福岡県春日市須玖北4丁目34 2階
休診日: 水曜・木曜・日曜・祝日

トリンテリックス(一般名: ボルチオキセチン)は、抗うつ薬のなかでは新しい世代の薬です。セロトニンの再取り込みを抑えるだけでなく、複数のセロトニン受容体を細かく調節する、S-RIMと呼ばれる独自の仕組みを持っています。ここでは、この薬がどんな場面で頼りになるのかを、実際の診察でお話ししている感覚に近い形でまとめました。

どんなふうに効く薬か

うつがよくなってきたのに、「頭に霧がかかったようで、考えがまとまらない」「本を読んでも頭に入らない」——そんな訴えが残ることがあります。気分は戻ったのに、頭が戻らない。この"もやもや"は、復職や日常への復帰をはばむ、うつの見えにくい後遺症のような症状です。

トリンテリックスは、気分の落ち込みを底から支えるのに加えて、この「頭のもやもや」に手応えを感じる方がいることが持ち味とされる薬です。効果の感じ方が独特で、「気分が上がった」というより、「会議の内容が頭に入るようになった」「段取りを考えられるようになった」——そんな形で変化に気づく方がいます。もちろん全員に同じように効くわけではありませんが、この薬を選ぶとき、私たちはしばしばその先の「働く・暮らす」を見ています。

「うれしいも、かなしいも薄い」という回復のしかた

抗うつ薬でつらさが軽くなった方から、こんな声を聞くことがあります。「嫌なことがあっても平気になった。でも、いいことがあっても心が動かない」。悲しみが薄れるのと一緒に、喜びまで薄れてしまう——感情が平らになるこの感じは、うつ病そのものの症状とよく似ているため、見過ごされやすいものです。近年になって、薬の側の作用としても起こりうると注意が向けられるようになりました。

やっかいなのは、この状態が「まだ治っていない」と誤解されやすいことです。家族の出来事にも好きだったことにも心が動かないと、本人も周りも、そう受け取ってしまいます。

トリンテリックスについては、それまでの抗うつ薬でこの平板さが出ていた方を切り替えたところ、改善したという報告があります。数の多い研究ではなく、誰にでも起きる変化でもありませんが、「効いてはいるけれど、何も感じない」という状態が、薬を選び直す理由になりうることは知っておいてください。この訴えは自分から言葉にしにくいものです。「治ったはずなのに、うれしくない」——そのままの言い方で診察に持ってきてください。

どんな人に向くか・ほかの薬との違い

医師の側から見て、トリンテリックスが浮かぶのはこんな場面です。回復期に入って復職を見据えている方。集中力や思考の鈍さが残って困っている方。以前のSSRIで性機能の副作用や眠気に悩んだ方。

というのも、この薬は抗うつ薬のなかで、性機能への影響と眠気が比較的少ない部類だからです。性機能の副作用は言い出しにくく、黙って薬をやめてしまう理由になりがちです。眠気は仕事や運転に直結します。「効くけれど続けられない」を経験した方にとって、この続けやすさは大きな意味を持ちます。

一方、代わりに引き受けてもらうのが吐き気です。また、比較的新しい薬なので薬代はやや高めになります。飲み方は1日1回、食事に関係なくいつでもよいので、忘れにくい時間に固定するのがおすすめです。量の調整は焦らず、一段ずつ。体質や飲み合わせによって少なめの量にとどめたほうがよい方もいるため、ほかに飲んでいる薬は必ず教えてください。

「頭のもやもや」への働きについては、期待の置きどころを正直にお伝えしておきます。この点はこの薬の売りとして語られやすいのですが、確かめた研究はまだ少なく、日本の患者さんを対象にした検証は限られています。ですから「もやもやが晴れる薬」と構えるより、「考える力の面で足を引っぱりにくい薬」くらいに受けとめておくほうが、期待外れになりません。実際に手応えを感じる方はいますし、それは大切な変化ですが、はじめから当てにするものではない——そのくらいの距離感です。

「新しい薬」をどう受けとめるか

この薬の評価は、専門書のあいだでもきれいに割れています。多くの抗うつ薬をまとめて比べた大規模な解析では、効きと続けやすさ(途中でやめずに済んだ割合)のつり合いが良い側に位置づけられ、海外の指針では最初に選ぶ薬の一つに挙げられています。一方、ほかの薬と直接ぶつけた試験が少なく、既存の抗うつ薬よりはっきり優れているとまでは言えない、という慎重な見方も根強くあります。新しい薬=より良い薬、ではないのです。

