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トレドミン(一般名: ミルナシプラン)は、日本で最初に登場したSNRIタイプの抗うつ薬です。新しい薬が次々に出てくるなかで、この薬が今も処方棚から消えないのには理由があります。効き方も体への当たりもおだやかで、ほかの薬との飲み合わせの心配がとても少ない——派手さはないけれど、安心して長く付き合える薬。ここでは、その持ち味と付き合い方をまとめました。

どんなふうに効く薬か

トレドミンは、不安や落ち込みに関わるセロトニンと、意欲や気力に関わるノルアドレナリンという、2つの脳内物質の働きを支える薬です。気分が沈むだけでなく、「おっくうで動き出せない」「気力がわかない」という状態にも手を伸ばせるのが、SNRIというタイプの共通の持ち味です。

効き方は静かです。飲んですぐ変化が出るわけではなく、2〜4週間かけてゆっくり底上げされていきます。最初の1〜2週間は、むしろ吐き気などの副作用のほうが先に顔を出す時期があるので、「効かないのにしんどい」と感じたら、それは薬が合っていない証拠ではなく、多くの方が通る道だと思ってください。そこを越えた頃に、ふと日常の動作が軽くなっていることに気づく——そういう薬です。

「効いた感じ」がしにくい、というこの薬の癖

トレドミンには、知っておくと付き合いやすくなる癖があります。2つの脳内物質のうち、この薬はノルアドレナリンのほうへの働きが強く、セロトニンのほうへの働きは控えめだと説明されます。専門家の書いたものにも「切れ味が鋭くない」「効いた感じがしにくい」という率直な評が並びます。

ただ、この控えめさは、弱点であると同時に長所の裏返しでもあります。飲み始めの吐き気はこの薬でもいちばん多い副作用ですが、ほかの抗うつ薬と比べればお腹への当たりは軽いと感じる、と書いている医師もいます。おだやかさと物足りなさは、同じ性質から来ているのです。

ここから、この薬ならではの落とし穴が生まれます。「効いた感じ」と「実際に効いていること」がずれやすいのです。劇的な手応えがないまま、気づけば朝の起き上がりが少し早くなっている、家事に取りかかるまでの時間が短くなっている、人と会ったあとの消耗が浅くなっている——そんな形で現れることがあります。ですから、効果を実感だけで判定しないでください。症状がいくつ消えたかより、生活のどこが動いたかを、診察で一緒に振り返らせてほしいのです。ご自分では気づきにくいので、ご家族や職場の方から見てどうか、という視点も助けになります。

いつ見きわめるか

もうひとつ、時間の話です。効き始めのきざしは2〜4週間で見えてくることが多いのですが、「この薬で行くかどうか」の見きわめは、もう少し先になります。抗うつ薬は十分な量で6〜8週間続けたうえで判断するのが原則とされ、なかには9週間を超えてから効いてきた方もいる、数か月先まで可能性は残る、と自身の診療経験から書いている専門家もいます。

裏を返せば、2週間ほどで手応えがないからと次々に薬を替えていくのは、うまくいきにくいということです。「まだ良くなりません」と言われれば、こちらとしても新しい薬を出したくなります。けれど、そこで一緒に待てるかどうかが分かれ目になることがあります。当院の通院は2週間に一度が基本ですので、そのつど様子を確かめながら、焦らず進めていきましょう。

どんな人に向くか・ほかの薬との違い

トレドミンのいちばんの強みは、体内で分解されるときにほかの薬と競合しにくく、飲み合わせの問題が起きにくいことです。内科の薬を何種類も飲んでいる方、過去に抗うつ薬の副作用で苦労した方、強い薬をどんと使うより体に優しく始めたい方——そんな場面で、この薬の顔が浮かびます。

同じSNRIの仲間との使い分けは、こんなイメージです。

  • サインバルタは、意欲の低下や体の痛みを伴ううつに力を発揮する、パワーのある一剤。そのぶん吐き気や血圧など、体への目配りも要ります。
  • イフェクサーは、量を段階的に上げて効果を伸ばしていける薬。しっかり効かせたいときの選択肢です。
  • トレドミンは、この2剤ほどの馬力はない代わりに、副作用も相互作用もマイルド。「確実に、でも無理なく」を優先したいときに選びます。

