお盆、誕生日、思い出の場所や品物に触れたときなどに、悲しみが波のようにぶり返すことは「記念日反応」などと呼ばれ、悲嘆の経過のなかで珍しくない現象とされています。ぶり返し自体が悪化を意味するわけではありません。ただ、ぶり返しのたびに生活が大きく崩れる、落ち込みが長引いて戻らない、といった場合は、一度状態を整理するために受診を検討してもよいタイミングです。