もうひとつ、日本での承認の決め手になった試験には事情があります。国内の試験は当初うまくいかず、対象をうつ病を繰り返してきた方に絞り直して行われた試験で、はじめて効果が確かめられました。効き目がいちばん確かに示されているのは、そうした方たちにおいて、ということになります。

なお、日本で認められている効能はうつ病・うつ状態です。不安の症状そのものに対しては期待したほどの効果が出なかったという報告があり、承認された効能でもありません。不安が前面に出ている場合には、別の組み立てを考えます。

続けやすさの面では、もうひとつ隠れた長所があります。この薬は体からゆっくり抜けていくため、うっかり飲み忘れた日や、減らしていく途中でも、体調が揺れにくい側の薬です。やめるときの負担が心配な方には、この点が選ぶ理由になります。とはいえ揺れないわけではなく、急にやめれば後述のような症状が出ることはあります。運転についても、添付文書の書き方は「注意して」ですが、これは「大丈夫」という意味ではありません。眠気の出方や併用薬、体調そのものを見て、そのつどご相談しながら決めます。

効いているかどうかを、どこで見るか

「数週間かかります」とお伝えすると、その間は何も起きない空白のように聞こえるかもしれません。けれど、抗うつ薬が最終的によく効いた方では、最初の2週のうちに何かしら小さな反応が出ていることが多いと報告されています。ぐっすり眠れた日があった、朝の身支度に前ほど時間がかからなかった、テレビの音が耳ざわりでなくなった——本人が「効いた」と呼ぶには小さすぎますが、こちらには大事な手がかりです。

逆に、十分な期間を置いても手応えがないときに、専門書がまずすすめているのは増やすことではありません。飲めているか、診断が本当に合っているか、ほかに重なっている体や心の不調がないか——そこを確かめ直したうえで、増やすか、替えるか、別のやり方を足すかを考えます。

診察で見ているのは、気分の点数よりも暮らしのほうです。朝、動き出せるか。とりかかるまでの時間が短くなったか。人と話したあとの消耗が減ったか。読んだ本の内容が翌日も残っているか。買い物の段取りを頭の中で組めるか。こうした生活の手ざわりが、ずっと当てになります。当院の通院は2週間に一度が基本ですので、そのつど一緒に確かめていきましょう。

なお、仕事の力を取り戻すのにこの薬でなければ、ということもありません。何種類もの抗うつ薬で仕事の遂行能力を調べた研究では、いずれの薬でも改善が報告されています。

「量を増やせば効く」とは限らない

この薬には増やせる幅がありますが、国内で承認の決め手になった試験では、上限まで増やした場合と始めの量のままの場合とで、効き目にほとんど差がありませんでした。新しい抗うつ薬の多くでは、上限まで増やさなくても効き目は頭打ちになり、そこから先は副作用のほうが目立ってくる、という見方も出ています。実際この薬でも、量が多いほうが吐き気や眠気は出やすくなる傾向が報告されています(うつ病に使うときの話です)。

とはいえ、上げてからぐっと良くなる方がいるのも本当のことです。ですから「増やす意味はない」と決めつけることもできません。増やすかどうかは、いま何にいちばん困っているか、副作用にどれだけ余裕があるかを見比べて、そのつど決めていきます。増やす方向だけでなく、いまの量が合っているかどうかも、見直しの選択肢のひとつです。診察で一緒に確かめましょう。ご自分で量を減らしたり、飲む日を飛ばしたりして確かめるのは避けてください。効き方も抜け方もゆっくりな薬なので、その試し方では結局何も分からないまま、体調だけが揺れてしまいます。

飲み始めに知っておいてほしいこと

吐き気

この薬の関門はここです。飲み始めや量を増やしたときに、およそ1割強の方に吐き気が出ます。ただ、多くは体が慣れる数日〜2週間ほどで落ち着いていきます。食後に飲む、つらい時期だけ吐き気止めを添える、といった工夫で乗り切れることがほとんどです。「効果より先に吐き気が来た」でやめてしまうのがいちばんもったいないので、つらければすぐ教えてください。