正直に言えば、効果の力強さでは後発のSNRIに一歩譲る場面があります。それでも、体の事情で選択肢が限られる方にとって、この「おだやかさ」は何よりの長所になります。

もう少し具体的に言うと、気分の落ち込みそのものより、意欲がわかない・すぐ疲れてしまうという困りごとが前面に出ているとき、この薬を候補に挙げる本があります。ノルアドレナリンのほうに強く働くという性質が、ここで生きるという考え方です。逆に、不安が治療の中心にあるときは、この薬はあまり向きません。不安については、この薬だけは臨床試験そのものが少なく、効くという裏づけに欠けると指摘されています。効かないと分かっている、という意味ではありません。確かめられていない、という意味です。日本で保険上認められている病名もうつ病・うつ状態だけですので、不安が中心の方には別の薬を考えます。

飲み合わせの心配が少ないという長所は、肝臓の働きが落ちている方や、内科の薬をいくつも飲んでいる方でとくにありがたいものになります。体の事情で使える抗うつ薬が限られてくる場面で、最後まで候補に残りやすい一剤なのです。

痛みについては、少し込み入った事情があります。米国では、この薬は体の広い範囲の痛みに使う薬として承認されており、うつの薬としては使われていません。日本ではその逆で、保険で認められている病名はうつ病・うつ状態だけです。つまり痛みを目的にこの薬を使うのは、保険適応外の使い方になります。そのうえで知っておいてほしいのは、痛みを伴う長引く症状で、ほかの薬がどれも体に合わなかった方で、この薬だけは続けられて痛みも軽くなったという報告があることです。「最強ではないが、選択肢としては残る」——この薬の立ち位置がよく表れているところだと思います。使う場合は、適応外であることを含めてご説明したうえで判断します。

一方で、この薬をはじめから外す場面もはっきりしています。尿が出せなくなっている方(尿閉)には使えません。尿の出にくさがある方も、後述のとおりこの薬の弱点が真正面から当たるため、程度をうかがってから慎重に判断します。また、体から出ていく道が腎臓に偏っているとされ、腎臓の働きが弱い方では薬が体に残りやすいため、少なめの量から始めます。ご高齢の方も同じ考え方です。持病と検査の結果を最初にうかがうのは、この見極めのためです。

飲み始めに知っておいてほしいこと

吐き気・便秘

いちばん多いのは、飲み始めの吐き気です。少ない量から始めて、体を慣らしながら増やしていくのはこのためです。多くは数日〜2週間でやわらぎます。食後に飲むのが基本の薬なので、空腹時を避けるだけでも違います。便秘も出やすいので、続くようなら遠慮なく相談してください。

尿の出にくさ

この薬でぜひ知っておいてほしいのがこれです。ノルアドレナリンの働きが強まると、尿の通り道が締まりやすくなり、尿が出にくい、勢いがない、トイレで時間がかかるという変化が出ることがあります。本人は薬のせいだと気づきにくい症状です。特に前立腺肥大のある男性では、この薬をそもそも使えない場合があるほど大事なポイントなので、処方の前に排尿の様子を必ずうかがいますし、飲み始めてからの変化も「気のせいかな」と流さず教えてください。打つ手はあります。

性のことで変化があったとき

言い出しにくいことですが、大切なので書いておきます。抗うつ薬では、性欲が落ちる、体の反応が鈍くなるといった変化が起こることがあり、決してまれではないとされています。日本ではこの副作用を医師に伝えない方が多く、こちらから尋ねないと分からないままになりやすい、とも言われます。

やっかいなのは、うつ病そのものでも性欲は落ちるため、薬のせいなのか、病気のせいなのか区別がつきにくいことです。また、薬をやめたあともしばらく変化が残る場合があると報告されています。だからこそ、気になったら早めに教えてください。量の調整や薬の見直しで対応できることがあります。切り出しにくければ、「薬のことで気になることがある」とだけ言っていただければ十分です。