この吐き気については、専門書のあいだで書かれ方が食い違っています。仕組みのうえでは胃腸の症状が出にくいはずとする本がある一方で、実際には吐き気が目立つ薬だと指摘する本もあり、なぜそうなるのかははっきりしていません。ですから「出にくい薬だから大丈夫」と構えるより、起こりうるものとして備えておくほうが現実的です。飲み始めの数日分だけ吐き気止めをあらかじめ添えておく方法も、中断を防ぐ工夫として知られています。もともと乗り物酔いをしやすい方、胃の弱い方は、始める前にそう伝えておいてください。薬によっては、始めの一歩を小さくして時間をかけて上げていく進め方が取れることもあります。いずれも診察で相談できることです。

飲み始めのそわそわ・落ち着かなさ

飲み始めや増量の時期に、かえって不安や焦り、イライラが強まることがあります。多くは一時的ですが、特に若い方ではこの時期に注意が必要です。だからこそ最初はこまめに診て、一緒に波を見守ります。「じっとしていられないほど落ち着かない」と感じたら、次の予約を待たずに連絡してください。

この薬の飲み心地について、ある医師は「思いのほか気持ちを持ち上げる力があり、そのぶん、なんとなく慌ただしい感じを受けることがある」と書き残しています。すべての方に当てはまる話ではありませんが、そわそわが薬の働き方と地続きのものとして起こりうると知っておくと、感じたときに言葉にしやすくなります。ただし、こうした落ち着かなさが薬による反応なのか、もともとの不調の波なのかは、その場で見分けられません。自分で判断せず、そのまま教えてください。

眠気と、運転のこと

添付文書では、眠気やめまいがあらわれることがあるため、運転など危険を伴う作業には十分注意するよう求められています。眠気は、この薬では出にくい側とされていますが、出ないという意味ではありません。実際に車を走らせて調べた試験では、この薬を飲んだときの運転のふらつきは増えなかったと報告されています。ただしこれは健康な人を対象にした試験で、治療中の方で確かめられたものではありません。影響の出方には大きな個人差もあり、飲み始めの1週間ほどはとくに注意が要ると指摘されています。あわせて、うつの状態そのものでも注意力は落ちます。ある研究では、運転の技能を左右していたのは診断の有無より病状が安定しているかどうかでした。とくに飲み始めや量を変えた時期、眠気を感じているときは運転を控えてください。自分への影響が分かるまでは控えるのが安心です。運転が欠かせない生活の方は、薬の選び方や飲み始めの時期をどうするかも含めて一緒に考えますので、必ず事前にご相談ください。

出血しやすくなることがある

あまり知られていませんが、この仲間の薬には、血を止める働きに関わって出血しやすくなる面があります。あざができやすい、鼻血が出やすい、歯ぐきから血がにじむ、といった変化が続くときは教えてください。市販の痛み止めを続けて使っているとき、血をさらさらにする薬を飲んでいるとき、胃腸から出血したことがある方、ご高齢の方では、とくに気にかけておきたい点です。当院では初診のときに、服用中の市販薬・サプリメントも確認しています。

めったにないけれど大事なこと

ごくまれに、高熱・体のこわばり・意識のもうろうなど、すぐ手当てが必要な反応が出ることがあります。明らかにおかしいと感じたらためらわず受診を、差し迫っていれば救急(119)へ。てんかん、緑内障、出血しやすい体質、双極性障害(躁うつ病)と言われたことのある方は、事前に必ず教えてください。

やめるとき

依存になる薬ではありませんが、急にやめると、めまい・頭痛・不安・吐き気が出ることがあります。復職して調子が出てくると「もう要らないのでは」と思いたくなりますが、いちばんぶり返しやすいのは、実は動き出したその時期です。良くなってからもしばらく続け、やめるときは時間をかけて少しずつ——その時期とペースは一緒に決めていきましょう。

「しばらく」がどのくらいかは、よく聞かれます。国際的な指針では、初めてのうつ病なら少なくとも4〜9か月、これまでに2回以上繰り返し、かつ生活への支障も大きかった場合は2年以上、しかも良くなったときと同じ量のまま続けることがすすめられています。「治ったのに、なぜまだ飲むのか」と感じるのはもっともです。この期間は、良くなるための時間ではなく、戻ってこないようにするための時間だと考えてください。もちろん、これまでの経過や生活の状況を見ながら、一人ひとりで決めていきます。