動悸・血圧

脈が速くなる、ドキドキする、血圧がじわりと上がる——ノルアドレナリンに働く薬に共通の変化です。血圧が高めの方や心臓に持病のある方では、経過のなかで体の数字にも気を配りながら進めます。

飲み始めのそわそわ

飲み始めや増量の時期に、かえって落ち着かなさや焦りが強まることがあります。多くは一時的ですが、特に若い方ではこの時期を注意深く見守りたいので、最初のうちは短い間隔で診察します。「なんだか落ち着かない」と感じたら、我慢せずすぐ教えてください。

この変化は、ご本人より周りの人が先に気づくこともあります。「些細なことで切れやすくなった」という形で現れることがあり、軽いものまで数えると珍しくないとも言われます。ご家族や身近な方に「飲み始めの時期は様子を気にかけてほしい」と伝えておくと、より安心です。なお、この時期に落ち着かなさやいらだちが強まったときは、量を増やす方向ではなく、いったん立ち止まって見直すのが基本の考え方です。ご自分では動かさず、まずご相談ください。

めったにないけれど大事なこと

ごくまれに、高熱・体のこわばり・意識がぼんやりするといった、すぐ手当てが必要な反応が出ることがあります。ためらわず受診を、差し迫っていれば救急(119)へ。

思うように効かないと感じたら

しばらく続けても手応えがないとき、「この薬は自分には合わなかった」と結論づける前に、確かめておきたいことがあります。

ひとつは、いまの量が体に合っているかです。この薬の効き目を調べた研究の多くはしっかりした量で行われており、それより少ない量でどこまで効くのかははっきりしていない、と書いている本があります。ですから、量の見直しも選択肢のひとつです。とはいえ、増やすことだけが答えとは限りません。その判断には、体の状態や年齢、腎臓の働き、血圧や排尿の様子まで見る必要があります。診察で一緒に確かめましょう。自己判断で量や飲む回数を変えるのは避けてください。

そのうえで、十分な量で十分な期間使っても届かないときは、別の薬に移ることを考えます。この薬にこだわり続けるより、そのほうが近道になることがあります。ここでも大事なのは、中途半端なところで見限らないことです。使い切ったうえでの「合わなかった」は、次の一手を選ぶための確かな手がかりになります。

長く飲みながら見直すこと

続けているうちに、判断が難しくなる場面があります。代表が眠気です。うつが良くなってくると、それまで症状に隠れていた薬の眠気のほうが表に出てくることがある、と書いている医師がいます。「気分はずいぶん良くなったのに、眠くて力が入らない」——この訴えは、うつが残っているサインのこともあれば、薬による眠気のこともあり、後者なら量を見直すことで楽になることがあります。どちらなのかは診察でしか分けられませんので、良くなってきてからの眠気やだるさこそ、遠慮なく教えてください。

血圧と脈も、続けるあいだ気にかけたいところです。ノルアドレナリンに働く薬では、飲み始めだけでなく続けているあいだにも血圧が上がることがあると言われます。気になる変化があれば教えてください。

やめるとき

トレドミンは依存になる薬ではありません。ただ、抗うつ薬に共通することとして、急にやめると体調が揺れることがあるため、やめるときは階段を降りるように少しずつ減らします。調子が良くなっても、しばらく続けたほうがぶり返しを防げることが分かっています。やめる時期とペースは、自己判断ではなく一緒に決めていきましょう。

続ける期間には目安があります。十分に良くなったところから、さらに3〜6か月ほど続けたうえで、時間をかけて減らしていく——これが基本の考え方とされています。うつの波を2回以上経験している方では、再発を防ぐために、もっと長く続けたほうがよい場合もあります。「良くなったから終わり」ではなく、「良くなってからが仕上げ」と思っていただけると近いです。