減らし始めてからも、途中でつらくなればいつでもペースを戻せます。減らす話は、思いついたときに診察で出してください。

妊娠・授乳を考えるとき

妊娠中や授乳中のことは、一律には決められません。当院では、妊娠希望・授乳中の方には催奇性を考慮したうえで治療を検討します。過去の病歴をもとに有益性が上回ると判断する場合は、最小限の薬物療法を検討することもあります。

授乳中の方については、母乳を続ける利点と治療の必要性を並べて考え、続けるか休むかを一緒に決めます。

妊娠のどの時期かによって、考えることは変わります。この仲間の薬では、妊娠の後期まで使っていた場合に、生まれた直後の赤ちゃんに一時的な症状(呼吸や哺乳の乱れ、ふるえ、過敏さなど)が出ることや、肺の血圧が高くなる状態が増えるという報告があります。ですから「催奇形性が心配ないなら、あとは大丈夫」という整理にはなりません。

そのうえで、飲みながら妊娠が分かったときにあわてて自分でやめるのは、いちばんすすめられない選択です。調子が崩れること自体が、ご本人にも妊娠の経過にも影響します。続けるか減らすかは、時期に合わせた進め方がありますので、まず相談してください。

生活の中での注意

車の運転には十分な注意が必要で、飲み始めや量を変えた時期、眠気を感じているあいだは控えてください(前述の「眠気と、運転のこと」をご覧ください)。お酒は治療中は控えめに。妊娠・授乳については一律の禁止ではなく、必要性と一緒に考えます。妊娠が分かっても自己判断でやめず、まず相談してください。市販薬やサプリを新しく使うときも一声かけてください。

当院での考え方

うつの治療のゴールは、気分が上向くことだけではなく、「考えられる頭」と「暮らせる毎日」を取り戻すことだと考えています。トリンテリックスは、そのゴールから逆算して選ぶことの多い薬です。飲み始めは吐き気と効果を確かめるために短い間隔で診て、量を丁寧に合わせます。頭のもやもや、言い出しにくい性機能のことも含め、どんな小さな変化でも診察でお聞かせください。

参考文献

  • トリンテリックス錠10mg・20mg 添付文書(2023年10月改訂・第3版、武田薬品工業) — KEGG MEDICUS 参照(2026-07-07)
  • 参考書籍(本文の追記の裏づけ。要約・再構成であり原文の転載ではありません): 『ジェネラリストのための 向精神薬の使い方』『精神診療プラチナマニュアル』『ガイドラインにないリアル精神科薬物療法をガイドする』『精神科治療における処方ガイドブック』『専門医のための臨床精神神経薬理学テキスト』『気分症群』『今日の精神科治療ハンドブック 2021年版』『2020精神科治療学』『精神科臨床144のQ&A』

よくある質問

効果が出るまでどのくらいかかりますか?

ほかの抗うつ薬と同じく、実感までは数週間かかるのが一般的です。先に吐き気だけが来る時期がありますが、多くは体が慣れて軽くなっていきます。「気分より先に、頭が少しすっきりしてきた」という形で変化に気づく方もいます。焦らず経過を診察で共有しましょう。

飲み始めの吐き気がつらいです。やめたほうがいいですか?

吐き気はこの薬でいちばん多い副作用ですが、多くは飲み続けるうちに落ち着いていきます。食後に飲む、短期間だけ吐き気止めを添えるといった工夫で乗り切れることが多いので、自己判断で中止せず、まず相談してください。

性機能への影響や眠気は出ますか?

ゼロではありませんが、抗うつ薬のなかでは性機能への影響や眠気が比較的少ないとされる薬です。仕事を続けながら治療したい方や、以前の薬で性機能の副作用に悩んだ方に選ばれることがあります。気になる変化があれば、遠慮なく教えてください。

やめられなくなりませんか?

依存になる薬ではありません。ただし急にやめると、めまいや頭痛、不安などが出ることがあるため、やめるときは時間をかけて少しずつ減らします。良くなってもしばらく続けたほうがぶり返しを防げます。やめる時期とペースは一緒に決めましょう。

関連ページ

執筆・監修

精神保健指定医 野口晋宏

春日メンタルクリニック院長。精神科・心療内科の診療経験をもとに、受診前の不安や制度の疑問を整理しやすい情報提供を心がけています。

WEB予約