減らすときにゆっくり進めるのには、はっきりした理由があります。急に減らすと、めまいやふらつき、吐き気、頭痛、眠れなさ、いらだちといった、やめたことによる体調の揺れが出ることがあります。これがうつのぶり返しと見分けにくいのがやっかいなところで、「やはり薬がないとだめなのだ」と本人も医療者も思い込み、結果として必要以上に長く飲み続けることになりがちだと指摘されています。もし減らす途中でつらくなったら、いったん元の量に戻して落ち着かせ、次はもっと緩やかに下げていく——そういう戻り道が用意されています。だからこそ、ご自分で判断せず、その時点でお知らせください。ペースはいつでも組み直せます。

生活の中での注意

添付文書では、眠気やめまいが起こることがあるため、運転など危険を伴う作業には十分注意するよう求められています。とくに飲み始めや量を変えた時期、眠気やめまいを感じているときは運転を控えてください。運転が欠かせない生活の方は、薬の選び方から一緒に考えますので、必ず事前にご相談ください。お酒は薬の作用と重なるので控えめにしてください。妊娠・授乳は一律の禁止ではなく、必要性と一緒に考えます。妊娠が分かっても自己判断でやめず、まず相談を。1日に2〜3回に分けて飲むタイプの薬なので、飲み忘れが続くようなら、生活に合った工夫を一緒に考えます。

当院での考え方

トレドミンは、最新でも最強でもありませんが、「この方には、体に優しいこの薬がちょうどいい」という場面が確かにある薬です。処方の前に持病・併用薬・排尿の様子を丁寧に確認し、始めてからも体の変化を診察のたびにうかがいます。薬は回復の柱の一つ。休養や生活リズムの調整と組み合わせながら、焦らず一緒に進めていきましょう。

参考文献

  • トレドミン錠 添付文書(2026年4月改訂・第2版、旭化成セラピューティクス) — KEGG MEDICUS 参照(2026-07-14)
  • 参考書籍(本文の追記の裏づけ。要約・再構成であり原文の転載ではありません): 『ジェネラリストのための 向精神薬の使い方』『精神診療プラチナマニュアル』『ガイドラインにないリアル精神科薬物療法をガイドする』『精神科治療における処方ガイドブック』『専門医のための臨床精神神経薬理学テキスト』『研修医・コメディカルのための 精神疾患の薬物療法講義』『こうすればうまくいく! 精神科臨床はじめの一歩』『ストレスチェック面接医のための メンタル産業医入門』

よくある質問

サインバルタやイフェクサーと何が違うのですか?

同じSNRIの仲間ですが、トレドミンは効き方も副作用も比較的おだやかで、ほかの薬との飲み合わせの心配が少ないのが持ち味です。パワーで押すというより、体の負担を抑えながら支えるタイプ。すでに何種類か薬を飲んでいる方や、強い薬が体に合いにくい方で選ばれることがあります。

飲み始めてどのくらいで効いてきますか?

多くの抗うつ薬と同じく、効果を感じるまでに2〜4週間ほどかかります。先に吐き気などの副作用だけが出る時期があるので、「合わない」と早めに判断せず、経過を診察で共有しながら進めましょう。

トイレが近い・尿が出にくい気がします。薬のせいですか?

トレドミンは尿の通り道に影響しやすい薬で、尿が出にくい・時間がかかるという変化が出ることがあります。薬と結びつけにくい症状なので、「関係あるのかな」という程度でも必ず教えてください。特に前立腺肥大がある男性では大切なサインで、薬の変更を含めて対応します。

やめられなくなりませんか?

依存になる薬ではありません。ただ、抗うつ薬に共通することとして、急にやめると体調が揺れることがあるため、やめるときは時間をかけて少しずつ減らします。良くなってからもしばらく続けたほうが、ぶり返しを防げます。やめる時期は一緒に決めましょう。

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執筆・監修

精神保健指定医 野口晋宏

春日メンタルクリニック院長。精神科・心療内科の診療経験をもとに、受診前の不安や制度の疑問を整理しやすい情報提供を心がけています。

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